望む姿の魔道士様
この国は、婚約者を決める際、爵位を持つ家は決まってある魔道士に決めてもらうという風潮がある。政略結婚の際にも、多いに活用されてきた。
その姿は、妖艶な美女、いや儚げな美少女、いやいや中性的な美少年、いやいやいや眼光鋭い美丈夫、と、見るものによって違った姿で語られる。
令嬢、子息、共にその魔道士が初恋の人になることが多い。
その為、心奪われてしまわぬよう、魔道士と出会ったことは忘れてしまうように忘却魔法をかけられるのだが、きっかけがあれば思い出してしまう程度のもの。
その魔道士の噂は絶えなかった。
「あなたは誰?」
今日も、父親に連れて来られたまだ年端もいかない令嬢が、鏡を持たされ薄暗い部屋の中へ通され、ローブを頭から被り、顔の見えない魔道士と突然二人きりにされてしまった。
怯える令嬢に、魔道士は声をかける。
『あなたは誰?』
「お前こそ誰だ」と、男性のやや冷たい声が響く。
どうやら、この令嬢の好みの声や話し方は、やや冷たい声でキツい話し方のようだ。
「なっ!…私はクラリス・ポワーレですわ。どうして、私はここに連れて来られたの?」
無礼な物言いに、気分を害したのか顔を真っ赤にさせている。ただ、現状が理解出来ぬため、不安げに目の前の怪しげな男を見上げている。
ふむ。自分より見上げる程背の高い男が好みか。
令嬢に名を名乗り返さずにパサリと、フードを脱ぐ。
「!」
令嬢が目を見張る。魔道士は己の顔を、令嬢が持つ鏡で確認した。
サラサラの髪に、キツい顔の美少年だった。
髪の色は、どうやらグレーや銀や青みがかった色が好みのようだ。定まっていないようでゆらゆらと色を変えている。
顔はやはり美形がお好みのようだ。少し影のある冷たい印象のある美形。歳は同じ位が良いのだろう。典型的な強引な俺様タイプが好みと言えよう。
フードを被り直し、ぼーっとする令嬢へ『そのまま帰りなさい』とだけ伝える。
大人しく、令嬢が魔道士の姿を映したままの鏡を持って、部屋から出ていった。
令嬢は今日の出来事を覚えてはいないだろう。
「マルザ」
「はい」
「ポワーレ伯爵にドローム侯爵の子息との婚約を勧めておいて」
「わかりました」
ドローム侯爵の子息は、理想より少し神経質そうな顔ではあったが、なかなかの美形であった。歳は3つ上。許容範囲と思われる。伯爵家が望む縁談の中で、最も令嬢の好みに近いと言えよう。
「ナイム、次で今日は最後よ。パラディー侯爵からの依頼ね」
「わかった。すぐ通せ」
今度は、ビクビクとした令嬢が現れた。
「あなたは…?」
弱々しい声で怯えた様子で訪ねてくる。
『あなたは…?』
「君は…?」
優しい問いかけ、柔らかいまだ少年のような声が響く。
「あ…わたしは、ノアール・パラディーです。ここへは、お父様に連れられて…」
パサリとフードを取る。
令嬢が持つ鏡には、クルクルふわふわとした茶色い髪。顔は丸みのある素朴な少年。優しげな瞳をしていた。
ほっとした様子の令嬢に『もう帰りなさい』とだけ伝える。にこにこと安心させるような笑顔の、鏡の中の己の姿。
「マルザ」
「はい」
「どうしよう」
「はい?」
目を伏せていたメイド服の肩までの赤毛の髪をした少女が、胡散臭げに魔道士を見る。
「候補の中にいない」
パラディー侯爵が望む縁談の中に、令嬢が望むような優しげな子息がいなかった。
「ノルン子爵家の子息がピッタリと思うんだけどな…」
少し気弱な優しげな少年で、ちょっと小太りであった。ただ、爵位が釣り合わない。
まぁ、いい。
「パラディー侯爵には、ノルン子爵家の子息を勧めておいて」
「わかりました」
逡巡したが、相談するでもない魔道士に、興味もないのか淡々といつもの返事を返すマルザ。
「……!」
「うわぁ、こっち来そう」
「失礼する…!」
あ、フードを被り直していなかった。
『どうされました?パラディー侯爵』
「どうされたのです?…パラディー侯爵」
まるで男を誘うような、妖艶な甘い女の声。
チラリとマルザが持つ鏡を見る。
腰まで伸びたウェーブのかかった豊かな黒髪。真っ赤なぷっくりとした唇に、目鼻立ちのしっかりした、化粧の濃い女。娼婦のような艶かしい雰囲気の大人の女性が映っている。香水の甘ったるい匂いまで再現される。やたらと豊満な強調される身体。
うへぇ、パラディー侯爵の趣味よ。
パラディー侯爵の妻は、先程の令嬢によく似た柔らかなイメージの女性だ。ブロンドの髪に慎みのある、今見ている理想と真逆タイプの女性であった。
ゴクリと、唾を飲むパラディー侯爵。
お、襲うなよ?
