奪われたもの
(誰なんだよ!こいつは⁉︎)
ノアの隣に座っている人物にシンは心当たりが無い。
当然の事だった、ノアのいた無の世界にはシンが連れて来られるまでノアしか居なかったのだから。
「何か居たのか?」
「いや、ボクは何も感知していない。この部屋とその周辺には君とボクしか居ないよ」
またしても固まってしまうシンを無視して世界の時間は進んで行く。
だがノアの言葉を理解する事は出来た。
この世界ではノアですらシンの存在には気付かない。
「まあいい、次は共和国に行くんだな?」
「ああ、リリアナと言う王女に着いて行くんだ」
(俺が居なくても変わらず進むのか?)
シンが居なくてもリリアナが共和国へ同盟を結ぶ為に向かうのは決まっている事がわかった。
自分が居なくてもノアは無の世界から飛び出し全くと言っていいほど変わらずに世界は動き出している。
(俺は必要無いのか?)
ほとんど変わりの無い過去には自分は居ない。
シンの居た場所には知らない男が居座っており、その事実はシンが必要な存在では無いと告げているような物だ。
(こいつに着いて行ってみるか)
もうそうする事しかシンには残っていない。
見ず知らずの男がシンと同じ腕輪をしている事からノアの代行者であると理解出来る。
だからこそこの男に着いて行き何が起こるのか確認する必要がある。
(ふざけた試練をしやがって。いいぜ、乗り越えてやる!)
自分のいない世界でシンは試練を乗り越えると誓う。
自分の知る仲間達の為に、そして本当のノアの為にシンは誰にも認識されない世界で立ち上がった。
**
(ナナは、来ないのか?)
リリアナとエルリックに合流した男はすぐさま共和国に旅立っていた。
シンの知る過去ではここでナナが現れシンと共に共和国に向かうはずだ。
(いや、ナナは居る。そうか、この男はナナと知り合っていないのか)
振り返ると王都の門近くにはナナとユナが居る。
あの時はナナが先に現れその後にユナも来た。
ナナがすぐにバイクを持って来てシンを連れ出した為、ユナは同行しなかったが。
(エルリックとも初対面なのか?)
シンの知らない男はエルリックともよそよそしく会話している。
初めましてと挨拶している事から間違いないだろう。
(実験施設にも行かないんだな)
ナナが来ないのなら当然あの施設のある村にも立ち寄らない。
エルリックの立てた予定通りに世界は進んでいた。
(俺とこいつは違うんだ。ならこいつはユナとも知り合っていないな)
シンが居なくても世界は進んだ。
だがその世界はシンの知らない進み方をしている。
シンとこの男が全く同じ行動をしている訳では無いのだ。
(俺がやってきた事は無駄じゃ無いんだな)
その事にシンは安堵した。
自分が必要では無いという訳ではなかったからだ。
(ノアはこいつとどういう関係なんだ?)
だがノアの事は別だ。
あの神には自分にはシンしか居ないと何度も言われている。
それでもこの世界ではシンでは無く別の男がその役割を持っている。
(考えても仕方ないか)
あまり深く考えてはノアに別の感情を抱いてしまう。
偽物の世界とは言えノアを裏切るような事はシンには出来ない。
**
共和国に着いた謎の男はシンと同じく同盟の話はリリアナとエルリックに任せるようだ。
宿屋から行動するそぶりを見せない。
(リリアナ達に着いて行った方が良さそうだな)
リリアナ達がどのように交渉していたのかをシンは知らない。
どのような交渉だったのかシンは興味を持ったのだ。
(交渉は確か最初は失敗したな、その後俺とナナがオアシスに向かって皇国の魔術を無くしたんだよな)
シンの思っていた通りリリアナはデウメス王に同盟を断られていた。
落ち込んだリリアナをシンは見ていられなかった。
(デウメス王は皇国と王国を天秤にかけてるんだな)
立ち去ったデウメス王にシンは着いて行っていた。
謁見の間から出たデウメス王は共和国の重鎮とリリアナの持ちかけてきた同盟と皇国との同盟を天秤に掛けると話している。
(俺とナナが埋まっていた短剣を見つけた時も皇国の使者と会談していたな。あの短剣を見つけない限り共和国との同盟は厳しいぞ)
事の顛末を知っているシンからすると歯がゆい気持ちになる。
宿屋に戻ったリリアナはエルリックとさらに同盟の条件を見直しているが難しいだろう。
(あの男は何もしないのか?)
シンの代わりに代行者となった男にシンは着いて行く。
だがリリアナ達に協力する訳でもなく男は何も行動を起こさない。
(まあ、俺もナナとフラフラしてただけだったしな)
何もしない男に苛立ちを覚えたがシンもこの共和国ではリリアナ達に同盟の話は任せていた。
文句を言うのは筋違いだろう。
だが男の行動はシンの目に余る事も増えてきた。
(おい!そっちは歓楽街だろ!)
珍しく宿屋から出たと思ったら男は歓楽街へと向かっていた。
リリアナから王国の資産を受け取り、向かったのは賭博場だ。
(あいつ、何をしてるかわかってるのか?)
