両肩の住人
「あのさ、肩の上に乗るのやめろっていったよね!」
俺は眼の前に座る二つの影を見ながら、指を突き付けた。
「それと、耳元で話されると気が散るんだよ!」
「そうは言われましても……」
「かたのうえが、いちばんきもちいいし」
正座をしている方は、長い真っ白な髪を畳に垂らし、両手をついて俺の方を見上げている。
その隣にあぐらをかいて座っている方は、ツンツンに立てた真っ赤な髪をかき回しながらこちらを見上げていた。
「気持ちよくてもダメなんだよ!肩の上には乗らない!はい、復唱!」
「肩の上には乗りません」
「かたのうえにはのらないー」
「………ったく」
こんなやり取りを何回したことか。
今回も無駄だろうとは思いながら、俺は座り込んだ。
「ひとみ、だいじょうぶか?ゆうび、そろそろくすりのじかんじゃねーのか?」
「左火、薬の時間はあと一時間後です。ですが、そろそろ準備をしておいた方がいいですね」
目の前に座っていた白い髪の方ーーーー右火が立ち上がり、戸棚から色々な物を出し始めた。
すり鉢、すりこぎ、ひょうたん、木のさじ、干した唐辛子、よくわからない緑の液体ーーーー。
「………………」
そこまで見たところで、俺は目をそらした。
「今日は学校でたくさん走りましたからね、体力が戻るような物を入れましょう」
「そうだな。たいーくってやつで、ぐるぐる走ってたからな」
「何も無いところをぐるぐると走り回るのが面白いとは思えませんが、等見がしたいと言うなら仕方ありません」
「あんなの、やすんでさー。おれたちとあそべばいいのになー」
「そうですね。遊べば良いのです」
何かをゴリゴリ潰す音と、2人の楽しげな会話が混ざり合う。
俺はその音たちを背中で聞きながら立ち上がり、廊下へ続くふすまに手をかけた。
と。
「っ………!っごほ……っ!ぐっ……!」
息が詰まる感覚と共に、吐き気がこみ上げる。
「げ、ほっ……!ごほ……っ!」
せり上がってきた感覚は、咳となって吐き出される。
胸に手を当てて抑えようとするが、体は喉の違和感をなくすために必死で、咳が止まる気配はない。
「ひとみ!」
「等見!」
少し離れたところでそれを聞きつけた2人は、俺のところまで跳んで来る。
「ひ…ゅっ………!ごほっ!」
その人間離れした動きを止めろ、と言いたかったが俺の喉は言うことを聞かない。
「私は咳止めと白湯を!左火は等見を連れてきて下さい!」
「おう!だいどころだな!」
右火は目の前でかき消えた。
そして、残った左火は俺を横抱きにして持ち上げるとふすまを蹴破って廊下へ飛び出した。
(あとで、修理しないと………)
真っ二つになったふすまを横目に見ながら、俺はそのまま目を閉じた。