その10
鈴露の匂いが変わったこと、それをメイは若青龍が鈴露の体に入ったのだと理解した。
だが、それが正しい理解なのかがわからない。
メイは考えた。
“おばさまたちに聞くべきなのだろうか?
あ…メモがないから、史緒おばさまに聞いても、どこに書けばいいのか…。
ミコトさんの部屋に戻ってバッグを持って来ようか…。
でも、今、ミコトさんから目を離すのはまずい気がする。
さらに要注意なのは鈴露と祭ちゃん…”
「ミコトさん。私のバッグ、持ってきてくれませんか。あなたの部屋にありますので」
「…は、はい」
「ついでに、宝箱もお願いしますね。にゃんこが戯れていた鍵で開くのかどうか、試してみないといけませんから」
「あ。じゃあ、鍵を持っていきます。開くかどうか、部屋で試してきます」
ミコトが部屋を出ると、ミコトの後を追おうとするメイ。
「鈴露と祭ちゃんは待っててね」
「私も行きます」
祭が言った時の匂いが、嫌な感じに変化したのを感じたメイは言った。
「宝箱は、こっちに持ってきてから開けるわ。清流旅館の神箒ですもの。祭ちゃんも気になるわよね」
「はい…」
「祭ちゃん、少し顔色がよくないわ。あまり動き回らずに少し休んでいて」
「でも…」
「そうだ。鈴露にヒーリングしてもらうといいわ。じゃあ、すぐ戻るから」
メイは鈴露を見ずに部屋を後にした。
* * *
ミコトは、自分の部屋の前でメイを待っていた。
「入らないんですか?」
「いや。メイさんが来てからのほうが、いいような気がしたもんで…」
ミコトが言うと、メイは微笑んだ。
「そうですね。一緒に入って、宝箱と鍵を持って即、出ましょう」
「祭たち、待ってますからね」
「いいえ。行き先は、旅館の向かいの丘の上です」
「は?」
「私たち、二人でちゃんと話をしないといけないようです。祭ちゃんのこととか、鈴露のこととか、宿のこととか、西園寺のこととか」
「祭や鈴露はいいんですか?」
「むしろ邪魔です」
ミコトは戸惑う様子を見せたが、その時、胸ポケットにいた羽童がふわりと飛び出した。
「可愛いおなごとデートもよかろう」
「羽童さま…」
メイが羽童をじっと見つめる。
「羽童さまって飛ぶんですねえ」
「たしなむ程度だがな」
そう言うと、羽童はミコトの胸ポケットへ戻った。
「じゃあ、ミコトさん。宝箱と鍵を持って、丘の上まで全速力でダッシュですよ!」
「は、はい」
メイは、ミコトの部屋のドアを開けた。
* * *
ミコトとメイは、丘の上の芝生に座り込み、空を見上げた。
「ふーっ。走った走った」
「喉、乾いちゃいました」
汗を拭うメイ。
「ちょっと待ってくださいね」
ミコトは立ち上がり、少し離れたところにある石碑に歩いて行った。
石碑を掴みながら、器用に90度回転させるミコト。その下にあったフタを開けると、ミネラルウォーターのペットボトルを二つ取り出した。
「どうぞ」
「…すごいところから出て来るんですね」
驚きながらも、受け取ったボトルを開け、ゴクゴクと飲むメイ。
「翔太じいちゃんが、俺のためにくれた宝物入れなんです」
「へえ…なんかステキ」
「昔は誕生日にもらった折りたたみ自転車入れてました。盗まれたって大騒ぎになっちゃったんで、そっと戻しましたけど」
「ふふ。かわいい」
少ししゃべり過ぎたと思ったのか、ミコトは軽く咳ばらいをすると、持ってきた宝箱に話を向けた。
「開けてみましょうか」
「ええ」
メイが鍵を鍵穴に入れようとしたその時、ミコトの胸ポケットから、羽童が飛び出した。
「祭が清流を出た」
「祭ちゃん一人ですか?」
「そのようだ」
メイはバッグからメモ帳を取り出し、目を閉じると真琴の顔を思い浮かべ、次に史緒を思い浮かべて、彼女に尋ねた。
“この後、どうすればいいでしょう、書の姫さま”
「どうしたの? メイさん」
メイは、ミコトの問いかけには答えず、メモ帳にさらさらと字を書き付けていった。
* * *




