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ラフィンツヴァルの魔獣  作者: ここなっと
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黒き龍(2)

今回の投稿分。相変わらず次回は不明です

レミリアに連行されたクミトは、学生食堂に連れてこられた。その途中、頭に包帯を巻いた少女と合流して。すぐさまクミトは昨日、怪我をした相手だろうと判断する。レミリアとは違い、女性らしさはほとんどなく、まさしく闘う女、といった感じだ。最も、普通戦闘学を学ぶ人は大体こんな感じなのだ。レミリアが例外なのである。その能力は不明だが。クミトの見立てでは、レミリアはかなり出来る、と判断した。それこそ、学生ではありえないような高みにいてもおかしくないくらいに。それに対し、怪我をした少女は学生相応と推測した。外見だけで惑わされない眼をクミトは養っているつもりだから、おそらく外れではないだろう。ちょっとした体の動かし方、それだけである程度の実力を把握できたから。


ちなみにクミトはあくまでも見るだけである。本人の動きは戦いに身を置く者からしてみれば、隙だらけでしかなかった。


「はいこれ。お茶。私からの奢りよ」


レミリアがお盆からコップの一つを差し出す。


「どうも」


クミトは一言だけ告げてそれを受け取る。そのままクミトの右斜め前にレミリアは座った。ちなみに正面には怪我をした少女が座っている。


「その、昨日はありがとうございました。私はルーチェと言います」


出来るだけ丁寧な言葉遣いで少女、ルーチェは御礼を告げる。クミトはわずかに微笑みながら言葉を返す。


「無事でよかったよ。あのままほっといたらちょっと目覚めが悪いからさ」


その笑みをみたルーチェはレミリアの袖を引っぱる。そして内心をぶっちゃけた。


「ねえレミリア、こいつ男らしからない?なんでこんな細いのさ」


「うん、もうちょっと言葉選ぼうか」


思わず脇からクミトが突っ込む。クミト自身、自分には男らしさがまるでないことを自覚していた。だからと言ってこんな真正面で噂をするかのように言われなければならないのか。


「いやまあ、彼は闘う人じゃないから、ね」


困ったようにレミリアが告げる。実際、レミリアにもクミトはかなり細く見えていた。顔つきもほとんど女性のそれだ。いくらなんでも、これで男らしさがある、とは言えなかった。ルーチェと違って言葉にするような真似はしないが。


が、同時に闘う人ではない、という言葉にも疑問をレミリアは覚えた。確かにまともに戦える人には見えないが、その人を見る目は違った。自分たちの力量差を見抜く――まではいかなくても、どちらか強いのか、くらいは簡単に見抜かれた気がしていた。普通の相手なら間違いなくルーチェの方が強く、レミリアはまともに戦えないと判断を下す。実際はそんなことなく、ルーチェも戦闘学の仲間内では実力者、レミリアはその遥か上を行く。


「男なら強くあるべし」


ふん、と鼻息を鳴らすルーチェ。それを聞いたクミトはポカンとし、レミリアは額に手を当てた。


「ごめん、戦闘学の人って直接的な戦闘力でしか人を見れない部分があるの。ルーチェはその傾向が特に強くて………。昨日は少しでもその傾向をなくさせようと話をしていたら花瓶が落ちてきて………。私もルーチェも少し気を抜いていたから気付くの遅くなって躱せなかったの。だから昨日は本当にありがとう!」


