行き場のない怒り
「今日からは10階層です。世界樹の試練は10階ごとに難易度が上がると言われているので気を引き締めて行きましょう」
シン達であれば余程の事がない限り不覚を取るとは思っていないシーナだが、油断大敵だ。
難易度どれほど上がるのかはわからないが10階ごとに挑戦者が減っているのは事実だ。
「そうじゃなきゃ面白くないわ」
期待していたほど難易度の高くなかった世界樹の試練をユナは退屈に感じ始めていた。
第1の試練以外はほとんど時間をかけずに突破していた為他の面々もユナと同じ気持ちだった。
「では、行きましょう」
転移魔法陣に乗りシンは10の数字に触れる。
もう慣れた意識のみが体から引き離される感覚を感じ、すぐ意識が体に戻ってくる。
「何か豪華になっていないか?」
エルリックが10階層の試練の間に辿り着くと変化のあった内装に気付く。
質素だった巨大な両開きの扉には取っ手が取り付けられ鳥をモチーフにした模様が刻まれていた。
「そんなのどうでも良いじゃない」
ユナには内装が豪華になった事などどうでも良いようだ。
彼女にとっては試練が面白いかどうか、それだけが重要なのだ。
扉を開き中に入るシン達。
だが第1の試練と同じくその部屋には何も無くただの円形の空間が広がっているだけだ。
「またかよ?」
嫌な思い出が蘇りシンは顔をしかめてしまう。
だがまだ試練の内容は聞こえてこない、始まりを告げる声が響くのを待ち続ける。
何も起こらない事にシン達は首を傾げてしまう。
これまでの試練で開始の声が響かない事は無かった。
第1の試練以降それは変わらない。
だが変化は急激に訪れる。
「この感覚は!みんな離れるな!」
意識が体から離れ始める感覚にシンは気付き強制転移とすぐさま判断し他の面々の体を掴む。
だが間に合う事は無かった。
ユナとシーナを掴んだ瞬間意識だけが移動を始める。
「ここは、どこだ?」
目を開きシンは確認する。
隣にはユナとシーナがいる。
だがエルリックとナナ、リリアナ、ティナの姿が見つからない。
ティナはナナがいつも抱えているのでシン達と同じく一緒にいるだろう。
『もっとも弱き者を救い出せ』
転移が終わると試練の開始を告げる声が響き渡る。
その内容はすぐに理解出来る。
「リリアナに何か起きてるな」
もっとも弱き者、単純に考えるなら答えはリリアナだろう。
そのリリアナが転移の時にどうなっていたかはシンは確認していない。
「リリアナならエルリックが着いていたわ」
ユナはリリアナの状況を確認していたようだ。
その事にひとまず安心をし周囲の状況を確認する。
「迷路か?」
シン達のいる場所から道が伸び途中から二手にわかれている。
この迷路を抜けた先に恐らくはリリアナが何かの脅威に晒されているはず、そうシン達は結論付け先を進む事を決めた。
「私に任せて、みんなの匂いは覚えてる」
迷路、と言う言葉に考える事があまり好きでないシンとユナは顔をしかめていたがシーナの言葉を聞き安心をしたような顔をする。
氷狼との混じり者であるシーナの嗅覚は正確に他の仲間の匂いを嗅ぎ取り迷路を迷う事なく進む。
「でもおかしい、リリアナさんはエルリックさんと一緒に移動してる」
入り組んだ迷路の中でもシーナの鼻は精確に仲間の匂いを判別しどこに居るのかまで突き止めている。
試練の声が正しいのなら1番弱いのはリリアナだ。だがエルリックと一緒に居るならば救い出せと言うのは何か違う気がする。
「なあ、この別れ道にある石板は見なくて良いのか?多分この迷路を攻略する為の情報じゃないのか?」
一切の迷いなく進むシーナは別れ道でも立ち止まる事はしない、だがその別れ道には石板が置かれており、その石板には何かの問題であろうパズルのような物が設置されている。
「大丈夫、リリアナさん達はその石板だと思うけど時々止まりながら移動してる。でも私には必要ない」
「敵とかはいないのか?」
「いない、と思う。戦闘してるような匂いはしないから多分大丈夫だと思うけど」
戦闘の匂いとは恐らくは武器の匂いがないからだろう。
襲われていないのならばまずは大丈夫だ。
「でもナナさんは1人?ティナさんからは変な匂いがする」
「あの2人なら問題ないだろ、先にエルリックとリリアナと合流したい」
ナナとティナならば何かに襲われても対応できる。
