表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラフィンツヴァルの魔獣  作者: ここなっと
2/7

黒き龍

とりあえず適当に投稿。ここからが本編で、メインキャラ達が出てきます

「かあー!またかよ!」


自警団の詰め所、40代後半と思しき人物が頭を盛大に掻きながら大声で突然叫ぶ。その声に驚いた人物は自分がまとめていた書類を誤って床にぶちまけた。


「す、すいません!」


書類を床にぶちまけたまだ若い――と言っても20代半ばから後半――男性が慌てて書類を回収する。しかしながら落とした際に順番が乱雑になってしまい、ただ集めるだけでは不十分となっっていた。男性は書類の一つ一つを確認しながら順番を戻していく。


「ユリアス、またかよ。お前、ドジる事多すぎね?」


先ほど大声を出した男性が苦笑しながらそれを見守る。


「だ、だってレディオさんが突然――いえ、自分のミスです」


ユリアスと呼ばれた若い男性が口答えしようとすると、男性、レディオに凄まれて自分の発言を撤回する。それもそのはず、このレディオと呼ばれた男性はただそこにいる、それだけで周囲にとって途方もない圧力を生じているのだから。そんな人物に口答えなんてユリアスに出来るはずもなかった。もっとも、口答えしたところで笑い飛ばされて何もないことは理解していたが。


レディオ、彼は一種の伝説であった。身長こそ170を少し越えるくらいだが、その肉体は鍛え上げられている。年のわりに無駄な贅肉なんて一切なく、鋼鉄のような筋肉を身に纏っている。顔つきも厳つく、小さい子供は彼を見ただけで泣き出してしまうほど。さらに、その右目は縦に走った裂傷で潰れている。左目からはどこまでも冷酷な緑色の眼差しが周囲を見渡している。それなのに、最近生え際を気にし始めた栗色の髪はとても柔らかそうである。その風貌から自警団を率いる団長として、過酷な戦いに身を置いていただけなのだろうことが読み取れた。ただ、彼の場合事情が異なる。自警団に入ったのは30代に入る直前、その前は世界中、あちこちを冒険していた冒険家だった。


その時の彼は他の冒険家から恐れられていた。曰く、単独で悪魔を殺した。曰く、単独で龍を殺した。曰く、単独で神を殺した――様々な伝説となるような話が広まっていたから。その伝説の一つ一つが普通の人間にとって、出会った瞬間に死ぬような相手ばかりを相手とっていた。ちなみに本人に聞く限り、神様なんてあったことねえよ、と豪快に笑い飛ばすだけだ。それ以外の部分は一切否定しない。真実かどうかはわからないが。


それに対し、ユリアスは屈強さとはかけ離れた容姿をしている。明らかに荒事には向いていない細身の身体つきだからだ。金髪に碧眼、気の弱そうな顔つきはどこか保護欲を誘う。実際、ユリアスは完全な文官であり、自警団の中では事務仕事全般を請け負っているだけだ。実際に現場に繰り出したり、闘ったりすることはしない。本人も自警団最弱を自負していた。


ちなみに今現在、自警団の詰め所にはこの二人しかいない。他は全員、出払っていた。もともと事務仕事には向かない人ばかりで構成されている自警団である。当然、見回りをしたがる人ばかりだ。そのために事務仕事をするのはもっぱらユリアスとなっていた。レディオは団長として詰め所にいたりいなかったりする。