その勢いのまま、レミリアは再び頭を下げる。それを見たクミトは慌てる。


「ちょ、そんなに頭を下げなくていいから。自分で作った魔法薬を渡しただけだし」


「そうだ、こんなひょろい男に頭を下げる必要はない」


「君は下げるべきだと俺は思うな!?」


ルーチェのあまりの物言いにクミトは思わず叫んだ。それを聞いたレミリアは思わず肩を震わせる。おかしくなって。


「ふふっ、クミト君はどんな人物かと思っていたけど、ちょっと変わったところがあるだけでいい人なんですね」


「あー」


いい人、と呼ばれてクミトは困る。ちょっとどころではなく変わっている、という自覚はあるからそこはいいとして、自分はいい人だとは思っていない。悪い人でもないけれど。


「別にそう判断するのはそっちの勝手だからいいけどさ。それと、無理に敬語で話す必要はないよ。俺もこんなだし」


「そうだ、これに敬意を表す必要はない」


「君は口を閉ざしたらどうなんだ!?しかも物扱いになってるし!」


再び口を挟んできたルーチェにクミトは全力で突っ込む。さすがにこうなってくると昨日助けたのははたして正解だったのか、と思いたくなる。


「はは、じゃあ普通に話させてもらうね」


困ったようにレミリアは笑う。


「実を言うと、クミトにルーチェを会わせるかどうかすごく迷った。クミトのことは当時、魔工学を習っていることくらいしか知らなかったし、ルーチェはこんなんだからさ。でもどうしてもルーチェが御礼を言いたいって言うし、それで少しはルーチェの物差しが改善出来たらなあ、って思うところもあって」


「私の人の見る目は間違っていない」


レミリアの言葉にすぐさまルーチェが割り込む。それを二人して呆れたように見る。どう考えても間違っているのだから。


「少なくとも強さ以外の視点で人を評価する必要はあるでしょ。学業とかさ」


呆れたようにクミトが告げる。最も、それだけで相手を判断することも間違っているが。様々な要因が複雑に絡み合い、初めて相手を評価することが出来る。それがクミトの見解だ。


ちなみにそんなクミトはルーチェをただのノーキンと判断した。レミリアは完全に未知数だが。戦闘能力は間違いなく高いが、それ以外の部分でもかなりの高水準にあるとクミトは推測した。


それとルーチェのクミトの評価はただの雑魚、レミリアは未知数と判断している。ルーチェの評価基準である戦闘能力も、自分の体を使わない部分ではかなり高い、とまで見ていた。動きは素人のそれだが、周囲を見渡す視線が到底、素人のそれではなかったから。


「というか、ルーチェの基準としてもクミトのことは正確に測れていないんじゃない?」


だからこそ、レミリアは爆弾を投下する。一つはクミトの実力を正確に測るため。もう一つにルーチェの物差しを完膚なきまでに破壊するために。それを聞いたクミトはぎょっとする。


「おいおい、少なくとも戦闘において俺は雑魚だぞ?その腕で殴られたらひとたまりもないっての」


「こんな奴、一撃で粉砕できる」


ルーチェもクミトの意見に賛同する。それをレミリアはにっこりと否定した。


「一撃与えられれば、でしょ」


それを聞いたクミトは表情を消し、ルーチェは憤怒に顔を赤くした。そのまま立ち上がり、その剛腕を振るう。クミトに向けて。クミトは冷静にそれを片腕で受け止めた。吹き飛ぶ、なんて言っておきながらまるで堪えた様子はない。その事実にルーチェは驚愕に表情を染める。そのあと、腕に走った激痛に顔を顰める。


「物理衝撃反射フィールド。俺が作った作品の一つだよ。直接殴られればそのダメージを相手に返せるし、物を飛ばして攻撃してきてもその衝撃は俺にまで届くことはない。欠点としては範囲が小さいことかな。それなりに大きいフィールドを作ると魔力をごっそりもってかれる。相手の攻撃を冷静に見極められる人じゃないとまともに使えん駄作だよ」


淡々と何をしたのかを説明するクミト。その際に腕に巻きつけられているブレスレットを見せつけた。制服の下にあり、見えなかった部分だ。


「これで満足?」


その質問にレミリアは満足そうに頷く。対するクミトは顔を顰めていたが。自分の手の内の一つをさらすことになったのだから無理もない。


「いやはや、いろいろと頭を使う人かと思っていたけど、まさか自分で魔道具を作り出せるとは。物理衝撃反射フィールドなんて聞いたことないよ」


「そりゃ俺のオリジナルだからな。これを持ってるのは俺と父さんだけだよ」


苛立ちを隠すこともなくクミトは告げる。まだ手札はあるし、今回使った手札は自分で言ったように駄作である。今ある手札の中で一番脆い物なのだ。それでも、それを簡単に使わされたことが面白いはずもない。


「ごめんごめん、またお茶奢ってあげるから許して、ね?」


両手を揃えて、頬の脇に持っていき可愛らしくお願いをするレミリア。さすがのクミトもこの一撃は堪えた。対処するための魔道具も一切存在しない。一瞬で苛立ちが吹き飛んだ。