だがリリアナを庇いながらではエルリックでも厳しいかもしれないので優先すべきはそちら側だ。
ティナから変な匂いがするのは気になるがシーナから焦りは感じないので優先しなくても大丈夫だろう。
「ナナさんの動きがおかしい、こっちに真っ直ぐ向かってる?」
シーナの疑問の直後シン達の右側の壁が斬り裂かれる。
バターのように斬り裂かれた壁の向こう側からナナがその小柄な姿を見せた。
「ナナ!」
心配していたのだろう、姿を見せたナナにユナが抱き付いた。
ユナに抱きつかれながらその無表情な顔をしたままシン達へ指を2本立てVサインを見せている。
「壁、壊せば良い」
別れ道の石板の問題を解くわけでもシーナのように五感で迷路を攻略する訳でもなく、力技で試練を切り抜けようとするナナにシン達は苦笑いを浮かべるしかなかった。
だがここにいるメンバーを考えるにそれが1番手っ取り早い。
リリアナ達のいる方角をシーナに教えてもらいシン達は間にある壁を破壊し始める。
「ちっちょっと待っておにぃさん!」
壁を破壊し突き進むシン達をシーナは慌てた引き留める。
「なんだ?」
「ティナさんの変な匂いが強くなりました!壁を壊してからリリアナさん達の動きも変わってます!やめた方が良いかもしれません」
「迷路が変わってるのか?力技は許さないって事か」
強引だが名案だと思っていた事だったがそんな事を許すほど試練は優しくないのだろう。
だがリリアナ達に少しだが近付いたのは事実だ。
「今のリリアナさん達の進んだ先に先回りしましょう。何か理由があるのかリリアナさん達の動くペースが上がってます。」
壁の破壊を止め再びシーナの嗅覚に頼り迷路を進んでいく。
すると開けた場所にシン達は辿り着いた。
「なんだ?向こうに行けないぞ?」
見えない壁があるかのように開けた場所は丁度部屋を4つに分けられたぐらいから先に進む事が出来ない。
この見えない壁は四角いこの部屋の角から伸びているようだ。
部屋には4つの通路が繋がっておりシン達が来た道からは他の通路に向かう事が出来ない。
「もうすぐリリアナさん達があちらから来ます」
「シン様!ご無事でしたか?きゃっ!」
シーナの言葉のすぐ後に反対側の通路からリリアナとエルリックが姿を見せる。
走って近付いてきたリリアナだったが見えない壁に激突し顔を押さえ倒れ込んでしまった。
「あははっバカね!」
そんなリリアナをユナは腹を抱えて笑い出す。
笑うな、とユナに注意するシンだったがその口は笑いを堪えることに必死になりおかしな形をしていた。
無表情なナナの顔もピクピクと動いているので笑いを堪えているのだろう。
「あれ?でもリリアナが無事ならどんな試練なんだ?」
リリアナは見る限り救い出せと言うほど窮地に陥っている訳ではない。
その事にシンは疑問に思っていた。
「何を言っているのですか?もっとも弱き者と言うのは今はティナさんの事ですよ!」
「へっ?」
ティナは魔王だ、むしろこの中で1番の強者であるとシンは考えているがリリアナの出している答えは違う。
「ティナさんは今、魔力がなくわたくしでも勝ててしまうほど小さくなっているではありませんか!」
肝心な事をシンは失念していた。
砂の世界からの強制転移でティナは魔力を使い果たし、今は手のひらに収まるほどの大きさになっているのだ。
「シーナ!ティナはどこだ?」
先ほどからティナの様子がおかしいとシーナは言っていた。
その事を思い出したシンはすぐさまシーナに確認する。
「あの道から匂いがします。でも、この見えない壁であの道には行けません!」
シン達とリリアナ達が入ってきた通路と違う場所からティナの匂いがしてきているようだ。
匂いを嗅ぎ取れると言う事はこの見えない壁は人体だけを遮断しているのだろう。
「シン様達はあの石板の問題を解いたのではなのですか?」
「ああ、シーナの嗅覚に頼って進んできた。途中からナナが壁を壊して俺達の所まで来たな。良い考えだと思ったから同じようにして進んだんだけど途中からシーナが異変を感じ取ったからやめたんだけどな」
シンの説明にリリアナは頭に手を当ててフラついた。
明らかにリリアナはシン達に対してこの行動をした事にシン達は困惑する。
「不味かったか?」