「話を戻しますけど、何がまた、なんですか?」


ユリアスがようやく順番通りに戻した書類に目を落としながらレディオに尋ねる。同様に書類に目を落としていたレディオがその質問に答える。


「弁当忘れた」


それを聞いたユリアスはまた書類を落としそうになった。確かにレディオは度々弁当を家に忘れる。が、わざわざそれを大声で叫ぶ必要はない。絶対に。


「弁当て。そんなことで叫ばないでくださいよ。自分はまた龍が現れたのかと思いましたよ」


ユリアスが大きくため息をつきながら悪態をつく。そんなことで無駄な仕事を増やされたのか、と内心毒づいていた。


「おいおい、飯は重要だぞ。腹が減っては戦はできぬ、ってな。まあどっか飯屋に行けばいいだけなんだが」


レディオはあくびれもせず答える。それから言葉を続けた。


「龍ってあの犯罪者どもが騒いでいるドラゴンだよな?街中に突如として現れて被害者を救出、犯罪者だけを蹴散らしているやつ」


ユリアスは深く頷く。


「そうです。また現れたのかなって。今はまだ5件だけですし、目撃者も我々が逮捕した人間だけです。被害者の中で龍を見た者はいません。そのため情報規制は今のところ問題ないですが、これ以上広まったら必要以上に市民を不安がらせます」


深く、深くため息を吐く。それもそのはず、この龍の件は今最も自警団を悩ませている案件だった。まず、街中に危険な魔物が潜んでいる、ということ。自警団の戦力で到底太刀打ちできないような魔物が街中に潜む、それだけで自然と自警団はピリピリとしている。最も、レディオの龍殺しの伝説が本物ならなんとかなるんじゃないのか、とユリアスは考えていたが。


ただ、この龍の行動原理がいまだにわかっていない部分がある。まず、犯罪者しか狙わないこと。それも、事件を起こしている最中以外には現れない。その上、決して誰も殺しはしない。大怪我を負った者は多数いるが、そのどれも致命傷とは言えない怪我ばかりだ。本来、龍が人を襲うのは捕食のためである。それなのにこの街の龍は捕食なんてしない。ただ倒してお終いである。また警戒心が強いのか、自警団の網が広まっているような場所には決して現れない。この龍が現れなければ発覚しなかったような事件にばかり登場し、解決している。


「ドラゴン、ねえ。一体どこからどこまで本当で、嘘なのかねえ」


レディオは楽観したかのように言う。


「ユリアス、俺は本当にドラゴンがこの街にいるとは思っちゃいねえ。だから奴らの何らかの隠語じゃないかって俺は考えてる」


そこから目つきを変えてユリアスに告げる。


「けどそれでは説明つかない部分もありますよね?確かに同じ組織に属している間柄ならその説もあるんでしょうが、龍が倒した人たちの組織に共通点はありません。中には単独犯だっているんです。それなのに隠語なんてありえるんでしょうか」


「じゃあ人の名前がドラゴンとか」


「見た目とかも聞いているのにどうして人になるんですか。見た目は角と翼の生えた蜥蜴ですよ?本物の龍以外ありえませんって」


レディオの意見を即座に切り捨てるユリアス。ちなみに龍とドラゴンは言い方の違いだけで、意味合いは同じである。


「というかなんでそんなに街中に龍がいることを否定したがるんですか。現実を見ましょうよ」


ユリアスがいつの間にか目を離していた書類を再び確認し始める。


「そら現実逃避もしたくなるわ。ドラゴンだぞ、ドラゴン。お前さんみたいな文官にはその脅威がわからんだろうが、俺からしたら二度と会いたくない相手だっての」


深くため息をつきながらレディオが告げる。その言葉には以前、龍と会ったことがあることを告げていた。


「でもレディオさんは龍を単独で倒したことがあるんですよね?それなら今回もいけるんじゃないんですか?」


ユリアスが再び顔を上げる。それを聞いたレディオは顔を顰める。


「そんな噂をあてにすんじゃねえよ。確かに単独で挑んだことはあるし、倒したこともある。だがそんときは俺の全盛期だったんだ、今じゃ体がナマちまって一撃痛撃を与えるのが限界だ」


