第1の試練
世界樹の1階層に広がっている樹木都市ユグンには18個の転移魔法陣が存在している。
広大なユグンの端に設置された転移魔法陣の周りには世界樹の頂点を目指す冒険者が集まりその拠点となるべく宿屋街が出来上がっていた。
設置された転移魔法陣はどこを選んでも挑戦者の試練は同じとされているがその真相を知る者はいない。
「これが転移魔法陣か」
ユグンにある18のうちの1つにシン達は辿り着いた。
シーナの案内のもと到着した転移魔法陣には冒険者達が群がりそれぞれの仲間と共に頂点を目指して転移をしている。
「想像よりも大きいですね」
転移魔法陣の大きさは100人ほどの冒険者が今も余裕を持って乗り込んでいる事からリリアナは感想を言った。
青白く輝きを放つ魔法陣には創世の魔術言語が使われているのだろう。
目まぐるしく文字は変化し何度も書き換えられていた。
「世界樹の許可証を出して下さい。それを転移魔法陣の近くにあるもう一つの魔法陣に重ねて乗せれば挑戦者のパーティーと認識され試練も共通になります」
シーナが許可証を集めると転移魔法陣の隣にあった小さな魔法陣の1つに重ねて乗せる。
すると重ねた許可証から文字が浮かび上がり何やら書き込みをするらしい空白がある。
「リーダーはおにぃさんで良いね?」
「ああ」
どうやら挑戦者のパーティーの情報を書き込んでいるようだ。
リーダーはシンとなりその下にユナ、リリアナ、ナナ、エルリック、ティナ、シーナと書き込んでいた。
「これで私達は世界樹への挑戦を始められます。転移魔法陣に乗りましょう」
シン達は転移魔法陣へと乗り込んだ。
するとリーダーであるシンの持った許可証から1と2の数字が浮かび上がる。
「今はまだ2階までしか行けないので数字は少ないですが2階の試練を乗り越えると3の数字を選択出来るようになります」
シーナの言葉を聞き浮かび上がった2の数字にシンは触れる。
するとノアの強制転移のように体から意識のみが飛び出す感覚がシン達を包み込む。
「これが2階か?随分と狭いな」
意識が体に戻った感覚を得たシンは目を開き2階層の景色を見て呟いた。
大きかった転移魔法陣はシン達をちょうど囲えるほどの大きさに小さくなり目の前にあるのは小さな机と椅子、それに巨大な両開きの扉であった。
「あの扉の向こうに試練がありそうだね、リリアナ様は私の後ろに隠れていて下さい。戦闘となるならば私がリリアナ様をお守りします」
世界樹の試練は戦闘とは限らないが警戒しておく必要がある。
エルリックの言葉にリリアナは従い先頭をユナとナナが進む。
「シン、扉を開けるわよ」
扉へと辿り着いたユナとナナは巨大な両開きの扉の片方を押し込んだ。
ギギィと軋む音を上げた扉はゆっくりと開かれシン達は部屋へと入り込む。
「何もない?」
だが入り込んだ部屋は円形の広い空間が広がっているだけであった。
何の試練が待ち受けているのかわからない為警戒をしていたシン達であったが拍子抜けをされたような表情で部屋を見渡していた。
『汝らの絆の力を示せ』
「なっなんだ⁉︎」
突如円形の空間に男の声が響いた。
全員が聞き取ったようで声の主を探そうと辺りを見渡すがやはり何もない空間が広がっているだけだった。
「絆って言っていたな、どういう事だ?」
「示せという事でしたら何かをするのでしょうか?」
「だが何も無いぞ?手でも繋いでみるか?」
何も無い空間でシン達は何をすれば良いのかわからず試行錯誤を繰り返す。
手を繋いでみたり、全員が横並びで部屋を進んでみたりと思いつく限りの案を全員で出し合った。
だが何も起こらず全員が座り込んでしまう。
円を作るように座り各々が攻略の為に思考する。
「リリアナ、他は無いのか?」
「すみません。ヒントが少なすぎてどうしたら良いのか」
絆の力だけではさすがのリリアナも手を焼いていた。
だがこの中で1番この試練の攻略の糸口をつかめそうなのはリリアナだ。
シンは思考するリリアナを信じ己も思考を巡れせながら待ち続けた。
それぞれが独り言を呟きながら解決策を思考する。
だが何も無い空間に耐えきれなくなってしまう者も出て来た。
「あぁもう!何なのよこれ!さっさと試練を終わらせましょう。リリアナの役目でしょ!」
楽しみにしていた世界樹での試練が何も無い空間でただひたすら待つ事にユナは苦痛を感じ遂にリリアナを責め始めてしまう。
確かにこんな何も無い所でジッと待ち続けるのは苦痛以外の何物でも無い。