「ほら、ルーチェも座って」


呆然と立ったままだったルーチェを強制的に座らせる。よほど、今の現象がショックだったのだろう。弱い、と判断した相手があっさりと自分の一撃を防いだのだから。その上、その衝撃が丸々自分へと返ってきた。今回はそれだけで済んだが、もしクミトが本気だったのなら、この程度では済まなかったと痛いほど理解させられた。


「しかしまあ、それなりに出来る、とは思っていたけど想像以上よ、クミトは。普通、そんな冷静に対処できないんだけどね」


レミリアは品定めをするかのようにクミトを見る。その視線にクミトは軽く肩をすくめた。


「人並み以上には荒事になれてるからね。父さんが自警団団長だからその関係で俺もいろいろと関わってたんだ」


「なるほどねえ」


レミリアはどうしてクミトが荒事に慣れているのか、一瞬納得しかけ、思わず待ったをかける。


「待った、クミトってレディオさんの息子なの!?」


それはレミリアにとってルーチェが怪我をした、以上に驚愕する出来事だ。実際、いろいろな伝説を持っているレディオには一人息子がいる、ということは知っていた。その上で、その息子は自分たちとそう歳が離れていないことも知っていた。だから同じこの学校の戦闘学にいると信じていた。その推測の元、各学年の戦闘学の生徒の中にレディオの息子がいないか探したこともある。当然見つかるはずもなく、無駄な時間を過ごした。


そのレディオの息子が眼の前にいる。それも、戦闘学ではなく魔工学に所属して。


「あー、まあ確かに俺の父さんはレディオだけどさ」


それをあっさり肯定した上でクミトは続ける。


「だからって俺と模擬戦とかやろうと思わないでくれよ?いろいろと自衛の手段を持ってることはさっきの動作で分かったと思うけど、あくまで自衛のためであって俺自身はひどく弱いからな?多少武術の心得はあるから他の魔工学の人間となら負ける気はしないけどさ」


一瞬、好戦的な表情を浮かべたレミリアに釘を刺す。やはりこいつも戦闘学の人間か、と内心呆れながら。


「レディオは誰だ?強いのか?」


一連のやり取りがわからなかったのか、ルーチェが二人に聞く。


「生きた伝説その当人よ。龍を殺したとか、悪魔を殺したとか、いろいろ噂はある。今はラガニアの自警団の団長をやってる」


それを聞いたクミトは額に手を当てて天井を仰ぐ。


「あー、一応息子の俺から言わせてもらうけど、父さんはそんなすごい人じゃないぞ?そりゃ確かにめちゃくちゃ強いけどさ、普段はずぼらなダメ親父だぞ?昨日だって弁当を素で忘れてくし、今日だって俺が起こさなきゃ仕事に遅刻してたぞ、ありゃ」


そんなクミトの発言をさらっと流し、レミリアは言った。


「レディオさんに会わせてもらえることはできる?」









どうしてこうなった。クミトは自警団の詰め所の前で大きくため息を吐く。その後ろにはレミリアとルーチェがいる。結局レミリアに言いくるめられ、連れてきてしまったのだ。ちなみに別に自警団の詰め所は誰でも気軽に入ることは出来る。出来るが、まあよほどの理由がない限り訪れる物好きはいない。基本的に自警団は忙しい。その邪魔をすると今度は訪れた人がお縄につくことになる。それ故にいくら生きる伝説であるレディオに興味を抱いても、ここに来ることは叶わなかった。


「こんにちは」


最も、例外はいる。クミトがいい例だ。団長の息子たるクミトは比較的気軽にこの自警団の詰め所に足を運ぶことが出来る。何のためらいもなくその扉を開けたのがその証拠だ。


「いらっしゃい――あ、クミトちゃん!」


出迎えたのは当然のごとく、ユリアスである。クミトを見ると即座に立ち上がり、近寄ろうとする。


「がふっ!?」


「おうクミト。どうしたんだ?」


それよりも早く、レディオがユリアスを潰し、クミトに話しかけたが。あまりユリアスとクミトで話をさせたくないらしい。


「ああ、うん、実は――」


そこでクミトはわずかに体をずらし、扉の外を見せる。そこには当然、レミリアとルーチェがいる。それを見たレディオは即座にクミトを回収、自警団詰め所の奥地へと連行した。その期間、わずか一秒。ルーチェは何が起きたのか、まるでわからず、レミリアもあまりの速度に眼で追うのがやっとだった。それほどの早業。