「またまたご謙遜を。その痛撃が致命傷なんですよね」


ユリアスは尊敬した眼差しでレディオを見る。それを肌で感じたレディオはそんなわけあるか、と内心毒づいた。実際、レディオは全盛期と比べると肉体的にかなり劣っている。その上、以前単独で龍を狩った時は様々な準備をしたうえで、不意打ち気味に致命傷を、それもかなり低位な龍に対して行っただけなのだ。それで倒せたのは運がよかっただけだとレディオは考えていた。最も、普通の人間にはそんなこと出来るはずもなかったが。今回、街に潜んでいる龍はそんな単純な話ではない。まず、それなりの体格なのに居場所が掴めない。これでは不意打ちなんて出来るはずもなく、罠も用意できない。その上、ナイフなどの武器はすべてその鱗で弾かれると聞く。となると中位から高位の龍であることは間違いなく、過去にレディオが狩った龍とは比べるまでもなく、手ごわい相手である。それを自分を含めた自警団のメンバーで倒す――それを計算したレディオはすぐさま結果を叩き出す。


勝率、ゼロと。願わくば、勝手にドラゴンが街から消えてくれるか、現状を維持してくれるか。


コンコンコン


自警団の詰め所にノックの音が響く。すぐさまユリアスが応答し、ドアを開ける。


「はい、ラガニア自警団本部です。何か御用ですか、ってクミトちゃん!」


ドアを開けた先には一人の少年が立っていた。身長はレディオより少し高いくらい、柔らかそうな髪と瞳の色はレディオと同じ。ただ、顔つきは幼さが少々残っていて、少年なのに少女じみた雰囲気を醸し出している。男性用の青を基準とした制服を着ていなかったら少女と間違えられてもおかしくない顔立ちである。身体つきも細く、男性らしさは一切見られない。


