花盗人、募る
美しさを束ねた少女は、優美な桜をまとう枝を、腹部に挿し込まれる。腹から咲き乱れる桜と、少女の耽美な姿に胸躍る。桜色のくちびるを撫で、桜色の頬を撫で、その蠱惑的な美に耽溺した。
心は揺れ動く。少女の腹に挿し木された桜が咲いている。優雅で、罪深い。身体が震える。
ああ、なんと見目うるわしいのだろう。
絶頂した。
*
五人の少女を殺害した犯人は、五月六日に逮捕された。
犯人の名前はオオスミユウジ、年齢は二十一歳。犯行の共通点として、鋭利な刃物で喉を刺して殺害している。殺害後、一人目と二人目は姦淫され、ニ人目から四人目は、桜の枝を斜めに折ったもので腹部を突き刺している。
オオスミユウジは、夜の路地裏にて、通報を受けた警察官に、横たえた五人目の少女の前で、陰部を晒している状態で拘束された。少女は、これより前に殺害されていた。
オオスミユウジは、犯行を一部否認している。
*
それは三月二十九日。三件目の殺人事件が発生したのを確かに覚えている。前の事件と同様に、首を刃物で刺され、桜の枝で腹を刺されてしまったのだ。
ちまたで話題になっている連続少女殺人事件。その三件目の被害者となったのは、私の友人であるサトウアヤの妹、ミオちゃんだ。
享年九歳。あまりに若すぎる死だ。
ミオちゃんが殺されたばかりのころ、アヤの家の前には取材班が犇めき合っていたのを覚えている。今では、たまに記者が現れる程度に落ち着いたので、私とアヤは共にS県へ向かった。いわゆる旅行だ。ミオちゃんを喪った悲しみを和らげるために、なんとアヤが企画したのだ。
アヤは強かった。私の前では『あの日』以来、悲しむような表情を出さなかった。しかし、今回の企画を知ったとき、やはり苦しんでいるのだと悟った。
*
旅行一日目、すなわち四月六日の夜のことだと覚えている。私たちは、窓から見える桜の景観で有名な旅館にいた。夕食を終え、すっきりとした髪を梳かしていたアヤが、唐突に神妙な面持ちになって言った。
「今、ミオを殺した犯人を捜しているんだよ」
「え?」
私は驚いた。犯人を恨む気持ちは理解できる。しかし、なぜそこまでするのだろうかと思った。
「本当なの?」
ふと、木がそよぐ音が聞こえた。開け放った窓から一枚の桜の花びらが入ってきて、アヤが目の前に落ちた花びらをつまんだかと思えば、それを指ですりつぶした。
「うん、本当だよ」
*
四月十一日、十時ごろにアヤが私の家に来たのを覚えている。空が鈍色に染まっていて、十五時ごろに雨が降る予報があった。そんな日に、アヤが私の家にやってきて、「二人だけで話したいことがある」と言った。真剣な表情をしていたので、私はアヤの同伴で、アヤの家に向かった。家の前に記者がいるのではないか、と少し不安を覚えたが、誰もいなかったので安堵した。
アヤの家は広い。まず入口に門があり、それを潜れば、左には、いくつか枝の折られた葉桜が植えられており、右には微生物が住まう濁った池。手前には十部屋もある邸宅がある。
邸宅に入る。中は誰もいないのか、しんとしていた。アヤの両親はいないようだった。なるほど、だから二人で話したいと言ったのか、と考えた。私たちは、アヤとミオちゃんと私の遊び場だった和室に入った。座布団にそれぞれ向かい合わせに座った後、アヤは言った。
「犯人はこいつだと思う」
アヤは、畳の上に五枚の写真を出した。ひょろりとした体系で短髪の青年が、全ての写真に写されていた。全ての写真がカメラに視線を向けていないことから、盗撮だと推察する。写真の裏には名前や年齢、住所が書かれてあった。
オオスミ ユウジ:21才 S市M町5番地9
「誰なの、この人」と、私は訊ねる。
「オオスミユウジ、隣のM町に住んでいるやつ」
「この人が、犯人なの?」
「うん」と、アヤは頷いた。
