いざ!共和国へ!
「絶対やだ」
王都の宿屋の一室にて黒髪の青年シンが言った。
『いったい何が気に入らないのさ!この話をするためにボクがどれだけ頑張ったと思ってるんだ!』
頭の中に直接澄んだ声が響いてくる。
はたから見ると独り言を呟く怪しい人に見える。
「いやだって俺行く必要なくない?そんな同盟の事なんか国のお偉いさんの仕事だろ?」
だいたい共和国まで、バイクを使ったとしても片道1週間はかかる。
同行者はエルリックだ、男と2人でそんな旅はしたくない。
『それをボクがわざわざ出向いて君が同行出来るようにしたんじゃないか。それに言わせてもらうけどね、ボクが頑張っている間、君は何をしてたんだい?』
「ぐぅっ!」
それを言われてしまっては言い返せない、決して遊んでいた訳ではないが、とくに何も成果を出せていなかった。
いい考えだと思った鉱石の採取もエルリックに聞いたら犯罪行為と言われてしまった。
完全に手詰まりだったのだ。
『わかったら同行するんだ。君は何も心配しなくてもいい、ボクに任せておけばいい。それに共和国には興味深い者もあるんだ』
「興味深い?何があるんだ?」
ノアが興味を持つものは役に立つ事がある、これまでの経験からシンも興味が出る。
もっともまったく役に立たないものもあるが、ノアが興味持つものはどちらかしかない。
『何だろうね、ボクにもわからない。だが何か気になる、それだけさ』
意味がわからない、時々ノアは訳のわからないことを言う事がある。
だいたいろくでもない事なのでスルーする事にする。
「どちらにしろ行かなきゃならないんだろ?なら従うよ」
そうしてシンは共和国行きを決める、後はエルリックを待つだけだ。
*******
王城内部、国王の執務室にて国王とその腹心たちそれに王子王女が集まっていた。
「私が使者にですか?」
ノアの言う通り、国王へ宰相を通じてウェンズ共和国との同盟を申し出たリリアナだったが国王の言葉に驚いてしまう。
「ああ、同盟を結ぶのだ。それなりの地位の者を送らなければならないだろう?それならばリリアナ、お前が行き共和国との同盟を結んで見せろ」
確かに、エルリックという若い兵士を使者として送るわけにはいかない。
だがまさか自分が同行する事など考えていなかった
しかし自分が向かい同盟を結べたなら王位継承争いの優位に立てるのは間違いないだろう。
ノアに確認を取りたいが呼び出し方もわからないしこの程度の事で迷惑を掛けるわけにはいけない。
自分が有能だと知らせるチャンスでもある。
それに代行者様と親しくなる事も出来るだろう、そう考えるリリアナだが
「父上!リリアナは!」
第1王子レックスが待ったをかけるように声を出す。
(またお前か、毎度毎度邪魔しやがって。黙っていればいいものを)
王子たちが自分の心配をしているなど思ってもいないリリアナは心の中で悪態を吐く。
「レックス言いたい事はわかるがこれはリリアナの考えた事だろう?やらせてみてもいいではないか」
宰相とリリアナが繋がっている事を知っていた国王はリリアナが考えた事と思っている。
そしてリリアナが優秀な事もわかっているため任せてみたいのだ。
「しかし父上!リリアナは!」
誰かに操られているとは言えないレックス王子はそのまま黙ってしまう。
リリアナを思って行動して来た王子だったが国王の決定には逆らえない。
「でばリリアナ、同盟を結ぶため共和国に向かうが良い。同行者はこちらで選んでおく」
そう言った国王だが、リリアナが異を唱える。
「いいえ父上、同行者は私が決めます。まずはエルリックという兵士、そしてシンという旅の者を同行させようと思っています」
そのリリアナの言葉に室内に微妙な空気が漂う。
エルリックは知っているがシンというものを誰も知らないのだ。
「それはダメだ!父上こちらで同行者を選出しましょう!」
またもレックス王子が突っかかってくる、王子はそのシンという者を疑っているようだ。
