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「あなた。ちょっと、そこのあなた」
室内に響いた先生の声に顔を上げると、僕を見ている先生の視線と僕の視線がぶつかった。
先生は時々こうして僕たちの中から、誰かを呼ぶのだが、決まって僕たちの名前を呼ぶことはない。きっと、先生には僕たちが皆同じに見えているのだろう。だから、名前を呼ばない。それか、僕たちの名前を知らないか。もしかしたら、その両方かもしれない。
先生の視線を受けつつ、僕は自分の鼻先をさし、自身が呼ばれているのかをジェスチャーで確認する。僕のそのしぐさに、先生は大きく頷くと手招きをしてみせた。
「そう。あなた、あなたです。私についていらっしゃい」
皆の羨ましそうな視線の中を、先生のもとまでのそのそと歩いて行った僕の手を取ると、先生は、他の子たちには目もくれずに、僕の手を引いて部屋を出た。
僕は物心ついた頃には既にあの部屋にいて、いつも皆と過ごしていた。一人になったことも、部屋から出たこともない。
初めて出た部屋の外には、暗く長い道がひたすらに延びていた。
皆から引き離され一人きりにされた心細さと、暗く果ての見えない道への恐ろしさに、僕は体を震わせる。しかし先生は僕になど興味がないのか、事務的に話を始めた。
「この先をもう少し進むと、小さな部屋があります」
「部屋……ですか?」
僕は、手を引く先生の顔を見上げる。先生は、ただ真っ直ぐに前だけを見ながら話を続けた。
「そうです。あなたには、その部屋でこれから箱庭の世話をしてもらいます」
「箱庭とは何ですか?」
「それは、後程、部屋の者に聞きなさい」
「……分かりました。それで、その箱庭の世話をするのは、僕だけなのですか? 他の子は?」
「今回の世話役は、あなただけです」
「今回?」
「部屋によっては、複数で世話を行うところもあるのです。あなたの部屋の右隣の部屋では、2人の者が世話をしています。左隣の部屋には世話役はおらず、時々私が様子を見ています」
「えっと……複数で世話をしているような物を、僕だけで世話するのですか?」
不安の色を含んだ僕の言葉を、先生は意にも介さず切り捨てる。
「あなただけでやるのですよ」
「何故、僕だけなのですか?」
僕の言葉に、先生は至極面倒くさそうに答えた。
「だって、あなたの箱庭だもの。あなたにしか世話はできないわ」
「僕の箱庭?」
「そうよ。あなた、自分の名前は言えるかしら?」
「……アース」
「そう。それがあなたの名であり、この部屋の名」




