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悪い女は好きですか?

お待たせして、すみません。

玉座の間――勇者との相対にしか使用されぬその部屋に響く魔王の高笑い。声とは裏腹に顔は引き攣っている。

勇者一行は紅茶に1滴ミルクを垂らしたような髪に透けるような白皙の肌の玉座の持ち主に目が釘付けだった。憂いを帯びた怜悧な顔立ちの美女は首から爪先まで布で覆っていると言えるほど露出が低い服装をしているが、よく見ればその服に深いスリットが幾つも入っている扇情的なもの。


「良くぞここまで来たな、勇者よ」


威高気に言う魔王の声は緊張で僅かに震え、見開いたダークブラウンの目の瞬きは忙しない。

玉座の背後に控える宰相の眉間には深い縦皺が寄っている。ネモが魔王となってから、勇者と相対するのは優に100回以上と慣れたものになっていた。それが何を今更、上がっているのか、立ち会っているエレクには理解できない。


宰相は戦うのではなく、文字通り立ち会っているだけだった。と言うのも、勇者たちが一般人(魔族)に大きな被害を出す前に、将軍以下強者たちが魔王城に誘導し、城内では玉座の間に直行させて魔王が退治する。それが先代魔王から踏襲されている勇者への対応だからだ。

魔族最強の魔王が倒せない勇者に他の魔族が無駄死にさせない為には良いやり方である。また、この方法では勇者の成長も低く抑えられる。


「平和を乱す魔王め!」


勇者の叫びに、玉座から立ち上がる魔王。その動きにあわせて、深いスリットから素肌が覗く。何枚も布を重ねた服装なので、素肌が見えることは稀だ。そのスリットの数は多く、重なった布のスリットの隙間がたまたま重ならなければ肌は見えない。


「そのはらわた、喰らい尽くしてやろうぞ」


食人趣味もなければ、肉、それも内臓が特に嫌いである魔王が、あまりにも品の無い悪趣味な台詞を口にし、宰相の額に青筋が立つ。


100年以上負け知らずの魔族最強の魔王とレベルの低い勇者一行の戦いは、毎日練兵場で繰り広げられる魔王の鍛錬以下の有り様。

魔王の勝利を確信したその流れに、宰相は玉座の後ろで書類を決済しているほどだった。



「ノーチラス!」

「はっ」


宰相の声に応じるように、玉座の後ろに掛けられた緞帳の陰から癖のある金髪の優男が出てくる。


「後始末は頼むぞ」


床に倒れ伏す勇者一行を一瞥して宰相が言う。


「畏まりました」


頭を下げ、神妙に返事をする優男。側近として普段のノーチラスはまともだった。


「フフフフフ・・・。どうだ。余は悪い女だろう?」

「・・・」

「・・・」


宰相は頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえ、優男の側近はその美貌を損なう、開いた口が塞がならないといった顔をしていたが、次の瞬間、大声で笑い出す。