「ええ、あの石板は正しい道を進む為の問題と共に弱き者、わたくし達の場合はティナさんの事ですね。そのティナさんは今捕らえられ何かの攻撃を受けているのです。石板の問題を正解すればティナさんへの攻撃を阻止する事が出来るのです。途中から急激に問題の難易度が上がった時はまさかと思い急いでここまで来ましが、シン様達が壁を壊した事で迷路が複雑化したのですね。確かにシン様やシーナさんのお力ならば石板を無視し進んだ方が早いと考えますが」
リリアナの話は恐らく正しい。
シン達が無理矢理迷路を突破しようとした代償で石板の問題は難しく、迷路は複雑になったのだろう。
それにシーナは途中からティナに異変が起きたと言っていた。
恐らくティナへの何かしらの攻撃が激しくなったのだろう。
「この見えない壁はどうする?この先に進めなければティナを助けられない」
後悔しても進まないのでシンはこれからの事をリリアナに聞く。
リリアナに指示してもらうのが最善と考えたからだ。
「石板を正しく解いてきたならばこの壁は無くなるでしょう。しかしシン様達の来た通路の問題は解いていませんし、まずナナさんはわたくし達とシン様の別の通路から始まったのです。ティナさんのいないもう1つの通路にも同じく石板が置かれていると思われます」
リリアナの言う通りナナはシン達と違う所から迷路が始まった。
ティナのいないもう1つの通路は本来ならナナが通る通路なのだろう。
「やり直すか?」
「いえ、それは出来ないでしょう。迷路は変化しました。ナナさんの通路に戻る事は出来ない可能性が高いです」
八方塞がり、まさにシン達は進む事も戻る事も出来ない状態になってしまった。
だが名案を思い付いたのかユナが手を叩き話し出す。
「シン、あんたの鎌でこの壁消せないの?」
何故気がつかなかったのかと考えながら漆黒の大鎌を取り出しシンは壁を斬り裂く。
行く手を阻んでいた見えない壁は鎌に触れた部分が消失しシンはティナの匂いがするという通路への入り口に到達した。
「あれ?進めないじゃない!」
だがシンの後に続こうと進んだユナはすぐさま見えない壁に行く手を阻まれる。
もう一度壁を消失させるが壁はすぐさま戻り人が通れる穴を開ける事が出来なくなった。
「シン様、こうなってはお一人でティナさんを救い出して頂くしかありません」
迷路の修正能力の高さにより鎌で先へ進めるのはシンのみになったがこうなっては仕方がない。
リリアナ達に任せろ、と言いシンは先へと進む。
今までと違い真っ直ぐな通路を進んで行くとティナの叫び声が聞こえてくる。
「やっやめろ!妾に何をするつもりだ!」
ティナの叫び声を聞いたシンはさらに走る速度を上げ声が聞こえてくる扉を勢いよく開ける。
シン達の行動によりこの試練の攻撃は激しくなっている。
今の力の無いティナはもう1度死んでしまうともう再生する事は出来ない。
「ティナ!無事か⁉︎」
扉を開け部屋の中へ飛び込むように入り込んだシン。
その目に映るのは手足を壁に貼り付けにされ身動きが取れないまま痛みつけられるティナの姿であった。
「わっ妾に今度は何をする!そっそんな事をされては妾はっ妾はぁ!うへへぇ」
身動きのできないティナはその小さな体へと木によって作られた数々の腕から熱した蝋を垂らされ、細い枝を打ち付けられ、数々の拷問にも似た攻撃を受けていた。
だがその拷問にもティナは屈していなかった。
通常の人間では耐える事の出来ないであろう拷問の数々はティナに苦痛を与えるどころか快感をティナに感じさせていた。
「わっ妾は、妾は魔王であるぞぉ」
言葉で拒否しながらもその顔は恍惚に満ち溢れている。
ティナが万全ならばこの拷問はリリアナが受けていたはずだ、リリアナで無くて本当に良かったとシンはティナの下へと歩き出す。
「シッシンではないか、妾に何をするつもりだぁ!」
うへへっと笑うティナを無視し無言でティナを拘束している壁を破壊しその小さな体を乱暴に掴みシンは部屋から出る。
試練は乗り越えられた、と響いた声にも喜びを浮かべず、未だ気持ち悪く笑い続けるティナをナナに手渡す。
元の何もない部屋に戻った後、無言で転移魔法陣まで進み許可証に浮き上がる1の文字にシンは触れる。
言葉を話さないシンと気持ち悪く笑うティナに他の面々は違和感を感じながらも宿に戻る。
行き場のない怒りを抱えながらもシンは10階層の試練を乗り越えた。