こんな日常
淡い雲が月を覆い隠すように、それは心を侵していく。
気付かないうちに、気付こうとしないうちに。
―――見ようとしたときには、もう見えない。
【Ⅰ】
「等見ーー!サッカー入れよーー!」
帰り道の途中にあるグラウンドの側を通りかかった時、知った声に呼ばれた。
「高任、くん……」
クラスメイトの高任明良。
学級委員長でスポーツ万能。
成績はあまり良くないみたいだが、それもキャラとして受け入れられている。
二年になり、クラス替えで同じ組になった生徒だ。
もう少し付け足すと、あまり関わり合いになりたくない…はっきり言うと、俺の苦手なタイプだ。
「なあ、等見。お前、塾とか行ってなかったよな?時間あるなら、ちょっと入っていかね?」
フェンスの近くまで駆け寄ってきていた高任は、もう一度そう問いかけてきた。
「行ってない…けど、ごめん。忙しいんだ」
「そっかー…。んじゃ、また暇な時来てくれよな。俺ら、放課後は大体ここでやってっから」
(と、言われても…)
来る気はない、と言う前に高任は走って仲間のところに戻って行った。
「はあ………」
ため息と共に、体から力が抜けていくようだ。
「明良ー…あいつも誘ったのかよ?」
「おう、今日は忙しいってさ」
また歩き出した俺の背中を、高任と他のクラスメイトの声が追いかけてくる。
(今日は、というか……)
高任はいつもこんな調子だ。
勝手に人の言葉を、自分のいいように解釈してしまう。
これだから、嫌なのだ。
「あいつは……やめといた方がいいぜ…」
「うん…あいつ、ちょっと変だし…」
(………………)
そんなこと、言われなくとも知っている。
俺自身が、一番。
『あんなこといわれてるぜ、ひとみ』
『ひどいことを言いますね。私がちょっと足でも切ってきましょうか』
『じゃあおれは、てをくってこよう』
『それはいい案ですね』
(おまえら、うるさい!)
左耳と右耳から交互に入ってくる声を、頭の中で怒鳴りつける。
それらは一瞬静かになったが、今度は頭の上の方で聞こえ始めた。
『あいつ、なんてったっけ』
『高任、でしたか。彼はいい子ですよ』
『そうだな。ひとみと、はなしてくれるしな』
『左火、彼の腕は食べてはいけませんよ』
『おう。右火もあいつのあしは、やめといてやれよ』
『もちろんです。彼は等見に話しかけてくれる珍しい人間ですから』
(………………)
誰にも聞こえない声。
誰にも見えない姿。
俺にだけ見えるこいつら。
『等見?どうかしましたか?』
『また、きもちわるくなったか?』
『それはいけませんね。はやく家に帰りましょう』
『そうだな。ひとみ、はやくかえれ』
(誰のせいだと…………)
また近付いた左右からの声に、俺はもう一度怒鳴る気力もなくなる。
ただひたすら、家へ向かう足を速めた。
都々木等見。
俺には鬼が憑いている。