「今日も一段と可愛らしいね、クミトちゃん」


急にユリアスが歯の浮いたような笑顔でそんなことを告げる。それを聞いたクミトは苦笑して返す。


「それ、俺じゃなくてちゃんと女性に言ったらどうなんですか?」


その声は男性にしては高く、より一層女性らしさを醸し出していた。口調は男のそれだったが。


「おう、ユリアス、俺の息子を名に口説こうとしてんだ、あぁ?」


そしてすぐにユリアスの背筋が凍りつく。慌てて振り向こうとしたが、即座に頭を万力のように締めあげられてそれが出来なくなる。


「あだっ、あだだだだっ!?」


「あ、父さん、これ。また弁当忘れたでしょ」


そんなやり取りを無視してクミトはレディオに手提げ袋を渡す。レディオはユリアスを締め上げていない手でそれを受け取る。


「おうクミト、わざわざすまねえな。俺もさっき弁当忘れたことに気付いたところなんだ」


「父さん、しっかりしてよね。とりあえず俺はもう行くから。授業まで結構ギリギリだし」


完全に二人はユリアスを無視して話を進める。ちなみにユリアスはこの間も悲鳴を上げ続けている。


「しっかりやれよ!まあクミトならなんら問題はないだろうがな!」


がっはっは、と豪快にレディオが笑う。それを聞いたクミトは苦笑して踵を返す。


「そんなことないよ。俺はまだまだひよっ子だし。それより自警団の皆さんによろしくね」


それだけ言い残してクミトは走り去った。それを確認したレディオはユリアスを拘束していた手を離す。


「あてててて………」


「おいユリアスてめえ、お前何度クミトを口説こうとした?クミトはてめえみたいな特殊な性癖を持ってねえんだよ」


龍をも射殺さんばかりの視線でユリアスを睨みつける。その視線にユリアスは恐れることはなく、胸を張って答える。


「クミトちゃんがあんなに可愛らしいのが悪い!」


「悪いのはてめえだ、この同性愛者!絡むならてめえらどうしでやれ!クミトを巻き込むな!」


レディオの拳がユリアスの顔面にめり込み、吹き飛ばした。







クミトは駆ける。理由は単純、父に忘れた弁当を届けた関係で授業に遅れそうだからである。クミトは学生である。それも魔工学専攻の。魔工学は魔術式を付与した道具を作るための学問である。当然需要は高い――のだがその分その門は狭い。道具に魔術式を付与するのは誰にでも出来る。出来るが、誰もが同じように出来るわけではない。そのほとんどが低水準、それこそ小さな火を起こしたり、風を起こすような魔道具を作るのが精一杯である。それ以上のことが出来る魔工学者は少ない。クミトはその少ない魔工学者の一人であり、その中でも高い才能を誇っている。最も、今はまだ魔工学者の卵であり出来ることは限られているのだが。それでも一定水準以上の魔道具を作成することが出来る。とくに得意なのが治療薬。しかしながらこれは別学問に魔薬学が存在し、あまり顔を出すことはない。第一、怪我の多い自警団の治療をするために覚えた技術であるため、同じ魔工学の仲間はそのことを知らない。次に得意なのが魔武具である。これも父をはじめとした自警団の装備を作る上で覚えた技術である。そういう意味では、クミトの能力はほぼ、自警団のおかげである。


「おはようございます!」


締められかけている校門に無理やり体を滑り込ませる。


「こらこら、もう少し早い時間に登校しなさい」


すぐさま注意されたが。それに対してクミトはごめんなさい、と返すとすぐさま校舎の中に駆けていく。その勢いのまま階段を駆け上がり、魔工学の教室へと飛び込む。教師はまだ来ていない。


「セーフ!」


思わずガッツポーズをするクミト。そこに注意が飛ぶ。


「セーフ、じゃないわよ!もっと早く登校しなさい!」


クミトは声をした方向を顰め顔で見る。そこにはザ・風紀員といった感じの女子生徒がこちらを指さしている。燃えるような赤い髪を後ろで束ね、同じ色の鋭い瞳は強気なイメージを抱かせる。


「先生来てないからいいじゃん、別に。ちょっと野暮用あったんだし。てかルウちゃん厳しすぎ」


自警団にいるときとは違い、砕けた態度で応じるクミト。こっちが素なのだろうことが伺える。そのまま自分の机へと直行する。


「誰がルウちゃんか!」


バン、と机を叩くルウちゃん、もといルミア。ちなみにルウちゃんなんて堂々と呼ぶのはクミトだけである(影では全員呼んでる)。由来は不明。ちなみに30名の生徒に対して女子はルミアただ一人。最も別の教室や学科には大量の女子生徒がいるから本当に彼女一人、なんてことはない。ちなみに教室内ではアイドル扱いである。気が強いことを含めて人気があった。最も、彼女にしたい、なんて人は誰もいないのだが。お堅く、また気の強さから尻に轢かれそう、とのことで。


「あら、ラギドもまだ来てないのね」


ルミアの叫びを無視して自分の隣を見る。自分の席の他にそこも空席だった。他は全員、着席している。後ろを振り返って雑談をしていたりするのはご愛敬だが。クミトも席に着く。


「おら、全員席に――ついてるか」


そこにちょうど良く先生が入ってくる。だぼだぼの白衣を着て、いかにもやる気のなさそうな教師だ。無精ひげを生やし、ぼさぼさの髪のせいで表情はよく見えない。


「先生、ラギドがいません。それと、クミトが遅刻しました」


すぐにルミアが挙手し、そのことを報告する。するとめんどくさそうに教師はクミトを一瞥する。


「あー、めんどうだしいるからクミトはセーフで。ラギドは今保健室で気絶してる。とりあえず遅刻ってことで」


心底めんどくさそうにそれを告げる。それを聞いたクミトはルミアにドヤ顔をし、悔しそうにルミアは唇を噛んだ。


「ラギドが気絶してるってどういうことですか?」


別の生徒が挙手し、質問を飛ばす。普通ならそこを気にするのに、クミトは特に気にしていなかった。


「あー、なんでも戦闘学の女子生徒を尾行していたらしい。すぐさま見破られて返り討ちにあったとのこと。その女子生徒が全部説明してくれた」


何やってんだ、あいつは。誰もがそう思った。そもそも魔工学の人間に戦闘能力はほぼ皆無だ。そんな集団の一人が戦闘専門の戦闘学の人間に尾行なんてしたら一瞬で見破られ、返り討ちにあうことは自明の理だ。クミトをはじめ、一部の人間は自衛術を身に着けてはいるが、本職とは比べるまでもない。


