▼一章 〈 計画 〉
嵐は確実にその時を待っていた。
谷から南へ数百キロ先に、寂れた都市がある。そこへ暮らす人々の暮らしぶりは、その街の景色から容易に想像できた。
その都市を首都とする国、(新天地)は、あの忌まわしい戦いを生き延びたある人間が、不毛の地と化したこの場所でこの先暮らしていくために、同じくして生き延びた人々を率いて、建国したと伝えられている。長きにわたり、人々はこの地を住みよい土地へとかえるべく、最大の努力をしてきたが、いっこうに改善は見られなかった。
国民は疲弊していた。
「国民の生活は既に困窮状態にあるのだ。早急に計画を実行しなくてはいけませんぞ。総統。」
「提督、この計画は失敗が許されないのですよ。時期を見誤れば大変なことになるでしょう。」
この国の建国者の子孫で、国家元首のヒラタは、この計画の第一の立案者である提督に、不信感を覚えずには居られなかった。
総統の横にいて、総統ヒラタの2倍はあるかのような巨漢の男は、総統の意見に耳も傾けない様子であった。
その男、提督ダイジ=スズキは、叩き上げの軍人であり、また野心家でもあった。総統の予想通り、実際には、ダイジ=スズキは、国民の疲弊の改善など、全くといって眼中にはなかった。
彼には、今、多大な野心そのものしかなかった。
「いや、総統、提督の言うとおりです。国民の生活を考えれば、この計画もやむ終えないでしょう。」
「総統、私も提督に賛成します。」
周りにいた参謀たちは、提督の本心は知ってか知らずか、皆、彼に賛同している。
「それでは、きまりのようだな。」
提督は満足げに言うと、大きく椅子にもたれかかった。
*
街では、人々が口々に、これから軍隊がどこか遠方に出兵するのだ、と噂にしていた。
少年兵で、街の警備を任されているカガヤは、面白くなかった。
下っ端であるけれども、自分は軍に所属している、という自負心があった彼にとって、軍の重大計画を、町人が知り得て、軍人の自分が知らない、ということが、腹立たしかったのだ。
カガヤは、噂をしていた老父を捕まえて、問いただした。
「おい、お前、ちょっと待て!」
カガヤがそういうと、老父は一瞬、顔を強ばらせたが、声の主が少年の兵であることに多少、安心したようだった。
「お前、軍についての噂を流布したな、罰金だぞ。それが嫌なら、今ここで、その噂を正直に言え!」
「そんな兵隊さん、厳しいこと言わんでください。それにあなたは兵隊さんでしょ、なんでわしに内容を聞くんです?」
「・・・。僕はまだ下っ端だから知らないんだよ、だから、・・・早く教えてくれよ!」
老父は、この下っ端少年兵が滑稽で仕方がなかったが、罰金だけは避けたく思い、噂を彼に伝えた。
「兵隊さん、あんたは、ここから北の方角にある、山に囲まれた谷を知ってるかい。そこはここのような、荒れたところじゃなくてね、わしも見たことはないが、緑溢れる天国みたいなところらしい。大提督様は以前から、そこに我が国を移そうとお考えのようだった。そして明日、軍の一次部隊が、谷へと出発するんだ。」
カガヤは目を輝かせた。幼い頃、母から聞いた、かつての大地。母も、祖母も、曾祖母も見たことがない世界。そんな世界がもうすぐ見られるんだ、と彼は興奮した。
*
「提督、事はすべて順調に進んでおります。」
提督の右腕であり、頭脳明晰な男として、軍内部からも一目置かれている、大佐アツシ=キノシタは、窓から街を見下ろしている提督にそういった。
「よくやったキノシタ。民衆の様子はどうだ。」
「はい、提督への支持は、とどまるところを知りません。」
「それは都合がよい。あほな奴らだ。後は総統をどうにかしなくては。」
「お任せください。提督。」
そういうと、大佐は部屋を後にした。
窓から見える夕日の光が、部屋の中に差し込んでいた。
雲のない今日の空は、遠く、谷を囲む山々まで見ることが出来た。
提督はそんな景色を眺めながらひとり、椅子に腰掛け、これからの展開に、思わず、笑みをこぼした。
第二話です。まだまだ書きたいことがうまく表現できません。