(バカな兄上ね、そんなダメだとばかり言っていては誰も聞いてはくれなくなるわよ)
リリアナの思っている通り周りには王子がリリアナに継承権を譲らないため意地になっているようにしか見えなくなっている。
そう思っていないのはこの場では第1王女のみである。
「レックスダメだと言うだけでなくなぜダメなのか理由を言ってみろ、ただ否定するだけなら誰でも出来る事だぞ」
レックスは答えられなかった、先ほどと同じくリリアナが操られているとは言えないのだ。
(違うんだ父上、リリアナは操られているんだ)
国王に目線を送る王子だが、そんな事は気付いては貰えない。
レックス王子はただ妹が救えない無力な自分が情けなかった
(これで決まりね。残念ねお兄様、王位は私が貰うわ)
そんなレックスを見て勝ち誇ったように笑うリリアナ、その兄上が1番自分の事を想ってくれているなど考えてもいなかった。
腕輪の能力を使って考えを読んだが、レックスはユナに行かせてはいけないとしか考えていなかったので、それを知りまたもレックスを軽蔑するようになった。
*******
共和国行きが決まり、エルリックを呼び出したリリアナは自室にてエルリックの到着を待っていた。
「リリアナ様、同盟の件こちらの思惑通りになりましたね」
宰相たちがリリアナをたたえている。
「ええ、ああも上手くいくとは思わなかったけど、やっぱりお兄様達は大した事ないわ」
もう悪口も平気で言うようになっているリリアナだが、宰相達にはリリアナの変化に気付けてはいなかった。
「これでリリアナ様の継承は決まったようなものです、お見事でした」
宰相達はリリアナが優位に立った事が嬉しくて仕方がない、リリアナも得意げになっている。
そこでエルリックが到着する。
「リリアナ様のエルリック小隊長がお着きになりました」
メイドが言ってくるので、入るよう命令する。
すると赤茶色の髪を短く切り揃えた青年が入ってくる。
「リリアナ王女殿下、王国軍小隊長エルリック・ニールセン参りました」
凛々しい声で入室して来たエルリックにリリアナは好感を持った。
「あなたがあのエルリックさんね、私はリリアナ、よろしくお願いします」
「はっ!この命にかえましても王女殿下をお守りいたします」
すでにエルリックには共和国まで同行するという任務が出ていたので後はシンを勧誘するだけだった。
「後はシン様ね、エルリックはシン様と親しいのでしょう?」
シン様と様付けで呼んでいる事に違和感を持ったエルリックだったが、まだお互い顔を合わせていないからなのだろうと考えていた。
「はっ!シンは私の友人と言ってもいい間柄だと私は思っていますので、彼の勧誘はお任せ下さい」
「ではよろしくお願いします、出発の予定は明後日の明朝より予定しております。私は王族専用車両にて向かいますがあなた方もそれにお乗りして行きましょうか?」
王族専用車両ではスピードが出ないため片道10日ほどになってしまうが、王女として使者に出るため使用しなくてはならない。
それに生活魔導具でで即席の湯浴みなどが出来るようになるため、リリアナとしては譲れなかった。
「いえ、私共は護衛も兼ねております。なのでバイクにて外側で常に見張りを行いたいと思います」
エルリックの言う通り王族専用車両に乗ってしまうと魔獣などが出現した際、対応が遅れてしまうためエルリック達はバイクでの移動にした。
「そうですか、ではそのようにシン様にもお伝え下さい。本当はすぐにご挨拶がしたいのですが、出発までに執務を終わらせなくてはなりません。急に決まったものですから、エルリック、シン様によろしくお伝え下さい」
「はっ!」
だがエルリックは知らなかった、シンがバイクに乗れない事を。
*******
「え?バイクで行くの?」
当日王都の東門にてシンとはエルリックは王女の到着を待っていた。
「ああ、だから何度も説明したじゃないか、王女護衛なんだ、王族車両など乗るつもりはない」