「これが、生きる伝説」


そして愉しそうに呟く。完全に戦闘へのスイッチが入っていた。そんな中、早口かつ小声でレディオがクミトに尋ねる。


「どっちが本命だ?俺としたら包帯してるやつより銀髪の嬢ちゃんがいいと思うんだが」


「そんなんじゃないよ」


レディオを押し返してクミトが告げる。


「父さんに紹介するんじゃなくて、父さんに会ってみたいって言うから連れてきたんだ。なんでも、生きる伝説たる父さんと話がしたいみたいで。第一二人とも戦闘学の生徒で、ちょっとした事件で昨日関わっただけだよ」


それを聞いたレディオは小さく舌打ちする。息子が仲の良い異性の友達を連れてきたのか、と喜んでいたら実は自分への客だったというおちである。最高につまらなかった。


「なんだよ、俺の噂が本当かどうか確かめに来ただけかよ。それならクミトが大体嘘、って言っちまえばそれで終わりだろうが」


「嘘じゃないでしょ、少なくとも龍殺しは実際にやってるんだし」


レディオの言葉にクミトが呆れたように返す。実際嘘の一言で済ませてしまうレディオもあれなのだが。


「取りあえず入ってくれ」


レディオが二人を招き入れる。クミトはすぐさま自警団の隅に設置されている給湯室でお茶を5人分淹れる。5人分なのはユリアスの分も含めているからだ。


二人の少女は比較的中央にある応接間と思しきソファとテーブルのある空間に座る。その正面にレディオはどかん、と座り込んだ。


「あの、はじめまして。私はレミリアといいます」


礼儀正しく、レミリアが挨拶をする。その動作一つ一つが洗練されていて、クミトの視線を奪う。が、すでに枯れ始めているレディオは特に何も思うことはなく、机へと戻った男色の気があるユリアスは何とも思わなかった。


「ルーチェ、です」


ルーチェはただそれだけを端的に告げる。あまりにも眼の前にいる人物が圧倒的すぎて、萎縮してしまっていた。


「それで俺に用事ってなんだ?俺の冒険談ならクミトも知ってるからそっちから聞いてくれ。そんなことにあまり時間を割くつもりはないぞ」


先制して釘を刺すレディオ。ついでに息子に花を持たせようとする。


「――単刀直入にお願いします。私と手合わせしてください」


すると即座にレミリアがそんなことを言う。それを聞いたレディオは一瞬、きょとんとし、爆笑した。


「はーはははは!いきなり現れて俺と手合わせ願うってなかなか豪胆な嬢ちゃんだなあ!」


本気でおかしそうに笑うレディオ。それで気を悪くしたのか、レミリアがむっとする。


「ま、いいぜ。そっちの包帯してる嬢ちゃんは明らかに実力不足だから俺が相手したら怪我じゃ済まなそうだが、銀の嬢ちゃんはそうでもなさそうだ。ちょっと体動かしたかったし、ちょうどいい」


そのくせ、あっさりと承諾した。今度はレミリアがきょとんとする。


「いいんですか?」


「おう。ま、そこまで時間取れるわけじゃないから3分の時間制限ありってとこでどうだ?クミト、審判やってくれ!」


すぐにクミトへと話を振るレディオ。


「ちょっと、そんな簡単に了承していいの!?怪我させたりしないでよ!?」


お盆を持ったままクミトが告げる。そのお盆をテーブルの上に置き、今度は倉庫の中から念のために魔法薬を持ってきた。怪我をさせるな、と言いながら怪我することが前提の動きをしていた。


「んー、それは嬢ちゃん次第だなあ。俺の見立てだと半分くらいなら怪我させずに済むかな、ってところだ」


それを聞いたクミトは思わず魔法薬を落としかける。


「半分って、それ本当?」


思わず小さい声で聞き返してしまう。ちなみにここでいう半分とは、レディオの本気の半分、ということである。そのことを理解したレミリアは目つきを鋭くするが、クミトは驚いたような視線をレミリアに向ける。


