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《feally tale》は営業中  作者: 夏野睡夏
~がらくた娘と人魚の姫~
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ゴミ捨て場の再会


報告を受け、その場にいた全員が言葉を失う。


「わたくしの責任です…」

重い沈黙を破ったのは、白衣を着た黒髪の女性だった。若いが今回の実験の中心人物だ。

「わたくしの責任です。あの星を実験場に選んだのは、わたくしです…」

沈痛な面持ちで低く告げる女に、隣にいた年配の博士が慌てて首を横に振った。


「貴女一人の責任じゃない。私達全員も、貴女の意見に賛成した」

「でも!」

「自分を苛めるのはやめたまえ!」


自責の念に駆られ、なお言い募る彼女だっだが、娘を諭すように男が言うと、俯いて唇を噛んだ。


「とにかく、今は責任の追求をしている場合じゃない」

二人の前で、机についていた参謀がきっぱりと言った。


だがその顔には、二人に負けず劣らず狼狽の色が浮かんでいた。










「この女の人が悪いんだよ!」

「この女の人が悪いのよ!」

興奮した雪白と薔薇紅が、テレビにとびつかんばかりにばたばたと騒いでいた。


喫茶『フェアリーテール』に隣接した、彼女達の住居。そのリビングで少女達とテレビを囲みながら、(あずさ)は紅茶をすすっていた。空いた時間にこうして彼女達に付き合いテレビを見ることは、ここ最近日課になっていた。


一人テーブルに腰を据えた梓は頬杖をついて、床に座り込んで騒ぎ続ける雪白と薔薇紅を細目で見下ろした。

(全く、飽きもせずよく同じ話を何回も見るよな…)

双子は今ダニエルに感化され、一昔前のヒーローアニメに熱中していた。現在進行形鑑賞作品のタイトルはウルトラセ〇ン。彼女達にせがまれ、最初は嫌々席を供にしていた梓だったが、近頃はいつの間にか自分もストーリーに引き込まれてしまう。案外深い話もあるのだ。


子供番組侮り堅し。


しかし考えてみれば、作っているのはいい大人なのだから当然かもしれない。

と、あれやこれや思考を巡らせている自分に気付き、苦笑した。そんな事に頭が傾く自分が可笑しかった。

(仕方ないか、これだけ暇じゃあ…)


今は休憩時間なので店を空けてることは構わないのだが、実を言うと時間帯は余り関係が無かった。日頃から客足の多い店ではないのだ。

今日は特に、朝から店に閑古鳥が三、四羽は鳴いている(いつもは親戚が鳴いている)


この店の利益の大半はネットによるケーキの通信販売だ。その割に店舗面積は無駄に広い。立場上自分が口にするのもなんだが、こんな広い店もバイトも必要ないのではないだろうか。

(…ヒマだ)

掃除も全て終わり、やることが無い。客が来なければ、こうしてぼーっと座っているしかなかった。

手持ち無沙汰で過ごしている時間も時給が支払われるのかと思うと、梓はなんともいえない情けない思いに苛まれ、大きなため息をつく。こればかりはどうしようもないと分かっていたが、働かないで給料を貰うことに、生真面目な梓は抵抗を感じるのだ。


(ダニエルん家の家事ももう全部やっちゃったし、本当になんにもやる事ないなぁ…)


一人物思いにふける梓の耳に、満足した薔薇紅の声が響いた。

「あー楽しかった。ねえ梓、次これ見よう!私これ好きなの、ポイって投げるとどーんて出てくるヤツ!」

「ゆきしろは、最後焼きえびになっちゃうはなしが好き!梓は?」

「あー、私はこれかな。キャラ的に…」

二人の呼び掛けに対し、梓は明後日の方向を見ながら近くに転がっていたDVDのケースを指差し、名前も忘れたカニカマみたいな造作の怪人を示したが、口調はなげやりそのものだった。そもそも好きだと言っているくせに、双子は揃って怪獣の名前を覚えていない。


と、唐突に扉が開いて、キッチンに引き込もっていたダニエルが顔を覗かせた。

「梓、ちょっと頼まれてくれるかな?」

「何っ!?」


動きたくて仕方なかった梓は飛び立つように立ち上がった。そんな彼女の鼻先に、ダニエルが大きな空きビンを突き出した。

「これと同じ蜂蜜を買ってきて欲しいんだけど」

それは、蜜蜂と白い花の描かれたパッケージシールが貼り付けられた、片手では収まりきらない大振りのビンだった。

「隣町のオーガニック食品専門店にしか売ってないんだ。いつもは箱で注文するんだけど、僕としたことがうっかり切らしちゃった」

そんなぽかは年中だったが、梓は初めてダニエルの適当な性格に感謝した。

「了解、いくつ買ってくるの?」

「とりあえず一つで平気。出すからタクシーで行ってきて」

「そんな急ぎなの?」

「いや別に」

「ならバスで行ってくるよ、もったいない」

梓はダニエルからビンを受け取ると、着替えを取りに奥の荷物置場に引っ込んだ。








店名と住所、それから簡単な地図の書かれたメモを手に、梓はバスを乗り継いで目的の店へと向かった。


店主と思しき小柄な男性は、既にダニエルから連絡を受けていたらしく、梓が来店するとすぐに気付き、用意してあった蜂蜜を笑顔と共に渡してくれた。


手首にかかる紙袋に入った荷物の重さと、清々しい気持ちを胸に、礼を言ってその店を後にした。

来た道を戻り、誰もいないバス停に並んだ。持ってきた文庫本を開いて待つことにしたが、大して読み進まぬうちにバスは到着し、降車する人が多かったおかげで、運良く一人がけの席に腰を降ろすことができた。