それに攻略の糸口すら掴めていないのだ、ユナでなくとも我慢の限界は近い。
「ユナ、静かにしろ。文句を言うなら自分でも何か考えたらどうだ」
ついシンも口調が厳しくなってしまう。
早くこんな所から立ち去り次へ行きたいのは全員が同じ気持ちだ。
「うるさいわね、色々試したじゃ無い!あんたも少しは考えたらどうなの⁉︎」
「俺だって考えてる!」
「何もしてないじゃない!」
「ちょっと落ち着かないか!今は言い争いをしている場合じゃない!」
口調が厳しくなり口喧嘩を始めたシンとユナをエルリックは落ち着かせようと間に入り仲裁をする。
だが何も起きない事に頭に血を登らせている2人には逆効果だった。
「お前こそ何なんだ!さっきから何も案を出さないじゃないか!」
「僕はリリアナ様を信じて待っているだけだ!君達こそ言い争いをするのではなくリリアナ様の役に立とうとは思わないのか⁉︎」
「私だってリリアナを信じてるわ!でも何も出来ないじゃない!」
「リリアナ様は今も思考を巡れせていられるじゃないか!」
普段冷静にこの面々を纏めて来たエルリックもこの何もない苦痛に耐えきれなくなり、仲裁をするつもりが言い争いに加わってしまう。
その言い争いは自分達の事だけでなくリリアナの事など他の仲間にも向けられるようになっている。
「おにぃさん達、落ち着いて」
「お前は黙ってろ!関係ない!」
「シン様、それは言ってはいけません。シーナさんのお陰でここまで来れているのですよ。もうシーナさんはわたくし達の仲間です」
落ち着きを促したシーナにまでシン達は冷たく言い争いを始めてしまう。
だがここまで沈黙を保っていたリリアナが見兼ねて口を開く。
「リリアナは黙ってろ!お前は早くこの試練の解決策を考えろ!これは俺とエルリックとユナの問題だ!」
「そうよ!リリアナは早く答えを出して!」
その言葉にリリアナはまたも黙り込んでしまう。
だがシン達の言い争いは続き激しさを増し武器を取り出し戦いまで発展しそうになる。
「皆様、落ち着いて下さい。何をしようとしているのかわかっているのですか?」
「わかってるわ!言ってわからないなら力ずくで黙られなきゃいけないじゃない!」
「リリアナ様はお下がり下さい、これは私達の問題です!」
「ええ、ですからわたくしは何も言いません。ですが下がるつもりはありません。皆様もお黙り頂けますか?」
リリアナはシンとユナ、そしてエルリックの前へと歩き出した、武器を取り出しているシン達の間に、だ。
突然のリリアナの行動にシン達は戸惑いを浮かべる。
リリアナはこの場にいる誰よりも弱い、それも圧倒的にだ。
武芸の心得など知りもしないリリアナはこの場にいる誰にでも簡単に殺される。
それを分かりながらも今にも戦い始めようとするシン達の間に躍り出たのだ。
「リリアナ様、どういうおつもりですか?」
エルリックもここでリリアナがした行動を理解出来ない。
リリアナの考えはリリアナ以外には誰にもわからないのだ。
「エルリック、黙りなさい」
リリアナが珍しく厳しい口調でエルリックの問いに答える。
リリアナから強く言われてはエルリックも黙るしかない。
「どういうつもりよ」
「ユナさんも、シン様もお黙り下さい。喋る事は許しません」
殺気を放つユナとシンに対してもリリアナは退く事をしない。
強気のリリアナにシン達は言葉を失う。
リリアナの鋭い視線は他の者達に話す事を許さないのだ。
この部屋に入ってから初めての本当の沈黙が訪れる。
『良かろう、汝らの絆は証明された』
世界樹の試練は急激に終わりを告げる。
「どういう事だ?」
シン達の持つ許可証には3の数字が刻み込まれる。
何もしていないのに試練がクリアされた事にシン達は事態の把握が出来ない。
「わたくし達は試練を乗り越えたのです」
ただ1人現状の把握が出来ているリリアナは全員に目を向けシン達に事実を告げる。
「何で合格なんだ?俺達は何もしてないんだぞ?」
「だからこそ合格なのです」
リリアナの言っている事の意味がシン達にはわからない。
ただ何も無い空間で何もせずに居ただけで試練を乗り越えたなどと言われても理解出来るはずがない。
「試練の内容は覚えていますか?」
「絆の力を示せよね?それが何で何もしない事なのよ」
絆の力、試練の内容はだったそれだけだ。
だがらこそシン達は苦戦し仲間同士で争いが起こる直前までなっていたのだ。