こうしている今もリリアナとエルリックは必死になって同盟を結ぶ為に交渉している。
この同盟はノアの目的の為にも必要な事だったはずだ。
にもかかわらずこの男はリリアナ達を無視し遊び続けていた。
夜になれば娼館へ行き女を買う。
金が無くなれば落ち込み疲れ果てたリリアナに金を催促する。
そんな日が何日も続いていた。
「いい加減にしろ!リリアナ様のお役に立つつもりはないのか!」
そんな男に遂にエルリックが激怒する。
リリアナが連れてきた男の為、エルリックも我慢していたが、もう我慢の限界がきたのだ。
「同盟はお前達の仕事だろ、それが出来ないからって俺に八つ当たりをするな」
エルリックの言葉を男は聞く事をしない。
近くにいたリリアナのお供のメイドから金を奪い宿屋から歓楽街に向かっていく。
「リリアナ様、何故あのような男を?」
「エルリック、良いのです。わたくし達の力が及ばないのがいけないのです」
リリアナはもう気力など残っていなかった。
ノアから任された仕事を完遂出来ず役に立てていない事にもう参ってしまっていた。
美しい顔にはクマができもともと細かった顔立ちは疲れからやつれ果てていた。
「明日は必ず同盟を結んで見せます」
限界になりながらもリリアナは笑顔でエルリックに話をする。
そんなリリアナに何もしてあげられない事がシンの心は傷付けられていた。
「まだ、同盟は出来ないのか?」
次の日もリリアナ達は同盟を結ぶ事が出来なかった。
当然だ、皇国の陰謀により共和国は王国との同盟を結ぶ考えを持っていないのだから。
「申し訳ございません」
そんなリリアナにシンの知らない男は仕事のこなせない事を責めていた。
「優秀な王女と聞いていたんだがな、残念だ」
「あっあと少しだけ、あと少しだけお待ち下さい!必ずお役に立って見せます!」
必死にリリアナは男にすがりつく。
このままではリリアナはノアに見捨てられてしまう、そんな事はリリアナには耐えられないのだ。
「もうどれだけ待ったと思ってる。使えない駒に用はない、腕輪は返してもらう。もうお前は俺達には必要ない」
「そっそんな…」
リリアナを押し倒し、男は腕輪を奪い宿屋から立ち去る。
残されたリリアナは腰が抜け座り込み涙を流し続ける。
顔を覆い部屋の中で1人ただ泣き続けるリリアナ。
ノアの代行者に見捨てられ、このままではリリアナの愛する王国は皇国に敗れ多くの民の命が失われるからだ。
そんな彼女をシンは黙って見ている事が出来るはずがない。
存在が気付かれない事をわかっていながら、そっとリリアナの涙を拭う。
突然流れる涙が無くなった事にリリアナは戸惑い周囲を見渡す。
だがリリアナの目には人など映らない。
だがリリアナの瞳から涙が流れるのが止まった。
(待ってろリリアナ、俺がお前を守ってやる)
誰にも自分の存在がわからない世界で、シンは仲間の為に行動を開始した。
(確かこの辺りだよな)
オアシスへと移動しかつてナナと共に探し出した短剣をシンは探していた。
あの時に感じた違和感は同じく感じていた為すぐに掘り起こす事が出来た。
「これは、どういう事だ!」
懐かしいハゲ頭の兵士が突然オアシスに水が溢れて来るのを確認していた。
シンが触れている物は同じくこの世界の人には認識出来ないようなのでそのハゲ頭の兵士の近くに短剣を落とす。
「何だ?この短剣は、文字が刻まれている?」
見つけた短剣をハゲ頭の兵士は調べる。
シンの知る通りにその短剣が皇国の物とわかりすぐさまデウメス王に報告が入る。
デウメス王はすぐさま皇国の陰謀によりオアシスに水が無くなっていたと判断する。
翌日訪れたリリアナにはデウメス王から同盟を結ぶと話がされた。
「リリアナ様、これで役目は果たせましたね」
共和国から王国へ向かう前、エルリックはリリアナと共に喜びを浮かべていた。
何故いきなり同盟を結ぶ事になったのかわからないリリアナ達だったがそんな事を気にする暇もなくただただ喜びを浮かべていた。
(これで取り敢えずは王国は大丈夫か?)
ほぼ自分の知っている過去と同じ結果になりシンも1人で安堵をする。
誰にも気付かれない為リリアナの乗る王族専用車両へと乗り込み人知れずリリアナ達と共に王国へと戻って行った。
**
(帰ったらユナが落ち込んでるんだよな)
シンの知る過去ではこの後はニグルに敗れ仲間を失ったユナが立ち直れなくなりクレアの案内のもと彼女の所へシンは赴いた。
立ち直ったユナと共に古代の遺跡へ真紅の刀を手に入れに行く。
だがここはシンの知らない過去だ。
(ユナが宴に出てる?)