なぜなら、この自警団内でレディオの半分の力で怪我をしない人なんていないのだ。全員が全員、一斉に襲いかかったところで一分も経たず、大なり小なりの怪我を全員が負う。これはまぎれもない事実である。それをレミリアは3分間、怪我を負うことなくやり過ごすとレディオは読んだ。クミト自身、レミリアはかなり出来る、と見ていたがその想像をはるかに超えていた。


「ま、すぐにわかるだろ。表に鍛錬場あるからそこに行くぞ」


すぐにレディオが立ち上がり、ドアを潜り外へと出る。レミリアもそれに続いた。慌ててクミトとルーチェがそれに続く。すぐさま二人は鍛錬場に足をいれ、一定の距離を置いたところで立ち止る。そのまま無手のまま二人は構えた。レディオはただ正眼に両手を構え、レミリアは右手のひらを地面に向ける。


「えーと、それでは始め!」


もうどうにでもなれ、とクミトは投げやりに告げる。それと同時に時間を測る魔道具を起動させた。きっかり3分で中断させるつもりだ。


「疾!」


即座にレミリアが走る。無手であったはずの手には、いつの間にかナイフが握られていた。それを投げつけて牽制する。レディオはただ無言で、左の人差し指と中指の二本でそれを受け止めた。その動作の隙にレミリアは何かを振るう。レディオはそれを反対の手の人差し指と中指で、受け止めた。


「っ!?」


そのことに驚愕するレミリア。


「いやはや、透明な剣とか初めて見たわ。まあ光の当たる角度とかで十分わかるからいくらでも対処出来るけどな。そうなるとただの脆い剣だろ、これ」


興味深そうにレミリアの武器を観察するレディオ。すぐさまレミリアはその武器を放棄、顔に向かって回し蹴りを放つ。それもあっさりと左腕で受け止められてしまったが。


「おいおい、年頃の嬢ちゃんがスカートでそんな回し蹴りとかするもんじゃねえぞ」


苦笑して注意を促すレディオ。ここまでレディオはただ、攻撃を防いだだけだ。それ故に余裕を崩さない。それに対してレミリアは完全に余裕を失っていた。そうと知っていても、簡単には防げない得意の2連撃を、初見であっさりと防いだのだ。一瞬、自信を失いかけた。


「強い………」


あっさりと手を離したレディオから距離を取り、小さく呟く。その表情は、真剣そのもの。


「ほら、どうしたよ?」


レディオはただ受けの姿勢だ。それを見たレミリアは即座に別の武器を手にする。それは、チャクラムと呼ばれる円盤状の武器。その円盤から4か所、刃が伸びていた。それ自体は別にいい。珍しい武器なのは間違いないが、武器であることは間違いないのだから。問題はその大きさである。レミリアの身長と刃と刃の間がほぼ同じなのだ。それが突如として出現した。


「空間収納魔道具?なんでそんな高価な物を………。欲しいなあ」


それを見たクミトが唸る。それがあれば、様々な発明品をいつでも持ち歩け、取り出せるのだ。クミトからしたら喉から手が出るほど欲しいものだ。その上、作るにしても原理そのものが不明。市場に出回るのを待つしかなく、出たところで非常に高価でありながらすぐに売れてしまう。


「珍しいもん持ってんなあ。実はいいとこのお嬢様?」


レディオもそのからくりに気付き、首をかしげる。レミリアはその質問には答えず、先ほどよりも速く、動く。その動きはクミトの眼では到底追えなかった。次の瞬間、レディオが両手でチャクラムの刃を押さえていたのだから。


「おいおい、どんな力してんのよ………!自己強化の魔術でも使ってんのかよ」


レディオが額に冷や汗をかいて呟く。


「それを、生身で、受けられる、人に、は、言われたくない、です!」


対するレミリアはまるで余裕がない。自分のの全力を使ってこれだ。まるで相手になっていない。レディオはまだ無手のまま、一度も攻撃をしていないのだから。それだけ余裕がある、ということなのだろう。


「ま、そうだよなあ」


レディオはそれだけ呟き、動く。チャクラムの刃を思い切り地面に叩きつけ、埋め込ませる。その衝撃でわずかに体の浮いたレミリアに裏拳を叩きこむ。その衝撃に恐怖し、思わず両目を瞑ってしまうレミリア。が、その裏拳は寸止めされ、実際に殴られることはなかった。


