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《feally tale》は営業中  作者: 夏野睡夏
~がらくた娘と人魚の姫~
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魔法使いの暴露

メイメイを自分の腕に座らせるように抱いた深月は、ダニエルに向き直り、無邪気にまなじりを下げた。


「ダニエルさんて魔法使いなんですか?」


現実とは思えない不可思議な現象を目の当たりにした第一声がそれかと、梓は思わず心の中で突っ込んだ。けれどあまりに平然としている深月に、罵倒を浴びせるのも馬鹿馬鹿しく、何も言わない事にした。


思い起こせば、深月はもともとこういう出来事に際し、人より馴染みやすい性質なのだ。


「さあねぇ、君がそう思うならそうかもしれないね」

ダニエルは茶化すような口振りで破顔し、首を竦める。そんな真剣味の欠片もない彼に対して、深月は深く追求してこなかった。あまりその辺の真偽について頓着は無いらしい。


代わりに思い出したように「あと」と付け足した。

「あと、質問ついでにもう一ついいですか?」

「なんだい?」

「この前来た時から気になってたんですけど」

深月は、それまでとなんら変わらぬ口調で(のたま)った。





「雪白ちゃんと薔薇紅ちゃんて人間ですか?」





こぼれた問い掛けに、一瞬で密度の濃い静寂が立ちこめる。

その突拍子も無い一言に、顔色を変えたのは梓の方だった。


狼狽と焦りの入り混じった顔で傍らを仰ぎ見ると、ダニエルは別に何も聞かなかったように、眉一つ動かさず深月を真正面から見据え、穏やかに切り返した。

「どうしてそう思うんだい?」

「え、そう言われると困るんですけど…」

深月は僅かに口籠もり、言葉を捏ね回すようにもごもごと唇を動かした。


「雪白ちゃんにも薔薇紅ちゃんにも、すぐに打ち解けられたのが自分でも気になって。私、ヒトってあまり好きじゃないけど、二人には初対面から好意が持てたから、ひょっとしたらって…」

語尾は確信なさげにトーンが下がった。


確固たる根拠は無いようで、要するにただの直感なのだ。メイメイの名前同様突飛な発想だが、ダニエルは軽く息をつき、肩を上下させた。

「それにしても」

赤茶と青の双眸で、まじまじと少女を見つめながら呟いた。

「恐ろしく勘がいいんだね」

「やっぱりそうなんですか」

「あの姿のあの子達と接して、見抜かれたのは初めてだよ」

尊敬と憧憬をないまぜにした口調で嘆息するダニエルから、今度は視線を真横にスライドさせる。

「あーちゃんは知ってたの?」

「んー、うん、まあね」

矛先を向けられた梓は観念したように肩を落とす。邪気の無い深月の瞳に射抜かれ、少しばかりばつの悪い思いで眼を逸らし、睫毛を伏せて頬を掻いた。


「バイトを始めて二週間くらい経った頃に。店で螺旋(ねじ)のきれた薔薇紅を見つけてね。あれはびっくりしたな」

「そうだったんだ」

それはそうと、先程から話題の中心となっている双子の姿が見受けられない。性懲りもなく夜更かしをした皺寄せの睡魔に囚われ、梓が店に顔を出した時から二階の寝室で爆睡状態なのだった。






席を外してくれるかと頼まれ、店にダニエルと深月を残し、梓は一旦住居スペースに引っ込んだ。


二人の会合の次第は梓に知る由も無く(聞こうと思えば盗み聞きできなくもなかったが、そこまで悪趣味ではない)どのようなやり取りを交わしたのかは分からなかったけれど、もういいよと呼びに来た深月の面差しが、一皮向けたように晴れやかに見えたのは、錯覚ではなかったと思う。


深月は持ってきたトートバッグの中を整理し、これ以上ないほどの丁寧さでメイメイを座らせ、見送りに出た二人に何度も振り返って手を振りながら帰っていった。


階段を下っていく深月の頭のてっぺんが完全に見えなくなると、梓はちらりと傍らのダニエルを盗み見た。


螺旋(ねじ)のことに然り、双子のことに関しても腑に落ちない点が多い。

自分の場合、真実に触れてしまったのは不慮の事故のようなもので、それに伴う一連の事実を知ることになったのはいわば不可抗力だ。


だが深月に対し、わざわざ螺旋の秘密を明かす必要があったのだろうか。


双子の正体も、誤魔化そうとすればいくらでも誤魔化せたはずだ。

その辺りの事情や思慮について詮索していいものか判断がつかない。

ダニエルは普段から飄々としており、すべてにおいていい加減に見えるが、自分の領域には容易く他人を踏み込ませない一種の冷酷な雰囲気を持っている。それを、梓は短い付き合いの中からも心の深い部分で確信していた。

物問いたげな表情を読んだのか、名残を惜しむように掲げていた片手を下ろしながらダニエルがこちらに顔を向けた。


「気になる?」

どの部分を示しているのか微妙だったが、とりあえず首肯した。ダニエルは微かに唇に孤を描く。


「本当は理由を問われても自分でもよく分からないんだ。やったことが正しかったと、胸を張れる自信も無い。ただ、そうするべきだと思ったんだ」


一語一語を噛み締めるようにしながら語るダニエルに、梓は言葉を選びながら会話を進める。

「そうするべきって、具体的に言うと?」

「彼女に対して」

「…この場合、どっち?」

我知らず声のトーンが下がった。ダニエルは苦笑する。


「厳密に確定するのは難しいんだけど、どっちかと言えばメイメイかな」


視線を深月達が消えた方向へ移しながら、眩しいものを見つめるように眼を細めた。

「メイメイの心は真っ暗だった。飾られ愛でられるために作られ、それが使命であり存在価値であったはずの彼女を、作り出しておきながら勝手に壊し、挙げ句に棄ててしまった持ち主に―――ひいてはすべての人間に対しての、怒りと憎しみで真っ暗に塗り潰されてた」

淡々と紡がれる言葉は、口調の静けさと裏腹に胸を掻き毟られるようなメイメイの心情そのものだった。


どのようにして知ったのか、いくつか疑問は沸き起こったものの、梓は黙っていた。

口を挟めるような気配ではなかった。


「そんな彼女を見つけて、手を差し伸べたのが深月ちゃん。深月ちゃんは誰にも聞こえなかったメイメイの声を…いや、人形の声に耳を傾けることができた。そうゆうの、大多数の人間は異端視するかもしれないけど、それはすごく貴重な才能だ。誇っていい。

ただ耳を傾けることと聞くこととでは意味合いが違うからね。メイメイを渡したのは、そういう感性を大切にして欲しかったってのも理由かな」


壊れ果てたメイメイを優しく撫でていた深月を思い出し、梓は胸元を掴んだ。

ダニエルが励ますように続ける。

「大丈夫、あの二人なら」

「…そうだね、水の精同士うまくやるよね」

「何?水の精って」

思わず口にした梓の呟きを、ダニエルが不思議そうに問い返す。しかし自分の勝手な連想についてまでいちいち教えてやるいわれはないので、梓は謹んで口をつぐむと一つ笑顔を残し、さっさと踵を返した。


店に入る刹那、一陣の風が周囲を通過し、庭木の杜松(ねず)がざわざわと騒めいた。


ついこの間まで感じられた、まどろみのような芽吹きの甘さは消え、清々しい初夏の清洌な芳香を含んだ風が、遊びに誘うように軽やかに梓の髪を撫でた。





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