フードをパサリと被り直す。
ハッとした様子のパラディー侯爵だが、残念そうにも伺える表情で、まだ動揺した様子でこちらを意識しまくっている。
「魔道士様…なぜ、我が娘に子爵家などを紹介されるのだ」
『と、言いますと…?』
「あら、なぜとは?」
やはり、そのことかと思いながら、すっとぼけるように聞き返したはずが、からかうような楽しげな甘ったるい女の声が響く。
『んんっ』
「ふふっ」
慌てて咳払いするも、誘うような笑い声となった。
ゴホゴホと咳き込むのに、クスクスと響く。
パラディー侯爵の願望が…強い。
しかし、娘の政略結婚で利益がない婚約を勧めるのに不満があるパラディー侯爵は、誘惑に負けずに怯みながらも言葉を返す。
「美し…んんっ!からかってくださるな。なぜも何も、何故我が娘ノアールに子爵家の子息なんぞを婚約者にと勧めて下さるのか!理由をお話下さい」
キッと睨むパラディー侯爵。
…美しいと言いかけてますが?
ヤバいなぁ。長時間、僕を見続けるのはパラディー侯爵にとって悪影響が出ると思うんだよね。
『では、ここではなんですから。別室で詳しくお話しましょう』
「そうね…ここでより、あちらでゆっくり…お話し致しませんこと?」
いや、やめろ。まるで誘っているとしか聞こえない。
唾をゴクリと飲むな!パラディー侯爵…。
「ああ…そうだな。そうして頂こう。娘は先に帰させる」
目をギラギラさせるのをやめなさいよ。
なんで、娘だけで先に帰らせるかな?
いや、とにかくこの部屋から出さねば。
『時間は取らせません。とにかく移動を』
「すぐに済むわ…早くこちらに来て」
おいぃぃ!
マルザが令嬢が出ていった扉とは別の扉を開く。
逃げるように僕はすぐにそちらに入ると、まるで誘われるようにパラディー侯爵が追従した。
ベッドに誘うわけじゃないよ?正気に戻ってパラディー侯爵!
バタン――
扉を閉めるとぼーっとしたままのパラディー侯爵に、呼びかける。
「パラディー侯爵。侯爵家を継ぐ者として、まずは三男であるノルン子爵家子息を養子にして手元に置いて、いずれ、ノアール令嬢と結婚させ次期当主にすれば、爵位など問題ないでしょう。跡継ぎ問題も解消されます」
パラディー侯爵には娘一人のみ。いずれ、爵位の低い次期当主とはなれない三男や四男を養子にし、家を存続させる為に次期当主として育てることになる。
愛人に男児を産ませていなければ、だが。
「ノルン子爵家の三男は優秀ですよ。侯爵家を問題なく維持できることでしょう」
さぁ、帰った帰った!と、矢継ぎ早に言いたいことを言い、マルザがあるパラディー侯爵を見送る。
令嬢と共にパラディー侯爵も帰還していった。
「危なかったぁ〜」
ふぅ、と息を吐く。
「お疲れ様でした。本日の営業はこれで全て終了です」
「ありがとう…マルザもお疲れ様」
「ちょっとパラディー侯爵には刺激が強過ぎたかもしれませんね。あれでは洗脳に近いことになったかもしれません」
「ううっ…わかってるよ。操るつもりなんてないんだけどね」
僕が操れるのは、魅惑魔法。あの部屋には、その力を更に強く現す魔法陣にお香まで焚かれていて、ちょっと効果が強過ぎるのだ。
残念なことに、あまりの膨大な魔力に微調整がままならない。魅惑の効果は常時発動してしまうのだ。
これでも人間なのだが、うっかり魅惑魔法で人を惹きつけ捕食する人喰い花の蜜を舐めてからこうなってしまった。
その魔物を退治する為に、招集された魔道士であったのに、今ではこのような方法で金銭を稼ぐしか手がなくなった。
惑わして隷属させる趣味などない。
こんな力を手に入れてしまったことを国に知られてしまえば、殺されるかスパイにされるかだろう。
勇者の仲間でよかった。