「何、言ってんだよ。ネモ。俺を笑死させる気かい?」

「ノーチラス?」


幼馴染の言葉に魔王は怪訝な顔をする。

魔王のらしくない振る舞いに合点がいった宰相は深い溜め息を吐く。


「今日に限って、何故あんな悪ぶっていたのか、漸く理解できました。もう、あんなことはお止め下さい、陛下」

「何を間違ったら、悪い女になれるのさ。こういうのは仕事のできる女って言うんだよ、ネモ」


悪い女ほど魅力的だと偶然耳にして一生懸命頑張った魔王だが、幼馴染にも宰相にも不評だった。


男は自分より仕事のできる女を嫌うと言うが、モテたくて悪い女になろうとしたのに結果的に男に嫌われる姿を見せつけてしまった。

悪い女どころか、間違っていたと指摘されたショックで魔王は思考が一瞬停止した。


「だ、だがな。勇者を討ち取るのは悪いことではないのか?」


一縷の望みに賭ける気持ちで、魔王は言った。


「言いがかりをつけて襲ってきた勇者を返り討ちにするのは当たり前のことです。正当防衛ですよ」


勇者は人間にとっての勇者であって、魔族にとってはただの殺戮者に過ぎないことを、今までの勇者があまりにも弱すぎて魔王は忘れてしまっていた。


こんなに頑張ったのに・・・。


努力が空回りしたことに呆然としている魔王。


「陛下。陛下は魔王です。魔族の王でのですよ。勇者を討ち取るのもお仕事の一つです」

「閣下の言う通り、攻撃してきたのが勇者だろうが何だろうが、正当防衛ですよ。襲いかかってきたのがいくら勇者とはいえ、陛下に何ら非はございません」

「し、しかしだな・・・」


仕事のできる女として男に敬遠されたくない魔王は、何とか悪い女の評価を得ようと食い下がる。


「閣下。もしかして陛下は魔族だという意識が薄いのでは」

「今日に限って?」

「悪い女を演出したかったということは、勇者を倒すことが悪いことだと認識しているとしか思えません」

「100年以上も魔王として君臨しておられるのにか? 人間としてお育ちになったのはたった10年ほどの筈だが、人間としての意識が強いということか」

「もしかしたら、価値観が人間のままなのかもしれませんね。陛下はお優しいから、今まで私たちを守ろうと勇者を返り討ちにしてきたのかもしれません」

「なんということだ。このことに今まで気付かなかったとは・・・」


優男と宰相は魔王を無視して話し込み、宰相は今度は大きな溜め息を吐きながら弱々しく首を振る。


「誰だって気付いていなかったんですから、そう、気を落とさないで下さい、閣下。ネモはそういう奴なんです。むしろ、ネモのフォローして下さい。私だけがツッコミを入れているだけでは足りないんです」

「陛下。この後のスケジュールは全てキャンセルして、魔族としての心得をお勉強しましょう」


珍しく意気投合しているように見えた二人だったが、優男の気遣いの言葉を宰相は完全にスルーした。


「ひぃっ。また勉強か?」


以前の勉強がトラウマになっている魔王の顔は蒼白だ。


「つい最近、魔族の全種族の特徴を覚えていなかったのも発覚しましたが、どうやら陛下は魔族としての自覚が少ないように思われます。魔族の王として、魔族らしい知識や意識を身につけなければなりません」

「エレク! ノーチラスっ!!」


潤んだダークブラウンの目で縋るように宰相と幼馴染を見る魔王だったが、宰相は厳しい顔で、幼馴染は神妙な表情で取り付く島もなかった。


「ネモ陛下。どうぞ、後はお任せ下さい。この不肖、愛の伝道師ノーチラスめが御心のままに、勇者とその一味を改心させましょう」



魔王が黒髪の宰相に引きずられるように退出していったのを勇者一行が見たかどうかは魔王の名誉の為に明かすことはできない。


また、勇者一行が愛する人の為に無謀な冒険を止めるきっかけ――魔王の側近であるインキュバスが何をしたかも明かすこともできない。


ただ、この世界に以前より愛が増え、勇者一行の中で何組かの(同性異性問わず)カップルが生まれたことだけは確かだった・・・。

・ネモ

幼くして父親を倒し、引退させた魔王。

冴えない茶(ミルクティー)色の髪にカカオのような焦げ茶色の目。

男の平均身長並の長身(人間の基準で180強)で断崖絶壁の寄せるものすら無い胸。

現在、嫁き遅れ予備軍の年齢。


・ノーチラス

ネモの幼馴染で側近(秘書か近侍)のインキュバス。下級魔族。

蜂蜜色の金髪にサファイア色の目の優男。

母親同士が仲が良く、他の幼馴染よりもネモと親しい。

魔王への忠誠を誓っている為、魔王に対してインキュバスの特殊能力は使えない。

ネモを心配するあまり、狂犬と呼ばれる状態にもなる。


・エレク

ぬばたまの黒髪に金の瞳の宰相。

上級魔族。

大魔法も楽々こなせる魔力を持つ魔法剣士。


・クレス

黒髪の中年将軍。

爽やかなイケメンで気のいい性格。

魔王ネモの就任時には将軍だった。


・ヘブンリー

赤毛の青年将軍。

精悍なイケメンで口数が少ない。

魔王ネモの就任時からしばらく護衛を務めた。


・ゴールド

深緑と黄色の髪の文官。カレン=デュラの

スラリとしたネモくらいの長身の美女にしか見えない。

常に帯剣しており、剣豪で武闘派文官。切り込み隊長という別名がある。


・カレン=デュラ

深緑と橙の髪の武官。アクセルゼータの副官。ゴールドの兄。

顔は美女だが将軍に値する実力の人物。

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