正直王族専用車両に乗りたかったシンであったが、エルリックにそう言われてしまうと返す言葉がない。
「俺バイク運転出来ないんだけど、それに王女の身近にいるのも護衛の仕事だろ?」
それでもやはり気になるシンは、何とかして理由をつけて乗りたかった。
「なら僕が運転するから、後ろに乗ればいい。僕のは軍用だから楽だぞ?それに王女の周りには専属のメイド達が控える予定だ。彼女達に任せる」
男とツーリングなどゴメンだよ、と心で嘆くシンだがエルリックは譲りそうにない。
すると豪華な車に乗って王女が到着する
「お待たせしていたしました、シン様初めまして、王国第2王女リリアナと申します。此度はよろしくお願い致します」
様付けされ何で様付け?と疑問なシンだったが気にせず挨拶する。
「こちらこそよろしくお願い致します。シンと申します、初めまして、王女殿下にあられましてはお噂通り本当に美しいお方でございますね」
王女なので精一杯礼儀正しくするシン。
王女の左手の腕輪に目がいくが、自分のと違う事に気が付いた。
(俺とは違うな、確か相手の考えがわかるって事になってるはずだ。でも確か使用制限があるはずだ、それに俺の考えはわからないようだしな)
王女の事はノアから聞いていたので、一応は味方と位置付けておく。
「美しいなど、あの方に比べては私など足元にも及びません。しかしシン様に言われては嬉しい限りです。」
シンに美しいと言われて満更でもないリリアナだったが、シンは(こいつ何吹き込まれたんだ?)とノアの仕業である事がわかっているため、ちょっとノアに恐怖を覚えていた。
「お待たせしてしまいましたが向かいましょうか。ではエルリック、シン様、よろしくお願い致します」
そう言って車に乗るリリアナ。
車に乗ったのを確認しエルリックが先導するため、シンに後ろに乗るよう催促してくるさかし。
「シンくんどこ行くの?」
と小さい声が聞こえたので振り向くとそこには短い茶髪を後ろで纏めた赤い長衣を来た少女が首を傾げながら琥珀色の瞳をシンに向けていた。
「シン知り合いか?見たところ赤姫のメンバーなのか?どういう関係だ?」
シンと赤姫副長のナナの関係を知らないエルリックが問いかけてくるので簡単に答える。
「こいつはナナって言うんだ、前に知り合った」
そう言ってナナに近づき
「ちょっと共和国まで行くんだ、ナナも行くか?」
などと言っているとまた別の声が乱入してくる。
「あんたこんなとこで何してんの?って!ナナがいるじゃない!危ないわ離れて!」
と言いまたもや赤い長衣を来た赤い髪の少女が走ってくる。しかし異変に気付く。
「あれ?あんた何でナナに攻撃されないの?えっ?」
びっくりしていたが、マイペースなナナは気にしなかった。
「シンくんちょっと待ってて」
そう言って素早く走るナナ、意味がわからずボケっとしてしまうシンとエルリックとユナだったがすぐさま爆音が聞こえ我にかえる。
爆音の主は先ほど走って行ったナナだった。
小柄な体に似合わず、大きなバイクに乗り混乱するシンを掴み、その怪力でシンを無理やり後ろに乗せる。
「ちょっ、ナナ何してるんだ!」
相変わらず混乱するシンであったが、先ほどお前も行くか?と言ったのを思い出す。
「ナナ何して⁈って言うか知り合い?」
とうろたえるユナを無視しナナは爆音を響かせ走り出す。
「エルリック、先行くぞ〜!」
と叫ぶシンにあっけにとられていたエルリックだったが、王女の乗る車が発進したので慌てて出発する。
「ちょっちょっと待ちなさいよ〜!」
とユナが叫んでいたがもうシンとナナの姿は小さくなっていた。
「どこ行くのよ!も〜私も行きたい〜!」
残されたユナは自分勝手なナナにムカつきながら自分も行きたいと叫んだが目的地がわからないので諦めて宿に帰って行った。
ナナの予定外の参加もあったが、共和国との同盟を目的とした旅はこうして始まった。




