その5
清流旅館の玄関では、手紙を見ながら不機嫌そうに座り込んでいるメイの姿があった。
手紙には「先に行くよ。龍」の文面。
その横には、カメのぬいぐるみと、鳥のぬいぐるみが置かれている。
メイは何度も龍に電話をかけるが、つながらない。
「何なのよ、もう!」
苛立たし気に丸めた手紙を投げると、そこには人の足が。
「あ…あ、すみません…」
驚いて立ち上がるメイ。
「あの…お客様でいらっしゃいますか?」
「え?」
「あの…僕、旅館の者です。ご予約のお客様でしょうか」
「旅館の人?」
「はい。先代の孫です」
「もしかして、ミコトさんですか?」
「は、はい…」
メイは歩み寄り、ミコトの手から、ネコのゲージを取り上げ、ぞんざいに床に置くと、彼の手を握る。
「よかったあ。やっと会えた…」
メイは、ほっとしたように、また座る。
「あの…?」
メイは再度立ち上がり、ミコトをキッとにらむ。
「私、あなたを開きに来たんです」
「はあ」
「はあじゃないですよ! あなたのために、一大プロジェクトが動いてるんですよ!」
メイの顔をじっと見つめたまま黙っていたミコトが、大きく息を吸って叫んだ。
「華音さんだ!」
「は?」
「その、きれいな顔、どこかで見たことがあると思ったんです。高橋華音さんです。じいちゃんと、ばあちゃんの葬式に来ていただいていた」
「…孫のメイです」
「そうですか…じいちゃんと、ばあちゃんの関係でいろんな催し物があるから、わざわざ来てくださったんですね。本当にありがとうございます」
ミコトは深々と頭を下げた。
「違います」
「違う?」
「ですから、私はあなたを開くために来ました」
「開く?」
「あなたの力を開いて、清流旅館の九代目にするために来たんです」
「……」
「何なんですか、その反応の薄さは」メイが眉間にしわを寄せる。
「俺、八代目になる予定なので」
「なったからと言って、命懸けの願いは手に入りませんよ」
「え?」
「あなたに、それなりの力が備わっていないと、必要条件を満たせないということです」
「そ、そうなんですか?」
ため息をつくメイ。
「でも、あなたには選択肢がひとつだけ、あります」
「ひとつだと、選択肢って言わないんじゃ…」
「私には、あなたの潜在的な力を開く能力があるとのことです。それが叶ったあかつきに、ここの今の守り神、若青龍さまを伊勢に戻して、旧青龍さまを、来月の赤子流怒真大祭の折に呼び戻す。そして、それまでのぐちゃぐちゃ、若青龍様と祭ちゃんに関することも一緒に流してハッピーエンド。そう聞いています」
「…僕も、大体そんな感じのことを聞きました。そうすれば、家族が幸せになれると」
「では、そうしましょう」
「わかりました。そうしてください」
「…くださいって、言われても」困り顔のメイ。
「だって、俺を開くだか何だかのために来たんですよね?」
「そうですけど…こっちも急な依頼で、そんなことできるかどうか、よくわからないし…」
「できもしないことを引き受けたんですか?」
「はあ? 何ですか、その言い方。こっちは、あなたを心配する皆さんの気持ちに触れて、何とかしたいと思ってるんですよ?」
「それは…ありがとうございます…」
「ご不満なら、勝手にご自分で開けばよろしいでしょ? 祭さんに迷惑がかからないよう、勝手に自分でお開きになってください!」
「できるもんなら、してますよ!」
大声で怒鳴るミコトに、びくっとするメイ。
「俺だって、さっき、自分が祭にしたことを知って、頭がぐるぐるして…でも、羽童さまが力になってくださるから、何とかできるよう、頑張ろうって思って…」うつむくミコト。
「ミコトさん…」
「すみません。大声出したりして」頭を下げるミコト。
「いえ。こちらこそ、ごめんなさい」
姿勢を正してから、深く頭を下げるメイ。
「ミコトさんが苦しんでいらっしゃること…祭ちゃんが苦しんでることも分かってたはずなのに、本当にごめんなさい」
「いえ。大丈夫です。自分で何とかしますので」
ミコトがうつむいたまま、玄関から出ていこうとすると、その足元に二つの影が映った。
「うぬぼれないで」
「え…?」
ミコトは、その影のひとつを見上げた。
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