プロローグ
・とあるボロマンションの一室。薄暗い部屋の中には、俺一人しかいない。電気はいまにもプツリと切れそうなほど頼りなく点滅し、部屋はゴミだらけ。掃除という言葉さえ浮かばないほどの散らかりようだ。
布団に潜り込んでいったい何時間経っただろう。午前2時。この程度の夜更かしは屁でもない。
子どもの頃自慢だった黒髪は今やボサボサに荒れ放題。16にしちゃ痩せすぎの体。『頼りなさそうなタイプ』といえば、オレがどんな奴か、だいたい分かると思う。
母さんは多分、今夜もあの街で、男連れて飲み歩いてんだろうな。放置されて、死にたいくらい腹すかした一人息子が、一晩中部屋で待っているなんて、気にもせずに……。
ぐう~。こうやって我慢しているときに限って、腹がなったりする。
くそ。神様は俺になんの恨みがあるってんだよ……。
いや、そんなのいねえか。いたらとっくの昔に俺をあのサイテーな母親から、このきたねー部屋から逃してくれても良さそうなもんだ。
とにかく、暇つぶしでもして空腹紛らわさねえと……。手探りで何か使えそうなものを探しても、手のひらに触れるのは空き缶と、袋菓子のゴミくらい。
汗い始めたその時、手に一冊の本のようなものが触れた。大きさからして、ライトノベル小説のようだ。
この際なんでもいい……腹のすきはごまかせんだろ。
母の私物だろうか、かなり年季の入った本だ。タイトルは、「bride」とある。たしか、『結婚』って意味だったような……。
開こうにも、まるで接着剤で止めたかのように、ぴくりともしない。
指に渾身の力をこめ思い切り開こうとしたときだった。
ピーーーーーーーーーーーーーーーーー!
耳鳴り、とも違う。直感的に分かった。それは確実に、オレの「俺の頭の中」に響いている。
ー逃げればいいのに。
え?
ーきこえなかった?なんで逃げないの?
俺の声。だけど『コレ』は俺の心の声じゃない。だってこっから出てどーしろってんだ?頼るアテも、仲のいい友達もいない。どんなに不満があっても、ここをでてったらもう逃げ場がない。
ーじゃあ、作ってあげようか?君の居場所を。
何なんだ。誰だよアンタァ!俺の居場所って、どーやって作るんだ?
あんた一体どこの誰だ?どっから話しかけてんだよ?
ー君が『居るべき所』さ。案内しよう。その条件として君には……。
どんどん気が遠くなり、本を握る力もなくなった頃、俺にそっくりな声の『そいつ』は最後に一言、たしかにこういった。
『君には《あの世界》で、ボクのフィアンセと結婚してもらう。』