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か弱い女性は好きですか?

「くれぐれも、くれぐれも陛下を頼みます」


城に詰める兵士たちの練兵場に向かう前に、魔王が呑気に香草茶と軽食を楽しんでいる横で、魔王の側近兼幼馴染のノーチラスは迎えに来た将軍たち(中年&青年)に念を押していた。


見た目にはいずれも美の付く、細身の青年が体格の良い爽やかな黒髪の中年と精悍な赤毛の青年に必死に頼み込んでいるようにしか見えない。借金の返済期日を待って欲しい、という頼み方だ。まさか中性的な美青年と借金の組み合わせを思いつくはずもなく、何を頼み込んでいるかアテレコしようにも、腐った見方以外では思いつかない。


本来ならノーチラス本人が練兵場に付いて行きたいのだが、如何せん、彼は完全に戦闘力というものに恵まれていない種族で、練兵場の新兵にすら負けるほど戦闘に向いていなかった。逆に、ノーチラスを人質に取られては、魔王の身が危ない。魔王は幼馴染(2代続けての友人)たちを盾に取られて、見捨てられるような性格ではないことを親しい者は知っている。

淫魔といえば夢やら眠り、幻覚に関する能力では他の魔族の追従を許さないが、軟弱な身体や動きが遅いなど、マイナスにしかならない要素ばかりで直接戦闘にはまったく向かない。そんなインキュバスであるノーチラスは単体での正面からの戦闘は不向きで、どちらかといえば奇襲や伏兵といった意表を突く戦闘でない限り、単体での戦闘には勝てない。所詮、いくら優れていてもサポート系。単体では役に立たない。


そして、ノーチラスが足手まといにしかならない練兵場には、魔王にとって(魔王本人は知らない)非常に危険な人物がいる。いるというより、宰相エレクを始めとする側近たちに隔離されていた。

練兵場に隔離することしか出来ない人物、それが魔王軍の将軍の一人であるアクセルゼータ。別名、魔王城の勇者。魔王を追いかけ回すストーカー。ストーカーより変態の名が相応しいと淫魔のノーチラスに言われるほど、病的なまでの女たらし。


それでいて、既婚者。


婚活の一環として、まずは異性にモテようと頑張る魔王にとっては不要な存在でしかない。

歴代の魔王は一夫多妻 (先代は違うが)で、ネモも多夫一妻を採っても誰も気にしないのだが、ネモ本人が気にする為、アクセルゼータは論外である。

何より、アクセルゼータは自分が落とせない女はいないと考えるタイプだったので、魔王の安全を図る側近たちは彼を警戒していた。


「わかった。陛下の安全は任せてくれ」

「任せろ」


クレスとヘブンリーは口々に承諾する。

それでも心配なのか、両手を組み合わせ、神?に祈るようなポーズをしながらノーチラスは言う。


「陛下に、陛下に何かあったら、死んだ母と先代魔王夫妻に顔向けが出来きません」

「わかった、ノーチラス。わかったから。今までも、何とも無かったろう?」


クレスの言葉を聞き流し、ノーチラスはギリッと歯ぎしりをする。組み合わせた手に力が入り、手の甲から血が滲んだ。


「陛下の意に沿わないことが起きたら、絶対に赦さない。魔王への忠誠が何だろうが、俺の全能力を使ってでも、あのストーカーをもいでやる」


淫魔は特殊能力と言えるほど長けた術や能力を、魔王に向けないことを忠誠の証として誓っている。魔王の重臣に対してもそれは同様で、その為にノーチラスはアクセルゼータを完全に追い払えずにいた。

いくらアクセルゼータのほうに非があるとはいえ、忠誠の誓いを破れば反逆者だ。魔王と事情を知る側近たちはともかく、全魔族から報復されかねないノーチラスを、気の良いクレスは止めようとする。


