悩み相談の場所(7)
「じゃあ、イオリくん。
イオリくんはさ、このままで良いって思ってる?」
「このままで、というのは?」
「ただ普通に学校に来て、学校で勉強して、勉強したことを活かして、お仕事に就いて……。
誰かと結婚して、子供を産んで、子育てをして……。
おばあちゃんになって、子供も大きくなって、誰かのもとに嫁いで……。
……そういう、このまま」
「……何か、不満があるの?」
「不満……う~ん……どうなんだろ。
どっちかというと、不安、の方が近いんだと思う」
「あ、そっか」
だから、生きていくのが不安、と相談に来たのだ。
「私、このままただただ生きていって、良いのかなぁ……って。
そういう不安」
「……何か、特別な、やりたいこととかあるの?」
「……う~ん……特に、そういう訳でもないんだけど……。
私じゃあ、何かしたところで、伸びないことも分かってる。
だから……うん。
出来ることは、無いんだけど……」
……なんだろう……どこか、歯切れが悪い。
……というか、この感じ……何か、心の奥底が疼く。
まるで過去の自分も、同じだったような……。
……いや、きっと同じだったのだ。
前世の自分が。
「出来ること、じゃなくて。
やりたいこと、とかはない?」
「やりたいこと……」
「やれれば嬉しいなぁ、ってことでも良いけど」
「……イオリくんは、そういうのがあるの?」
「……今は、自分の才能を活かせることをやりたいって感じだから、無い。
でも……昔の自分は、多分あったと思う」
前世できっと、ボクも彼女と同じことを思っていた。
ただ普通に就職して、毎日同じような感じで働く。
そしていつかは恋人を作って、その人のために働く。
子供が産まれれば、家族のために働く。
……そのことに、人生全てを捧げる価値があるのだろうかと、ずっと考えていた。
きっと、自分がその時やっていたことを、仕事にできたらなと、考えていた。
だけど同時に、自分の実力では、それが出来ないだろうことも、自覚していて。
……いや多分、自覚に至ることも、沢山したはずだ。
挑戦して、挫折してを繰り返して……諦めた。
そうして、二十一歳になって……。
……あ、そっか。
「昔って……十歳でしょ?」
ちょっと小馬鹿にしたような感じがするが、仕方がない。
それならばと、彼女が相談しやすいように、心構えを変えてやればいい。
身体能力の低下は、あくまで【呪い】による付随物だ。
本来の【呪い】の用途は、その内面をに何かしらの影響を与えること。
例えば、相手をやたらと怒りっぽくしたり、逃げようという気持ちを萎えさせたり、だ。
だから、逆転させた【呪い】を、彼女にぶつける。
頼りなく見えるだろうボクを、何となく頼りになるように見せる。
リーサリスを見ている時と同じような……雰囲気で頼りになると思わせるように。
「ゼイグルくん」
「うおっ!」
背後から急に掛けられた声に、情けないながらもマジで驚いた。
「ど、どうしたの、トーバードさん。
っていうか、話しかけてくれたの初めてだよね?」
「……【呪い】」
「え? ああ、使ったこと?」
一瞬、何を言ったのか分からなかった。
「でもこれ、逆転させてプラスに働くやつだし、問題ないでしょ?
これも【呪い】の練習みたいなものだし」
「…………」
ボクのその答えに納得したようには見えなかったが、返事はなくて元の席に戻り勉強を再開し始めた。
という訳で、カナコとの話を続ける。
「確かにボクは、年齢的にはカナコより下だけど……尊敬できる人からもらった言葉があるんだ」
「尊敬できる人……?」
「ボクの基礎を作った人、みたいなものかな」
苦笑いを浮かべて言ったその人は、前世の自分だった。
…………。
少しも尊敬なんてしていないくせに、我ながらなんて嘘を吐くのか。
「その人も、カナコと同じことを悩んでた。
でも結局、普通に仕事に就こうとしたんだよ。
周りがそうだから。
きっと自分じゃあ特別にはなれないから。
だから周りと同じになって、周りが幸せだというソレを掴もうとした。
……でも、無理だったんだ」
「無理だった?」
「うん。結局、その人は特別になることを望み続けた。
なりたかったものはなかったけれど、何かで特別にはなりたかった。
でも、働き先でも結局、誰にも認められなかった。
……そこで、別の選択肢でも思いつけば良かったのにね」
けれども、その時のボクは、何も思いつかなくて……。
こうして子供になって、無限の可能性があることを知って――特別な力を持つことで、なりたい自分を叶えられる土台を与えられて、ようやく分かった。
そこから離れて、特別を目指せば良かったのだということを。
「その人は、一度得た場所で頑張ろうとしすぎていた。
色々と選べることを忘れて、一心不乱に、特別を目指して」
けれどもそれは、失敗した。
だからボクは今、ここにいる。
「……色々とやってみたら良い。
ボクはその人から、そう教わった」
「色々……?」
「そ。カナコが不安に思ってる、ただただ普通の働くことだって、案外やってみたら面白いかもしれないし。
それで合わなかったら、その時考えれば良いんだよ」
「……そういうもの?」
「そういうもの」
…………ああ……なんだろう、この感じ。
この、薄っぺらいことを、喋っている感じ。
ボクが散々、掛けられた言葉。
心に響くことも無かった、言葉。
……だけど今の彼女にはきっと、ボクの言葉はちゃんと、響いてくれている。
そういう【呪い】をかけたから。
……そのことに、引っ掛かりはある。
けれども素のボクじゃあきっと、彼女の心を救うことは、出来なかった。
だってボクのアドバイスなんて、ボクのように死へと誘うことでしか、無いのだから。
彼女がボクと同じだと言うのなら……その結果を歩んだボクの言葉なんて、何の価値もない。
ボクとは逆の……ボクへとアドバイスしてくれた人の言葉を、素直に聞いてもらわなければきっと、救えない。
「不安なのは分かるけど、その不安を進んだ先にはきっと、希望があるよ。
気をつけてほしいのは、逃げ道があることを、忘れないで欲しいことぐらいかな」