「馬鹿だろ」


クミトがぽつりと呟く。その声に周囲の生徒はうんうん、と頷く。


「そんなに褒めんなよ、照れるぜ」


そこに突然扉を開けた男子生徒が入ってくる。ツンツンに尖らせた金髪に深い緑色の瞳、どこか抜けている表情の少年だ。


「ラギド、生きてたのか!?」


「勝手に殺すなよ!?」


クミトが叫ぶと入ってきた少年――ラギドが叫び返す。そもそも気絶していただけなのだ。自然と目は覚ます。


「戻ってきたならとっとと席に着け」


めんどくさそうに教師が告げる。実際どうでもいいのだろう。ラギドがいてもいなくても。


「そんじゃ、授業を始めるぞ」


ラギドが席に着く前に、いきなり教師は授業に入る。慌ててクミトとラギドはノートとペンを取り出した。










「しかしなんで戦闘学の人を尾行しようとしたわけ?」


昼休み、校庭でラギドと肩を並べて弁当を食べるクミトが尋ねる。ちなみにこれと父のレディオの弁当はすべてクミトが作っている。母はクミトが生まれて間もなく他界している。


「そこにレミリアちゃんがいたから」


購買で売っているパンを齧りながらラギドが答える。それじゃ答えにならねえよ、とクミトは内心呟く。


「誰よ、レミリアって」


それを聞いたラギドはパンを落としかける。いや、実際ほぼ無意識にクミトが落ちるパンを支えなければ落としていた。


「お、おま、それ、本気?」


狼狽したような雰囲気でラギドが尋ねる。当たり前だろ、とクミトは半眼で睨む。実際、クミトは他の学科のことをほとんど知らない。


「だってさ、他の学科に興味持つくらいなら魔術付与のための魔術陣や魔道具の一つや二つ、覚えたり開発したりしたほうが堅実だろ。そういえばさ、この前お前のアイデアで新しく作ってみた連鎖型魔導弾なんだけど、どうしても使い勝手が――」


「いやそんなことどうでもいいから!マジでレミリアちゃん知らないの!?てかなにちゃっかり俺のアイデア奪ってるわけ、この戦闘魔道具馬鹿は!?」


クミトの発言を遮り、ラギドが叫ぶ。ちなにみクミトが戦闘魔道具馬鹿ということは正しい。本来、生活を豊かにする目的で作られるはずの魔道具なのだが、クミトが好むのは戦闘用の魔道具ばかりだ。自警団のメンバーと共にいる時間が多かったためにそんな嗜好に至った。なぜか直接戦闘には興味を示さなかったのだが。


「だって言われたら試したくなるじゃん?それで試しに作ったんだけど、あれ、無差別に誘爆して自分にも弾が――」


「だからもういいっての!お前はとりあえずその才能を私生活を豊かにために使えよ!物騒なもんばかりつくらないでさ!それよりマジで白銀の妖精たるレミリアちゃんを知らないの!?」


ぜえぜえ、とラギドが息を切らす。それを聞いたクミトは唇を尖らせる。


「ちゃんとそういうものも作ったさ。なんと内部から熱を発生させ、食料品を温める魔道具だ。まあ元は敵を内部から焼くために作ったものが出力不足で時間がかかるために食料品とかそんなものにしか使えなくなっちまったもんだけど」


「確かに便利そうだけど、その発想に至るまでの経緯が物騒!そしてお前がレミリアちゃんを知らないことはよくわかった!」


ラギドが悲鳴を上げる。まあ確かに悲鳴を上げたくなる気持ちはわかる。あまりにもクミトがずれているのだから。


「ちゃんと最初から生活を豊かにするために作ったもんもあるぞ。飲み物の温度を一定に保ってくれる容器だ。何日置いたところで温度は一切下がらない。常時魔力を供給する必要あるけど」