「ノーチラス! 危険な橋は渡るな」


ノーチラスはクレスに狂気に満ちた目を向ける。


「危険? 陛下にもしものことがあるほうが問題だよ。陛下にもしものことがあれば、危険とは俺のこと」


口数の少ないヘブンリーが興奮しきったインキュバスを止める。


「ノーチラス、お前は下級魔族の淫魔なんだ。無茶をするな」

「あのストーカーのストーキングくらい淫魔である俺には容易い。いい思いをしている時を狙えばいくらでも、どこでももげる」


フフフフフ・・・と昏い笑い声を上げるノーチラス。


「ノーチラス!」



「ノーチラス。一人劇場は終わったのか? クレスとヘブンリーに迷惑をかけるな」


軽食を食べ終え、香草茶で締めくくった魔王は、幼馴染に声をかける。

魔王は練兵場に向かう前にいつも行われるこの光景について宰相からノーチラスの一人劇場だと聞いていたので、まったく問題視していなかった。


魔王は魔王就任時から将軍位にいた黒髪の男に向き直って、謝る。


「すまないな、クレス」


魔王は魔王就任時に自分の警護をしていた赤毛の男に向き直って、こちらにも謝る。


「ヘブンリーもすまない」


彼女は狂犬と一部で言われるノーチラスの飼い主だ。飼い犬のかけた迷惑を素直に謝れる良い飼い主だった。

ノーチラスが狂犬と言われるのは、彼の母親と先代魔王夫妻からの遺言のせいである。魔王としては、はた迷惑な遺言だと思うが、娘を思う親心と考えれば気恥ずかしいものの、受け入れるしか無い。


「では、行ってくる。大人しくしているのだぞ、ノーチラス。忠誠の誓いを忘れるな」


魔族女性にしては高身長の魔王だが、大柄な二人の将軍と並ぶとなかなか釣り合いがとれていた。彼らの姿を見ているうちに、ノーチラスは冷静になる。アクセルゼータのような危険人物の近くでも、あの二人がいれば大丈夫だとようやく思えるようになった。

ヘブンリーはネモが魔王になった時からしばらく護衛を務めていたのだ。自分が騒ぐ必要はない。

それでも、ノーチラスは心配で、毎回毎回、あのような醜態を晒してしまう。


中年将軍クレスと青年将軍ヘブンリーを連れて、魔王は幼馴染を執務室に残して出て行った。



「なあ、男はか弱い女のほうが好きなんだろうか?」


扉越しに聞こえてきた魔王の声と、ブフッと誰かが吹き出す音 (多分、クレスだとノーチラスは推測する)。

魔王の質問に二人がどう答えたかは、遠すぎて聞こえてこなかった。

ノーチラスは心の中で思った。




魔族の頂点を極める戦闘力の人物を、どうすれば、か弱い女と言えるのか教えて欲しい。




先程まであんなに魔王の身を心配していたことをすっかり忘れているノーチラスであった。

・ネモ

幼くして父親を倒し、引退させた魔王。

冴えない茶(ミルクティー)色の髪にカカオのような焦げ茶色の目。

男の平均身長並の長身(人間の基準で180強)で断崖絶壁の寄せるものすら無い胸。

現在、嫁き遅れ予備軍の年齢。


・ノーチラス

ネモの幼馴染で側近(秘書か近侍)のインキュバス。下級魔族。

蜂蜜色の金髪にサファイア色の目。

母親同士が仲が良く、他の幼馴染よりもネモと親しい。

魔王への忠誠を誓っている為、魔王に対してインキュバスの特殊能力は使えない。

ネモを心配するあまり、狂犬と呼ばれる状態にもなる。


・エレク

ぬばたまの黒髪に金の瞳の宰相。

上級魔族。


・クレス

黒髪の中年将軍。

爽やかなイケメンで気のいい性格。

魔王ネモの就任時には将軍だった。


・ヘブンリー

赤毛の青年将軍。

精悍なイケメンで口数が少ない。

魔王ネモの就任時からしばらく護衛を務めた。

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