私はこの時点で疑念を持っていた。こんな短期間で犯人を特定できるのと、ただの一般人が到底できるとは思えなかったからだ。
「どうしてこの人が犯人って思ったの?」
するとアヤは自慢気に、
「私の力をなめないでよ。このくらい朝飯前」
と、言って、クリアファイルから収集した事件の新聞を公開した。
『第一の事件』
二月一日。被害者A(10)は、M県M市S町にて、首から出血し横たわった状態で発見された。殺害後に姦淫された痕跡がある。死因は、刃物で首を深く刺されたことによる。
『第二の事件』
三月二十日。被害者B(11)は、M県M市S町にて、首から出血し、腹部を斜めに折られた枝で刺され、仰向けの状態で発見された。殺害後に姦淫された痕跡があり、その後、枝を腹に突き刺している。死因は、刃物で首を深く刺されたことによる。
『第三の事件』
三月二十九日。被害者C(9)は、M県M市S町にて、首から出血し、腹部を斜めに折られた枝で刺され、仰向けの状態で発見された。殺害後に枝を腹に突き刺している。死因は、刃物で首を深く刺されたことによる。
これがどうしたの、と訊ねようとする前に、アヤは地図を見せた。その地図はこの地域のものであり、三つの赤い丸が書かれ、その付近には、バツ印が散布している。
「これって?」
「これは事件が起こる前後にオオスミユウジがいた場所」
驚嘆したが、それと同時に、その執念に恐怖を覚えた。思い返してみると、アヤはミオちゃんのことをすごく可愛がっていた。大切な人を亡くした悲しみが、こうも身体を動かすのだろう、と考えた。
「この丸は事件が起きた場所だよね?」
「そう。それで、このバツ印が見た場所。これを見ると分かるんだけど、オオスミユウジは事件が起きた場所を結構ウロウロしていたんだよね」
アヤは続けざまに、「それと、私が勝手に分析したんだけど」と、前置きし、
「一回目は初めてだったんだと思う。いわゆる、予行練習みたいな」
「え、どうして?」
「一回目は、ちょっと言い方が悪いんだけど、犯されただけなんだよね。ここで成功体験を得ちゃっているから、二回目からわざわざ桜で刺すなんてことをしている」
「でも、三回目は?」
そう訊いてしまって、すぐ気づいた。三回目はミオちゃんなのだ。私は申し訳ない思いで、
「ごめんなさい」
と、頭を下げた。アヤは優しく、
「気にしないで」
と、言ってくれた。その言葉で心がさらに重くなっていった。
アヤは私の質問に答える。
「三回目から目的が変わったのか、元々そうしたかったのか。まあ、犯人の心理なんて分からないんだけどね」
*
それは十五時ごろだったと覚えている。アヤと一緒にテレビを見ていたら、天井から何か音がするのに気づいた。外を見れば雨だと分かる。帰るのが面倒だと思っていると、唐突に豪雨に成り変わった。
ああ、これじゃあ帰れないなんて思っていたら、
「私、これを持って警察署に行くつもり」と、アヤは中身の入ったクリアファイルを見せる。
私は驚きつつも、「そうなの?」と、訊き返した。
「うん。犯人だって証拠もないし、たぶん警察の人たちもこのくらい知っているだろうし。犯人だって、きっと事情聴取くらい受けているだろうけど。まあ、なんだろう。自己満足だね」
「自己満足なんて、そんな」
私は首を振って、言葉を継げる。
「ミオちゃんだって、自分のためにアヤがこんなにしてくれるなんて嬉しいと思うよ。それだけ大切にしてくれているってことだから」
言い終わると、アヤは、
「ありがとう」
と、ほほ笑んだ。
*
それは、十八時ごろだと覚えている。豪雨は霧雨に成り変わり、傘を差せば帰れそうだと考えていると、
「そろそろ帰る?」
と、アヤは訊いた。
私は、
「もう帰ろうかな」
と、答えた。
