第1話 『…離さない』
残業終わり、終電に何とか間に合い帰宅途中のこと。
街灯の明かりは消え、月明かりだけが灯る。
家へあと一歩というところで体が悲鳴を上げ、ふらふらと
近くの公園に入りベンチに腰掛けた。
ポケットからスマホを取り出す、時刻は深夜1時30分…。
暗闇でぼうっとしていると、これまでの選択間違いの記憶が
溢れ出てきた。
「おにいさん大丈夫?」
いつの間にか自分の目の前に制服を着た女の子がいた。
「あぁ、うん」
いつもの営業スマイルを作る気力は何処にもなく、話掛けられた
ことに対し完全にスルーをしてカバンから通帳を取り出した。
通帳を見開き、振り込まれた額を見る、あまりしないように
と気を配っていたが、ため息がどっと漏れた。
「月給17万、そこから所得税に住民税、さらに健康保険…
あと厚生年金か…残りが」
約13万5000円弱。
「ねえ、それって少ないの多いの」
失礼な…親のしつけがなってないのか、女の子は通帳をのぞき込む。
普通だったらやめろだの何とか言うのだが、今日は咎める言葉も出なかった。
「あー、正直きついな、いくら一人暮らしだろうと」
「ふーん」
口では少しきついくらいに聞こえただろうが、本当は途方に暮れていた。
この額から生活の固定費を抜けば一体いくら残るだろうか。
「女子高生にはわからないよ」
「はっ、私だってバイトくらいしてるし」
ああ、めんどくさい。家はもうすぐだし、帰った方が自分のためだな。
……というかなんでこの時間に女子高生がいるんだよ。
無視して立ち去ろうとしたとき、女の子が慌てだした。
「あぁ待ってよ、まだ喋ろ」
「なんだよ、おじさん疲れてるから」
「いやいや、おじさんって程老けてないでしょ」
おっ、そう言われると悪い気はしない。去年姉貴の子供に
おじさんと言われてすこし傷ついたのを思い出した。
「ねぇお願いだってー、人と喋るの久しぶりだから」
「…………」
何も言わずに、ベンチに戻った。
「おー、ありがと!」
「別に話すことなんてないぞ」
満面の笑みで俺の横に座る。
人と話すのが久しぶりって、家出少女か、すこし闇が深い。
「おにいさん年いくつ?」
「今年で28歳」
「なんだ、やっぱりおにいさんじゃん」
「…そうだよな、まだおじさんじゃねーよな」
うん、そうだ。きっと世間一般的に俺はおにいさんだ。
「仕事何してんの?」
「出版系っていうか、まあ言ってもわかんないよ」
「…ふーん」
「…………」
「なあ」
「うーん?」
「なんでこんな時間にいるの、女子高生が」
沈黙に耐えられずつい聞いてしまった。いつもの自分なら変なところには
首を突っ込まないようにしているのだが、なぜか聞かなくてはいけない気がした。
「へー、それ聞いちゃうんだ」
「いや、もしかしたら家出的な…なにかかと」
「それはない」
「それはないんだ…」
けらけらと笑いながらさらに続ける。
「そんな危ない理由じゃないよー」
「…ならいいけど」
まるで、お正月にお年玉を貰う子供のような顔だ。
俺に対してただ純粋に話を求めている。
たしかに、なぜそこまで深刻に彼女のことを気にしていたの
だろうか。上司に諭されていた時を思い出す、自分がそれになっていた。
ついに仕事とプライベートがごっちゃになってしまったのか。
「まー、たしかに俺には関係ないか」
「…そうそう、だから!…」
「…なんか話そ!」
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「…えっ、ハハッ!ほんとに言ってるの」
「いやほんとなんだよ、まじで」
喋り始めてから、30分程たっただろうか。
意外と話は弾み、俺の生活事情から子供の時の話まで、
隅から隅まであれやこれやと質問攻めにあう。
「ふーん、今は気になってる人とかいないの」
「いや別に…」
頭の中に一人の女性が浮かぶ。
「あっ、絶対いるじゃん」
「まー、気になるというか何というか」
なぜこんな事まで話しているのだろうか、しかし不快感はなく
むしろ話をすることで、今まで溜まっていた物が吐き出ていく
感覚になる。
「…うん、そうだな」
「おおっー、職場」
「ああ…」
「へー」
にやにやとこちらに視線を向けてくる。
「これ以上何も話さないぞ」
「いや、そんなに照れられたらこっちも恥じいー」
「なんじゃそりゃ」
グッと手足をベンチの外に伸ばす、何だか疲れているのか
リラックスしているのかわからなくなってきた。
「おにいさん、死んだ顔から、ちょっとマシになってるよ」
「死んだ顔って」
「死人の顔してたって、見てみなよ」
「いやそこまでじゃ…」
スマホを取り出し内カメラにして覗き込む。
あたりが画面の光でパッと明るくなり、それと同時に
自分の顔も映った。
画面の中には何とも言えない顔をした男がいる、俺ってこんな
老けた顔してたっけ。そういや自分の顔をちゃんと見たの
久しぶりだ、この顔じゃあ姪に「おじさん」と言われるのも、無理がない。
「死んだ顔っていうか、おっさんだな」
「ははっ、ほら貸して」
強引にスマホを奪い取った。
「おい何して……」
「「パシャッ!」」
カメラのフラッシュが俺を襲う。
「ほら!この撮り方だとまだ…おにいさんだよ!」
「まじで何してる…」
嫌そうな顔をした、男性が映る。
しかしそれは先ほど見た男よりも、若干、若く見えた。
「えーすご、撮り方でここまで変わるものなのか…」
「ねっ、すごいでしょ」
時刻は深夜2時過ぎ、辺りはスマホの光以外無くなっていた。
真夜中の公園で馬鹿みたいにお喋りするのも悪くなかった。
「もう2時過ぎだし、そろそろ帰るぞ。お前も帰れよ」
「えー、じゃ最後にー」
「おにいさん名前は?」
「んっ…山田柴春、君は?」
「陽、また会おうねー」
ほいっと、内カメラの画面をこちらに向ける。
「おにいさん入って入って!」
「自撮りとかしたことないんだけど」
「いいから…はいチーズ」
フラッシュで目を瞑ってしまった。
「はい、スマホ」
「んー、じゃあ早く帰れよ」
写真を確認するためスマホに視線を落とす、絶対目瞑ってるな…、
フォルダを開き確認する、が…は?。
写真には不細工に目を瞑った俺が映っている、…俺だけが。
え…、俺の左側の空間はぽっかりと空いている…。
スマホから目を離す。
確かに俺は彼女と…。
目の前には、ニコニコとした女子高生の姿があった。