「ダメじゃん!?そこをなんとかしないと実用性ないよ!」


「だから魔力を備蓄、放出できる魔道具の作成をしてるんだよ。これがまたうまくいかないけどさあ」


「そりゃそれが出来たらどんだけ利便性があがるのか気になるけどさ………」


はあ、とラギドが俯く。クミトに対する突っ込みで疲れたのだろう。


「で、戦闘学のレミリアだっけ?聞いたことないな。今度教室に連れてこいよ」


「今朝吹っ飛ばされた相手を連れて来いと!?無理あるでしょ!」


そこにクミトがボケを重ねた。即座にラギドが突っ込みをいれる。それを機にクミトは弁当箱をしまう。ラギドは慌ててパンを口に押し込む。


「さて、教室に戻る――ん?」


クミトが立ち上がると同時に、風に混じり声が届いた。ラギドを見ると、同様にクミトを見る。そして二人は野次馬根性剥き出しにして声のした方向へと走り出す。ちなみに聞こえてきた声は悲鳴のような、助けを求めるような声だった。すぐさま走り出した二人は、校庭の隅にわずかに出来ている人垣を見つける。そのままその人垣に加わる。完全に野次馬だった。


「ちょっと、誰か保険の教員か治療学の生徒を連れてきて!」


人垣の中心、その中で一人の少女が叫んでいる。クミトはさっと遠くを見ると誰かが教員校舎に、別の誰かが治療学の校舎へと走っていくのが見えた。それなら自分が走る必要はないか、と即座に判断する。そこで冷静に中心部を見る。叫んでいる少女は特に怪我を負った様子はない。だが、その腕には別の少女がいて、そちらが頭から大量の血を流していた。その近くには割れた植木鉢。どうやら上からそれが落ちてきたらしい。それが運悪く当たってしまったのだろう。普通なら即死だ。それでも叫んでいる少女の様子を見る限りまだ息はあるように思える。よく見ると、二人とも特殊な制服を着た戦闘学の生徒だ。普段から体を鍛えているからか、なんとか反応して即死だけは免れたのだろう。だが、それでも時間の問題だ。教員や治療可能な生徒を呼んでくるのは間に合うかどうかわからない。


「はーい、ちょっとどいてねー」


だからクミトが動いた。幸い、お手製の魔法薬は常に何本か鞄に入っている。その中で効果が最も高いものを使えば治療、最悪でも治療が出来る人を連れてきて治療を終えるまでの延命は可能だろうと判断した。第一、ここで動かないのは目覚めが悪い。


クミトのその声が聞こえたのだろうか、血を流す少女に声をかけていた少女がはっと顔を上げる。が、すぐにその表情は落胆に変わる。クミトの胸には魔工学在籍を表すバッチがあるからただの野次馬と判断したのだろう。無理もないか、とクミトは鞄から魔法薬を取り出して少女へと突き出す。


「これ、魔法薬。これだけでの治療は無理でも先生が来るまでの時間稼ぎは出来るはずよ」


はっと少女は再び顔を上げる。即座に魔法薬を視界に収め、奪い取る。


「お借りします!」


それだけを告げると即座に瓶の蓋をねじ開け、血を流す少女の頭部へどぼどぼとかける。染みそう、とクミトは場違いのことを考えた。まあ気を失ってるから痛みを感じることはないだろうが。


するとすぐに魔法薬が効果を露わにする。流れ続けていた血が止まったのだ。流れ出た血が戻ることはないが、これ以上の出血はなくなる。最も、ちょっとした衝撃ですぐに傷口が開くだろうけど。その効果を見た少女は驚いたように手元の瓶を見る。その理由は単純で、想像以上にその魔法薬の効果が高かったからだ。日常的に持ち歩くような魔法薬は普通、ここまでの効果は発揮しない。せめて出血の速度を少しでも緩められたら、と思っていただけである。これほどの効果の魔法薬となると、病院や自警団の詰め所にでも行かないとまずお目にかかれない。