私たちは立ち上がる。そのとき、ふと、アヤを見上げた。アヤは全国平均より身長が高くて、それでいて体系もスラリとしていて、まるでモデルのよう。少し羨ましく思っていると、
「さ、行こうか」
という、アヤの声で現実に戻った。私は頷いた。
アヤは玄関でコートを羽織り、傘立てに立てかけられた黒い傘を取り出す。
玄関を出ると、曇天のせいかもしれないけれど、周りが薄ら暗くなっていた。アヤは傘を差し、私はその中に入る。
右にはかすかに揺れる葉桜が、左には波紋が幾重にも広がる池がある。門を潜って、道路に出る。
雨音と私たちの足音だけが聞こえる道を歩いているとき、ふと、私は話を切り出した。
「あの、花盗人って知ってる?」
「え、なに、突然」
アヤは驚きの混じった声を漏らす。私は少し惑い、
「えっと、ちょっと話したくなったから」
「ああ、そうなの。ハナヌスビト……、そのまま花を盗む人でいいの?」
私は「うん」と頷いた。
「それがどうしたの」
「桜って、綺麗だから、持って帰りたいって思っちゃうんだよ」
「ああ」
「だけど、黙って持って帰るのは悪いことなの」
「なるほど。つまり美しい、綺麗だって思う感情と、自分は悪いことをしている、という感情が一緒になっているということ?」
私は頷いた。
「もしかしたら犯人は、そうなのかもしれない」
「ああ、そういうこと――」
その瞬間、アヤの言葉が途切れたかと思えば、一瞬だけ後ろを振り向いて、
「ちょっと速く歩こう」
と、アヤは早足になった。私も同じ速度で歩きながら訊ねた。
「ねえ、どうしたの?」
するとアヤは声を小さくして、
「さっきから、誰かに付きまとわれている」
「え?」
私が振り向こうとすると、アヤは「後ろは見ないで」と制止させる。アヤは続けた。
「もしかしたらあいつ、事件の犯人かもしれない」
「本当に?」
「いや、分からないんだけど、とりあえず大通りに行こう。ここじゃあ危ない」
本当に犯人が後ろにいる可能性があるなら、確かにこの道は危険だ。さっきまで強い雨が降っていたので、人通りがないのだ。
足早に進み、途中、細い路地があった。アヤは「こっち」と言い、私の手を引いてその路地に入る。
私は訳も分からないまま、アヤの手に引かれていた。
路地の真ん中に差しかかる前、アヤが隠し持っていたナイフを取り出したころ、私はようやく訊くことができた。
「ねえ、ちょっと気になることがあるんだけど」
「なに?」
私は、こう訊ねた。
「なんで、私が『桜』で刺したのを知ってるの?」
ここで私たちは足を止めた。傘を下ろし、私の目線より低く屈め、静かな視線で私を見上げた。私が言葉を継げようとしたとき、アヤは人差し指を私のくちびるに添え、
「折ってたところ、見てたの」
私はその人差し指を払って、ようやく言葉を継げる。
「でも、それだけじゃ」
「三月二十日から三月二十九日までの間、うちの桜は満開だった」
「…………」
「そして、今起こっている殺人事件のせいで、ミオを一人では絶対に外へ出さなかった」
「…………」
「ミオを連れ出せて、うちの桜を取ることができたのは、うちに遊びに来ていた、あなただけなの」
「……ああ、そうだよね」
アヤは、私の首にナイフの先を当てる。
「それじゃあ、死んで」
私の首にナイフが突き刺さる。
*
これが、四人目の被害者である私の、十一年しかない人生の結末だ。
その後、アヤは、仰向けにした死体の腹に、葉桜の枝を突き刺し、押し込んだ。死体の腹から、葉桜が生えたように。
アヤは立ち上がり、死体を見つめて、
「ありがとう、理由を教えてくれて」
そう言って涙を湛え、笑いながら傘を差し、帰路に戻っていった。
*
私は悪いことをした。
だから、殺されるのは分かっていた。
だけど、桜はやっぱり美しいのだ。
あれは、とても綺麗だった。
私は好奇心を恨み、思い起こすのをやめ、静かに眠る。




