外反母趾一歩手前のずたぼろな足
馴れない靴の中にむりやり詰め込んだ虚栄心を、自分の爪で傷付けた。
爪と皮膚の隙間から流れ出した赤黒い血をただ漠然と眺めて、
乾ききっていくその合間に己の空虚さを思い知らされた。
孤独と違う、ただ何もない。
何気なく見た左足の薬指には乾いた血の色で醜くなっていた。
「あ」
靴を買った。
それほど良い靴でもないけれど、それなりではあった。
白いエナメル地でサイドについた黒いリボンが可愛くて
ほぼ一目ぼれの靴だった。
「あーあ」
私は笑った。
確かに魅力的な靴だった。
でも普段それほどヒールの無い靴を履く私にとって無理があった。
高さ8cm。
私の小さくてくだらないプライドを表すには十分すぎた。
実用的でない靴を選ぶ虚栄心と若さに私は笑わずにはいられない。
「消毒液あったかな」
1人暮らしの部屋は無音に近かった。
音楽に全く興味がないわけではなかったが、好んでかけなかった。
他の誰がいるわけでもない。
私のささやかな息遣いと冷蔵庫のファンが回る音だけがこの部屋の全ての音だ。
「あった」
消毒液を吹きかけてもなんの痛みももうない。
「こんなとこもだ」
爪は長く伸びきり、皮が抉られていた。
自己満足という言葉は充実と空虚という相反する意味を孕んでいる。
私が時間を費やしてこの靴を選んだからには、
私にとってその時一番ふさわしいという判断を下したからだ。
一方で、どれだけの人間が私の足元などに集中するだろう。
集中したところで賞賛的な評価ばかりだという可能性も無い。
にも関わらず無理をして、自らを痛めつけてまで履く意味などあるのだろうか。
私は抉れた皮を撫でた。
彫刻等の細くとがった先で削り取った木屑みたいだった。
しかしそれは、私の体で痛みもすれば血も流れる。
痛みの走る足に気付かないふりをして、
家に帰って凝り固まってしまった足をゆっくり開いては閉じる。
やっと動物のそれらしく自然な動きを取り戻して安心する。
纏う虚栄は自分にとっても深く重く、時に鋭利で、
私の心を少しずつ少しずつ傷つけていく。
ただ可愛くなりたかっただけだった、賞賛がほしかった。
人から認められたいという欲求や自己顕示欲はひたすらに膨張し、
私のコントロールをいとも簡単に外れてしまった。
それによって得られたものは刹那的で幻想的だった。
暖簾に腕押しするよりも意味のない行為だった。
何を得たの言うのだろう。
自己満足は得たうちに入るのだろうか。
答えなんてあるはずもなくて、私はまた明日も同じことを考えるのだろう。
それなのに、私はヒール3cmのパンプスを履く勇気がない。