「正確には何もしないのではありません」
「意味がわからないですリリアナ様」
「良いですか?何故わたくし達がこの面々で試練を受けたのかわかりますか?」
「仲間だからだ。だがらこそ絆の力を試されたんだろ?」
シンの答えは全員が思っている事だ。
仲間だからこの世界樹の試練に一緒に挑んでいるのだ。
「ええ、ですがその仲間と皆様は何をしようとしていたのです?」
「戦おうとしてたわね」
リリアナに言われて少し理解出来た。
絆を見せるはずが逆に争い仲間を傷付けようとしていたのだ。
「だが何で俺達を黙らせたんだ?」
そしてそれをリリアナは止め誰にも喋る事を許さなかった。
「エルリックが初めにわたくしに何を言ったか覚えていますか?」
「私はリリアナ様を信じて待っていると言いました」
リリアナの言葉にエルリックは答える。
自分の言った事は自分が1番覚えている。
「それが答えになります」
「まだわからないわ」
「エルリックはわたくしを信じわたくしが答えを出すのを待ちました。それはユナさんやシン様も同じ事を言っています」
「言ったわね」
「この試練の答えは沈黙。それが正解です。仲間を信じ己を信じ、ただひたすらに答えを導く為に思考する。仲間を信じる事、それがこの試練が試す絆の力です」
リリアナの導き出した答えにシン達は納得するしかない。
事実リリアナのお陰でこの試練は乗り越えられたのだから。
「でも沈黙なら最初の方にもしてただろ?」
思い付いた事をやり尽くし円を組んで座り込んだ時も沈黙はしていたはず、そうシンは思っている。
「いいえ、あの時は独り言などをしていました。それでは沈黙になりません」
リリアナの言葉にシン達はその時の事を思い出していた。
確かに小さな声だが独り言は呟かれていた。
「どうして答えがわかったの?」
こんな答えは普通はわからない。
だが答えを導き出したリリアナにユナは何故なのか聞く。
それはリリアナ以外の誰もが思っていた事だ。
「皆様が喧嘩を始めた時です。止めに入ったシーナさんをシン様は関係ない奴は止めるなど言いました」
リリアナから言われてシンは慌ててシーナに謝罪をする。
勢いで言ってしまった事とはいえ許される事ではないからだ。
「その後エルリックも混じり争いは続きます。その時エルリックはわたくしに言いました。これは私達の問題だと」
「何故それが答えに繋がるのです?」
「私達の問題とはどういう事でしょう?」
エルリックの質問にリリアナは質問で返す。
「あの争いはシンやユナさんと私の争いです。ですのでリリアナ様が関わる事ではないという事です」
「それが違います。あの争いはこの試練によって起こった争いです。なのに何故わたくしはあの争いに関係ないのでしょう?一緒に試練に挑んでいたわたくしがです」
「確かに試練にイライラして言い争いをした。仲間のリリアナ達と一緒に試練に挑んでるから無関係とは言えない。だがどうして沈黙なんだ?」
「あの時言ったはずです。止めに入ったわたくしにリリアナは黙って答えを出せと、それがきっかけです。もしかしたら何も無い空間で絆の力を示せと言われ、仲間で解決策を話し合わないはずがありません」
「ですがこの試練の答えは沈黙でした。話し合っていては合格になりません。それは次第に仲間への不信感に変わり仲違いを引き起こすのではないのかと。そうなれば先ほどのような事になります、そうなるように仕組まれていたのでしょう」
「後は何をすれば良いのか?答えは逆です。何もしないのがわたくしの出した答えでした。正直合格となった時は何て趣味の悪い試練だと思いました」
リリアナがいなければシン達は世界樹の最初の試練すら突破できなかった。
一体何組の挑戦者がこの最初の試練を乗り越えられるのだろう。
リリアナに改めて感謝を述べ各々争いの事を謝罪する。
「リリアナ」
そんな中転移魔法陣へと向かうリリアナにユナは話しかけていた。
「何でしょう?」
「今回は私の負けね、次は負けないから」
ユナとリリアナは勝負をしていた。
どちらが世界樹の攻略に貢献出来るかの勝負だ。
所詮はユナの完敗と言って良い結果だろう。
「まだ1つ目の試練ですのよ?勝負はまだ続きます」
「こんなのがあと98個もあんのかよ」
リリアナの言葉を聞いたシンは先の長い試練につい言葉を出してしまう。
第1の試練からシン達は精神的にかなりの疲労を感じもう挑戦前の意気揚々といった雰囲気は無くなっていた。