おお、と周囲がどよめく。その魔法薬の効果に驚いたのだろう。実際、これほどの魔法薬の効果を目にしたことがあるのはクミト以外、他にいなかった。クミトだけはこのレベル以下の魔法薬以外目にしたことがなく、これが一般的な効果だと勘違いしていた。ちなみにラギドもこれには驚いた。ここまでの魔法薬をクミトが持っていることは意外ではなかったが、それを平然と見知らぬ誰かに平然と渡してしまうことに。


「これなら大丈夫かな。よかったよ、大事にならなそうで」


うんうん、と一人頷くクミト。魔法薬を受け取った少女は、支えていた少女をゆっくりとその場に寝かせ、クミトに頭を下げる。


「その、ありがとうございました。これほどの高価な魔法薬を躊躇いもなく出してくださるなんて」


言葉とは裏腹に少女の内心は荒れていた。先ほど自分が告げた言葉を思い出したからだ。お借りします、それは裏を返すと、返す意思がある、という証明だ。これほどの魔法薬、そんなポンポンと返すことなんて出来やしない。そのことを思い出すと今度は別の意味で焦りを感じた。


「うん?高価?」


疑問符を浮かべたまま、初めてクミトは少女を見る。先ほどまで怪我をした少女ばかりを見ていたからこっちを見ていなかったのだ。ちなみに怪我をした少女は血だらけで顔はよく見えない。クミトだけではない。他の野次馬もようやくその少女に意識が向き、息を飲む。


まさしく妖精。その一言に尽きるような少女がその場にいた。とても戦闘学を習っているとは思えない、細身の身体つき。それなのに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。完全なプロポーション。顔立ちも少々眼が鋭いだけで誰もが振り返ってしまう、そんな少女。今は憂いを浮かべているが、それですら一枚の絵となっっている。腰まで伸ばした髪も白銀と輝き、美しい。


色沙汰には疎いクミトもさすがにうろたえずにはいられなかった。それでも、周囲の野次馬に比べたらはるかにマシだ。そのことを一切表に出すことはしなかった。周囲は騒然としている。


「別にさっきの魔法薬は気にしなくていいよ。俺が自分で作ったもんだからさ」


「作った!?」


今度は少女の顔が一変する。憂いから驚愕へと。その視線は一瞬クミトのバッチへと向けられ、すぐにクミトの顔へと釘付けとなる。


「ああ、俺は魔法工学の人間だけど父さんの仕事の関係でちょっと魔法薬もやってるんだ。その関係でいくつか魔法薬を持ち歩いてるんだよね」


ちょっとじゃない、その場にいる全員がそう叫びたくなった。そしてこんな魔法薬が必要になる父の仕事とはなんなのか、と思う人もいた。


「おーい、怪我人はどこだー?」


そこにのんびりと教員が現れる。それで自分はもう用済みだと勝手に判断したクミトはじゃ、と片手を挙げるととっととその場を走り去る。それを見たラギドも慌ててクミトを追いかけた。


「あ、ち、ちょっと――」


誰かが呼びとめようとしたが、クミトは聞こえない振りをして走る。早鐘を打つ心臓をごまかすように。


「ふう」


ようやく足を止めたのは校舎の中に入ってからだ。先ほど早鐘を打っていた心臓は、今度は別の意味で早鐘を打っていた。


「お、おいクミト、どうして逃げたんだよ!」


そこにようやく追いついたラギドが話しかける。クミトは頬を掻いて答える。


「いやなんかあの人と正面切って話してると飲まれそうになって怖いなって思ってさ」


実際飲まれかけたし、とクミトは内心で呟く。


「おいおい、そんな理由でレミリアちゃんと話す機会をふいにしたのかよ!俺なら飲まれてもいい!」


ラギドがそんなことを叫ぶ。それでクミトはなるほど、と納得する。今朝、ラギドが尾行したくなった相手があれか、と。確かに白銀の妖精と呼ばれることはある。人間離れした美しさだった。