「そこまで!」


すぐにクミトが試合終了の合図をする。今ので決着がついたと判断した。それと同時にクミトは胸をなでおろす。双方とも怪我を負うことはなかったのだから。もしレディオが本気を出していたらこんなことには決してならなかった。それどころか、傍にいるクミトも危険にさらされる。


「まったく、とんでもない嬢ちゃんだよ。学校に通っている段階でそれほどの強さなんて信じられねえ」


褒められたのにも関わらず、レミリアは下唇を噛みしめた。全力を尽くした。それこそ、同じ戦闘学の仲間相手には使わない、身体強化術式やチャクラムまで持ち出した。その上で、完膚なきまでに負けた。しかも、手加減されて。それで褒められてもまるでうれしくなかった。


「うん、最後のなんて何があったのか俺にはわからなかったよ」


頬を掻きながらクミトが告げる。目はいいはずのクミトが追えなかった圧倒的スピード、普通なら必殺の一撃となる。今回はただ、相手がそれをはるかに凌駕していただけだ。


「それでも、負けは負け」


レミリアが悔しそうに呟く。


「いやあ仕方ないんじゃないかなあ。父さん相手に単独でここまで戦えた人は初めてだよ。もし父さんに勝つなら人間やめる必要あるだろうし」


「おいクミト、それじゃまるで俺が人間やめてるみたいじゃねえか」


クミトの身勝手な物言いにレディオは拳骨を落とす。それを見たレミリアはわずかに笑った。


「とりあえず俺が言えることは、嬢ちゃんはもっとスピードを活かしたらどうだ?最後なんてほとんど力押しだったが、あれは本来のスタイルじゃねえだろ。純粋な力押しじゃ俺みたいな相手だと分が悪い。それより自分の持ち味を最大の武器とするべきだ」


それを聞くと、レミリアは立ち上がり頭を下げる。


「助言、ありがとうございます」


それを聞いたレディオは満足げに笑う。


「ま、嬢ちゃんなら案外あっさりと俺を越えてきそうで怖いよ。俺もいい加減歳かねえ」


「団長、歳なんて言ってられるほど暇ないんですけど」


そこにユリウスが書類を持って現れる。


「昨日起きた、件の事件の書類がまとめ終わりました。確認お願いします」


それを聞いたレディオは表情を改め、頷く。


「悪いな、仕事だからこれ以上構ってられねえ。クミト、後は頼んだ」


あっさりとバトンを渡されたクミトは苦笑して頷く。


「うん、頑張って。昨日の事件って、やっぱりあれ?」


父親から聞かされているこの街に潜む魔物を暗に示す。レディオは黙って頷くと、詰め所の中に姿を消した。


「それじゃ俺たちもここを退散しようか?あ、父さんたちが今関わっている事件に関しての質問はやめてよ?情報規制されている類のものだから。それと、明日からあんまり俺と関わらないでほしいかな」






レミリアの心は荒れ狂っていた。それもそのはず、外見こそそれこそ妖精と称されるほどのレミリアだが、その内面は決して妖精なんて称されるべきものではない。とても好戦的かつ負けず嫌い。とても妖精とは言えない内面である。普段はそれを表に出すことはしないが、それでも隠しきれないことがある。今回、伝説と呼ばれるレディオを目の前にしてそれがどうしても抑えられなくなった。その結果勝負を挑み、こちらは奥の手まで使い、相手は手加減をしていた上で惨敗。荒れるな、という方が無理である。最も、自分の容姿も一つの武器として考えているレミリアがそれを表に出すような真似はしなかったが。


すでにルーチェやクミトと別れたレミリアは不機嫌さを隠すことなく、ずんずんと街を歩く。その不機嫌さにはクミトに対する苛立ちも含まれていた。極力自分と関わるな、主にこの一言に対して。クミトを介さなければおそらくはレディオに再挑戦する機会は訪れない。だからそれなりにクミトとは関係を保っておきたかった矢先、釘を刺された。それが面白いはずもなかった。


