悩み相談の場所(9)
「彼女には、【呪い】がかけられていた」
ビクりと、自分の身体が跳ねたのが分かった。
「その【呪い】によって心を追い詰められて、自殺したようだ。
この学校にはまだ届いていない情報で、こちらが独自に入手したものだけどな」
「それは、【呪い】が関係してるから分かったことなのか?」
その質問はトウカのもの。
久しぶりに、教室にいるのを見た。
転校してきてから一週間ほど、ルーベンス先生と一緒になって教室にいなかった。
それなのに今日はその二人も含め、全員がこの教室にいる。
カナコの死を伝えるために、全員集まったのだろう。
なんせボクも、今日はルーベンス先生からが登校するよう電話が掛かってきたら、ここに来たのだった。
この学校に休みはない。
学校が用意しているイベントの時以外は、来たい時に来れば良いというスタンスを取っている。
それはこの【呪い】学科も変わらない。
だから呼び出されたのは初めてで、かなり驚きながらやってきた。
そして告げられたのが、ボクが相談を受けた女子生徒が自殺したという、話な訳で……。
「……ボクのせいだ」
告発されている気になって、つい、罪を告白するように、言ってしまった。
「ボクが、彼女に【呪い】をかけたんです。
ボクの話を聞いて、心に響いてもらうように。
リーサリスみたいに……特別視されるような、雰囲気に、見てもらうように」
「…………」
ルーベンス先生の顔が見れない。
いや、誰の顔も見れない。
きっと皆、ボクのこの浅はかな力の使い方を責めたくて、仕方がないんだ。
「……正直に言うと」
「っ!」
口を開いたルーベンス先生の言葉に、またビクリと、身体が震える。
「それはあまり関係がない。
かけていようとなかろうと、きっと彼女には【呪い】をかけられていた」
「……そんな訳……」
「違和感があったんだ。
そもそもこちら側は、彼女のことを何も知らない」
だからボクに説明して欲しいと、そういうことか。
……そんなこと、自分のせいで殺した翌日になんて、出来るはずがない。
「……すいません。
その前にボク、彼女の家に行ってきます」
逃げるためについ口から出た言葉だけど、それはかなりいい案のように思えた。
せめて彼女の家族に一言謝らなければ、気がすまない。
それが例え、自己満足でしかないとしても。
「待てよ」
と、教室を出ていこうとしたボクの腕を、トウカが掴んで止めてきた。
「……なに?」
初めて会話するなと、その時になって思った。
「今行ったところで、彼女の両親を余計に悲しませるだけだ。
まだ学校には来てない情報なんだろ? つまり【呪い】が関わっているからこちら側にまで降りてきただけで、親はまだ学校に行ってないんだ」
「だから?」
「分かれよ。
今のお前みたいに、余裕なんてねぇんだよ。
それなのに行ったって、困らせるだけだ」
……だとしても。
「このまま、行かないなんて選択肢は、ない」
「…………はぁ~……そうかよ」
「ちょっと!」
ボクの腕を離したトウカに向け、リーサリスが声を荒げる。
「アンタの言ってたことの方が正しいんだから、ここでソイツ止めてよ!」
「だったらお前が止めることだな。
これ以上、オレじゃ止められねぇ。
それにコイツ、転生人様なんだろ? だったらそれなりに巧くなるんじゃねぇの?」
「その無意識の改変が無くなってるの! 彼には。
だからこんな――」
言いかけて、ハッと口を押さえる。
それだけでもう、何が言いたかったのか分かった。
「だからこんな、誰かを殺すようなことになる、とかか?」
自分でも、上手く笑えたかどうか分からない。
いや、言わなくても良いことを言ったな……これは。
余計に気まずくなったからか、ボクがその場から立ち去るのを、今度は誰も止めてこなかった。
◇ ◇ ◇
「…………」
いつの間にか、夜になっていた。
……本当に、こんな時間まで、ボクは何をしていたのか……。
…………。
……ああ、そうだ。
昼過ぎ、いつものように学校へ行って……授業も受けずに、カナコの家に行って……そこで、憔悴していた彼女の両親に、何故か部屋に上げられて……そこで……。
そこで、彼女が本当は、何がやりたかったのかが、分かって。
「……くそっ……!」
部屋にあったのは、楽譜と、詩が書かれたノート。
そしてこの世界では初めて見た、パソコン。
その中に、遺書となるものはなくて……代わりに、ベッドの上に、大量の血の染みがあって……。
いや、違う。
それ以上に、パソコンの中に……打ち込みされた、音楽データがあって……。
カナコは、自分で音楽を作っていたんだ。
……きっとそれが、彼女の、やりたかったこと。
浅はかだった。
彼女にはちゃんと、やりたいことがあったんだ。
それを想像することもせず、自分の言葉を飲み込みやすくする【呪い】をかけて、すぐに解決しようとした。
……本当に【呪い】だ。
何が【呪い】の逆転だ。
カナコの心を捻じ曲げて、結果的に殺してしまったことに、変わりはない。
ボクがしなければいけなかったのは、親身になって彼女の話を聞き、彼女が本当に目指しているものを知ることだったのだ。
「…………」
きっと……そんな酷いことを平気でしてしまえる、ボクの方こそが……死ぬべきだったのだ。