「まあ面白い体験だったよ。二度は勘弁してもらいたいけどね」


「俺はそんなことが平然と言えるお前がうらやましいよ………」


クミトの呟きに、本当にうらやましそうにラギドが返した。


だが、クミトのその願いは聞き届けられなかった。










翌日、すべての授業が終わり、クミトが次はどのような魔道具を作るのか頭の中で考えながら帰り支度をしていた時だった。


「失礼します」


そんなセリフと共に彼女はやってきた。白銀に輝く髪をなびかせながら。その姿にほぼ全員が男子生徒で構成されている魔工学の教室は釘付けとなる。2名の例外はいたが。その例外の一人、唯一の女子生徒であるルミアが話しかける。


「レミリアさん、何か御用ですか?」


男子ばかりの教室の中、唯一の女子に話しかけられた乱入者、レミリアはわずかにほっとしたような表情をし、要件を話す。


「はい。昨日、魔工学の生徒に効果の高い魔法薬を譲ってもらったんです。その人はそのまますぐに去ってしまったのですが、私を含め、怪我をした彼女――ルーチェさんも改めてお礼がしたいと考え足を運びました」


一瞬、視線を教室の外へとはずすレミリア。そこには、頭に包帯を巻いた少女が一人、そわそわした雰囲気でその場にいた。


「はあ。うちの教室に効果の高い魔法薬を平気で譲るような人、ですか………。そんな人、いたかなあ?」


本気でルミアが考える。いくら相手が学内一の美少女と呼ばれるレミリアでも、点数稼ぎにそんな真似を出来る人なんてそうそういない。そもそも持ち歩くものでもないし、手に入るものでもない。第一、すぐ去ってしまっては点数稼ぎなんて出来るはずもない。


「あ、彼です」


とレミリアはすぐに目ざとくもう一人の例外、小さくなって反対側のドアから教室を抜け出そうとしたクミトを指さす。すると当然、教室中の視線がクミトへと集まる。そのことを悟ったクミトは、即座に教室を飛び出して逃走を開始した。


「ちょ、クミト!?」


ルミアが思わず叫ぶ。なぜ逃げるのかと。逆にクミトは内心で頭を抱える。なぜここで自分の名を呼んでしまうのか、と。これで面倒事がまた増えた。それ以外理由はなかった。


が、クミトのその逃走劇は長く続かなかった。クミトが教室を飛び出す次の瞬間、レミリアも教室から飛び出した。すぐさま逃げるクミトの背中を補足すると、自身も走り出す。それも、レミリアの靴に細工された、通常より速く走れる魔道具の効果を発揮したうえで。それゆえに、校舎を出る直前にはクミトの肩に手を置き、完全に捕えた。その際、クミトは文字通り跳ね跳んだ。まさか捕まるとは思っていなかったゆえに。


「どうして逃げるのか聞いても?」


レミリアのその声にギギギ、と擬音が聞こえそうな動作で振り向く。そして口を開く。


「な、なんででしょう?」


なぜか疑問に疑問で返す。それを聞いたレミリアは明らかにため息をついた。


「なら少しお顔を貸していただけませんか?昨日の御礼もまだしっかりしていませんので」


御礼、と口にしているがその顔は一切笑っていない。そもそもなぜクミトが逃げるのかわかっていないのだ。それゆえにまた逃げ出す可能性を考慮し、ほとんど臨戦態勢に移っていた。


「………はい」


そのことを自警団の中で育ってきたクミトは即座に悟る。それゆえにもう逃げるすべはないと判断し、大人しく従うことにした。

とりあえず今回はこれで。毎回大体1万字を目安に書きます。投稿時間はまちまちで。更新も不定期です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