博多弁の原本を求む
某県某市の山奥に立つ秘密の研究所。その最奥に位置する一室に、様々な装置から延びるケーブルにつながれた筋骨隆々の男が台の上に横たわっていた。そしてその台の近くにはこの研究所の主たるH博士が緊張を含ませた表情でたたずんでいた。
「今こそ我が十年にも及ぶ長き実験が実を結ぶとき! さあ起動せよ究極超人めんたいこ!!!!!!」
H博士がそう言い近くにあった装置のスイッチを力強く押した。すると目の前の横たわった筋骨隆々の男がゆっくりと上半身を起こしてゆく。人工筋肉で形作られたその惚れ惚れするような上半身は、見た目には作り物だと気づくものなどいないだろう。H博士の十年間の努力の賜物である。
体を起こし終えた男は、自らの体につながれたケーブルをすべて外し台の上から降り、これまた惚れ惚れするような二本足で力強く立った。
「人工筋肉とボディイメージシステムはちゃんと稼働しているようだな。よし、お前の名前と誰に、何のために作られたか答えてみろ、めんたいこ」
「はい、私はH博士によって作られたナチュラルヒューマン型究極超人、名称はめんたいこ。H博士のご先祖様が持っていたとされる博多弁の原本を見つけるために、それがあると推測される深海を探索するために長時間深海で活動できる者が必要であったために作られました」
「うむ、学習装置も無事に働いているようだな。大金をかけたかいはあったな」
H博士が満足げにうなずく。実は博士はめんたいこ開発のために中年サラリーマンの生涯年収十人分ほどの大金をかけており、もともと資産家であった博士の資金も底をつきかけていた頃であった。なので、めんたいこが無事起動したことで内心かなりほっとしていたようである。
それほどの資金を投入してもなお、元が取れるあてがH博士にはあった。世界博多弁協会が博多弁の原本に対して莫大な額の賞金を懸けているのである。
「ところで博士、私が知っている情報ではその原本は深海に存在する、ということだけインプットされているのですがいったいどこの海域の深海なのでしょうか?」
「うむ。実はそれなのだが私もその場所が深海だろうということしか知らないのだよ、少し先走ってしまってな。お前の開発を優先してしまった。」
「それは、なんといいますか… 」
「ま、まあ今から調べればいいことだ。おおよその場所は見当がついているから、シュミレーターを使えば一か月程度で場所を突き止めることができる。心配するな」
・・・・・・・・・
「ここか、博多弁の原本が存在するのは」
「博士、原本があるのは深海とおっしゃいましたよね。ここ、私がいる意味ありますか?」
二人がいるのはアイスランドに存在する世界一の露天風呂、ブルーラグーン。近くの地熱発電所から排出される膨大な量の熱水によって常に快適な温度に保たれており、ホテルなどの各種施設も充実している。国民はもちろん世界中からも観光客が集まる人気のスポットである。ちなみに二人はちゃんと水着に着替えている。
「いや、待てめんたいこよ。もしかしたらこのブルーラグーンの地下深くに眠っているという可能性もある。お前には深海を探索する能力だけではなく、地下深くに潜れる機能や溶岩に飛び込んでも大丈夫なほどの耐火性も付いている。あらゆる状況を想定して作ったからな、決してお前の存在は無駄ではないぞ」
微妙に上ずった声で答えるH博士。実は内心十年の歳月が無駄になるのではないかとひやひやとしている。
「シュミレーターによるとこのあたりだが。よし、めんたいこ。とりあえずそのあたりを掘ってみろ。」
「了解しました」
めんたいこがそのあたりを探ると。
ザパァ
「……博士、これですか」
「……それだな」
めんたいこが引き上げたものはまごうことなき原本であった。それは紙でできてはいるが博多弁について記述されているので全く濡れていない。博多弁が書かれた本全般の特徴である。ちなみに人間が博多弁を発声すると死ぬ。
「じゃあ、帰るか……」
「はい」
二人は微妙な雰囲気のままブルーラグーンを去っていった。
かくして、博士が見つけた原本はコピーされ世界中に配布された。こうして博多弁だと知らずに発声して死ぬという事故は世界中から減ってゆくのであった。