「よお姉ちゃん、ずいぶんと不機嫌そうだな。俺たちと遊んでストレス解消しね?」


荒れ狂った内心のまま、レミリアは普段通っている裏通りに入ると、いきなりそんな声をかけられる。気配は感じていたので驚きはしなかったが、明らかに小物の気配でしかなかったので自分に話しかけてくることはないと読んでいた。その予測を裏切り、相手は話しかけてきた。いつもと違う時間帯にここを通るとこんな奴らがいるのか、と頭の隅で冷静に考えながら口を開く。


「興味ありません。どいていただけますか?」


はっきりと告げる。それを聞いたチャラそうな男は朗らかに笑う。


「へえ。俺たちに囲まれてもそこまで気丈に振る舞えるとか、なかなか見上げた根性だ」


それを聞いたレミリアは小さくため息をついた。確かに自分は囲まれている。数は5人。日が落ちかけているのではっきりと全員を視認することは出来ないが、気配だけでたいした相手ではないことは分かっていた。その上で、相手は相手の力量を正確に測れないくらいの数だけの弱者だと判断する。相手にするのも面倒なので、レミリアは自身の制服を軽くたたいて牽制した。


「これでも私は戦闘のプロですよ?5人かそこらで勝てると思っているんですか?」


それを聞いた相手は軽く吹き出し、笑う。


「おいおい、確かにその制服はラガニア学園の戦闘学のもんだが、それだけで自分が強い、なんて思ってんのか?そんな身体つき」


それ以上、その男が言葉を紡ぐことはなかった。もう衝突は避けられないと判断したレミリアは一息で懐に潜り込み、鳩尾に拳を叩きこみ、意識を奪った。音もなく崩れ落ちるチャラい男。


「かかってくるなら来なさい。来るなら全員、こいつと同じ目に合うけど。それが嫌なら逃げなさい。追いはしない」


隠れてる他の4人に対して軽く挑発する。おそらくは逃げるだろう、とレミリアは推測していたが、驚いたことに全員が一斉に飛び出してきた。レミリアに向かって。呆れたように軽く頭を横に振り、迎撃すべく一歩踏み出す。


そこに黒い風が凪ぐ。


最初、レミリアはそれが何かわからなかった。突如として空から来訪し、レミリアに襲いかかっていた男どもを一瞬で吹き飛ばしてしまった。レミリアはほぼ無意識に男たちが最初隠れていた物陰に隠れる。


そして見る。黒い風の正体を。黒き鱗の龍を。生命体、その頂点に立つといわれる存在を。レミリアは確かに見た。


その瞬間、レミリアの心を支配したのは、かつて感じたことのないほどの怒りだった。レディオとクミトに抱いていた苛立ちを吹き飛ばし、忘れさせるほどの。どうしてこの街に現れるのか、また全ての奪うのか。ふつふつと沸き起こる黒い感情を押し殺し、キョロキョロと周囲を見渡し、次の獲物――レミリアを探す龍に自身の持つ最大の一撃を放つべく、チャクラムを取り出す。レミリアの持つ、最大にして最強の一撃、それは全身をカタパルトとして等身大のチャクラムを投げつける、単純にして強大無慈悲なる技。一度撃ち出してしまえばそれきりになる欠点を内包しているが、その投擲の速度は音速を越える。いくら龍でもこの近距離で、この速度は躱せない。全力で、正確に、レミリアはチャクラムを撃ち出した。本来、瞬きをする間もなく届くであろうその一撃は、なぜかスローモーションに見えた。


そして見る。龍がその尾で、命中する寸前にレミリアのチャクラムを撃ち落としたのを。ガランガラン、とド派手な音をたて、チャクラムがレミリアの目の前に転がる。レミリアは即座に離脱を試みるが、体にうまく力が入らなかった。恐怖か、それとも今の一撃の反動か、その判断すら出来ない。ただ、胸をよぎったのは、ああ、死ぬのか。それだけだった。


そのレミリアの予測に反し、龍はじっと緑色の瞳をただレミリアに向けるだけだった。数秒、龍はレミリアを見つめた後、体を翻し夕闇へとその姿を消した。倒した者を捕食するまでもなく、レミリアを襲うこともなく、ただ去った。


謎の龍の行動にレミリアは完全に思考を停止させた。我を取り戻すのは数分後、自警団が駆け付けた時だった。

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