リリアナ達に着いて行き同盟を祝した宴へと足を運ぶ、そこにはシンの知らない男もおりリリアナと話をしている。
何もせずリリアナを泣かせておいて、白々しくも同盟の功労者として扱われている。
その宴には見慣れた燃えるような赤い髪の少女も参加していた。
シンの記憶ではこの宴にはユナは参加していない。
(そうか、ユナとあの男は接触していない。あのニグルとの戦いは俺とナナを心配してあの辺りをユナが捜索していたから起きたんだったな)
ユナの腰には皇龍刀”契”ではなく出会った当初から愛用していた赤い剣が下げられている。
(俺が居ない方がユナにとっては良かったのか?)
元気なユナを見ているとシンはそう感じてしまう。
シンと会わなければ大切な仲間を失わずこうして明るいユナが居るのだから。
(次は何が起きた?思い出せ)
ユナとの遺跡の探索が無いのなら次は何が起こるのか、砂の世界での出来事をシンは必死に思い出そうとする。
(そうか、次はエルリックが敵に追い込まれるんだ。味方の将軍が裏切るんだ)
そうとなればシンのやる事はエルリックと言う親友の助けになる事だ。
正確な日にちが思い出せない為、シンはエルリックの近くで見守る事にした。
(本当に真面目だな)
エルリックは毎日欠かさず早朝から鍛錬をし兵士としての訓練も行い、夜には戦術の勉強をしていた。
黙々と日々を送るエルリックにシンは頼もしさと良い意味で呆れていた。
(やっと戦か)
3日ほど経つと遂にエルリックに出陣が命じられた。
リーグとスーウェンと言う将軍と共に皇国軍との戦に行くのだ。
(ユナ達も行くのか?あの時は赤姫の後方支援しか行かなかったが)
皇国軍との戦に向かう軍の中にはユナやクレアの姿もある。
シンの知る過去であればユナ達はこの戦に参加するのはシンと共に遅くなったはずだ。
戦は王国軍の優勢で進んでいた。
ユナ達赤姫の活躍が凄まじく皇国軍は次々と撃退されていく。
将軍の裏切りも無く戦は王国軍の勝利で終わりを迎えた。
(俺が居ないとこうも簡単に戦に勝てたのか)
シンが居なければユナは遺跡に向かう事無く戦に参戦し、エルリックが窮地に陥る事無く勝利した。
自分が居なければユナやエルリックが落ち込んだり瀕死になる事が無い事にシンはまたも胸が締め付けられるような気がした。
(けど、あいつはリリアナを)
リリアナを見捨てた、そう言おうと思ったがシンも当初はリリアナを利用するだけと考えていた事を思い出した。
(俺も、あいつと変わらないのか)
涙を流すリリアナの姿がシンの頭から離れない。
リリアナのあんな姿を見た事は無かった。
もし、ナナと共に短剣を見つけていなかったらリリアナに同じ事をしたかもしれないという事にシンは自分自身を軽蔑する。
(この後はエルリックにアニーさんを紹介するんだよな、でもあいつはエルリックと仲良く無いしユナとも知り合いではなさそうだ)
シンの知る過去でこの後起こる事はわかっている。
だがここはもうシンの知る砂の世界では無い。
(ユナと一緒に出掛けた事も起こらないんだなよな)
エルリックに修行をつける代わりにユナとのデートが約束されたがこの世界では起こらない事だ。
少し前の出来事のはずがシンには遠い過去の記憶に思えた。
だがシンの知らないこの世界でもユナはあの男と街に出掛けていた。
不意に燃えるような赤い髪がシンの目に入る。
振り返ると男の後をユナはちょこちょこと着いて行き一緒に街を散策する。
嬉しそうにユナは話しかけているが男の態度はそっけない。
それでも懸命に話し続けるユナの姿を見るとシンの心は痛み出す。
夜になり男はユナを連れ宿屋へと入り込む。
もうその後の事をシンは知る事は出来なかった。
おぼつかない足取りで誰も住んでいない空き家へと入り倒れ込む。
だがそうしてばかりはいられない。
偽りの世界でシンは試練を乗り越える為に立ち止まる訳にはいかないのだ。
もうすぐ始まるはずの皇国との戦の情報を得る為にリリアナの下へと向かう。
だがまたしてもあの男がシンの目の前に立ち塞がる。
ベッドの上でシンの知らない男に肩を寄せリリアナは会話をしていた。
何を話しているのかシンには聞く事は出来ない。
逃げ出すようにシンはひたすらに走り続けた。
行き場所はわからない、暫く走っているといつの間にかいつかユナと共に訪れた庭園にシンは辿り着いていた。
かつて訪れた店舗の近くのベンチに座る。
あの時に買ったアクセサリーをユナはいつも着けていた。
だがここにいるユナはそんな物を持ってはいなかった。
誰にも存在の知られない世界でシンの大切な仲間達は突然現れた知らない男に奪われていく。
行き場の無い怒りと共にシンの心を襲うとてつも無い消失感にもうシンは動く事すら出来なかった。
偽りの世界だとわかっている、だが仲間達の姿がシンにそれが紛れも無く本物だと語りかけてくる。
もう、試練を乗り越えようとする気力など残っていなかった。