(やれやれ…)

一息ついた心地で背もたれに深く身を沈め、ぼんやりと窓外に視線を投げる。後は終点までこのままでいればいいのだ。


走行による振動と、窓外から注ぐ陽光の温もりが眠気を誘い、梓は眼を開けたまま半分眠っているような心地で外の景色を眺めた。景色は視界の表面を滑るだけで思考の内部には入ってこない。


住宅地に差し掛かり、バス停の前で停車した。梓の視線の先には曲がり角と、そこにあるゴミ捨て場が見えた。

網で覆われているわけでも、コンクリートの囲いがあるわけでもない剥き出しのゴミ捨て場には、ゴミ袋が山と積み上げてあった。夜に収集車が訪れるこの地区では珍しいことではないが、ふと梓は半覚醒の状態から引き戻され、背もたれから身体を起こした。



ゴミ捨て場の前に、女の子の姿があった。



白いブレザーの制服を着たその少女は、ゴミを捨てに来た住民に思えなくもなかったが、梓が怪訝に感じたのは、少女がしゃがみこんでゴミの山に手を伸ばしていたからだ。

ほんの五メートルほど先に蹲る、少女の横顔が垣間見えた。

その顔を、知っているような気がした。


「…………?」


記憶の糸を手繰り寄せていた梓はあっと声を上げて立ち上がると、既に発車しかけていたバスの降車口に慌てて駆け寄り、運転手に平謝りして途中下車した。すぐさまゴミ捨て場に直行する。


やはり少女はゴミを捨てているのではなく、捨てられたゴミを引っ繰り返して中身を漁っていた。

その様は通行人が目撃したならばぎょっとするか、見てみぬふりをするだろう常軌を逸した振る舞いだった。


梓は危ぶむ顔をしながら、ゆっくりとした足取りで少女に歩み寄ったが、相手は気付いていないのか無視しているのか、ゴミ袋をいじくる手を止めなかった。

近付くにつれ、ゴミ捨て場独特の形容しがたい異臭と、ビニール袋が立てる乾いた摩擦音が大きくなる。

少女の真後ろに屹立し、小柄なその背中を見やりながら、梓は迷うように声をかけた。



「………深月(みつき)?」



その呼び掛けに、少女はぴたりと動きを止めて腰を上げ、振り返った。


茶がかった少しくせのある髪に、さくらんぼのような赤い髪どめをつけている、子供っぽい容姿の少女。

梓が通う公立高校のセーラー服とは異なる、私立高校の白いブレザーを身に纏ったその少女は、童顔にきょとんとした表情を浮かべながら口を開いた。


「あーちゃん?」


小首を傾げた少女を前に、疑問が確信に変わった梓は、息を吸い込むと声を張り上げた。

「やっぱり深月、あんた一体なにやってんの!?」


叱責口調の梓の言及に、けれど相対する娘は懐かしそうに眼を細めて破顔し、昔からの愛称で梓を呼んだだけだった。

「わー、あーちゃん、あーちゃんだ。久しぶりだねえ、こんなところで何してるの?」

「それはこっちの台詞!」

周囲を気にしながら梓が鋭く訊ねて、ゴミスペースから彼女を引っ張りだした。


掴んだ腕から視線を下方にスライドさせると、少女の両手には薄汚れたうさぎのぬいぐるみがしっかりと握られていた。

梓は感情を押し殺しながら、同時に荒々しく言い放った。


「あんた、まだこんなことやってんの?」

言われた深月は肩を竦め、叱られた学童のようにばつの悪そうな顔になって弱々しく抗議した。

「だってほっとけなかったんだもん、しょうがないでしょ」


ゴミ捨て場に膝をついていたため汚れた足元やスカートを、梓は素早く払ってやりながら、彼女の後ろに眼をやった。破けたゴミ袋が中身の紙くずや段ボールを曝け出しているが、生ゴミが入っていなかったのが幸いだった。

きっ、と深月を睨み付け、強い口調で深月に命令した。

「とにかくここから離れるよ。誰かに見られたらどうするのさ」

小柄な深月は憤然とした様子の梓を不思議そうに見上げていたが、目的が達成されていたためか、特に異義は唱えず大人しく従った。






少女の名は高坂深月(こうさかみつき)といい、梓の友人だった。

とはいえ同じ町に住んでいながら交流があったのは小学校のごく短い期間だけで、親密とは程遠い関係だった。中学は一緒だったものの一度も同じクラスにならず、高校は別れたため、梓の記憶力に誤差が無ければ、こうして話をするのは実に五年振りだ。


それでも、お互いすぐに相手の判断がついたのには理由があった。

一つは深月の容姿が当時から余り変化がなかったこと。そしてもう一つは、彼女にこんな風に声をかける人間は、彼女の家族以外には当時から―――おそらく現在も、梓一人しかいなかったからだ。






そう大きくはない建売住宅の玄関口で、深月は無邪気に梓に微笑んだ。

「あーちゃん、久々に寄ってってよ」

その誘いに、深月を家まで送り届けたらすぐ帰るつもりだった梓は困惑した。

お使いの途中でもあり、断るのが妥当だが、彼女の誘いを辞退することに心理的な抵抗が働いた。


何故かと問われれば理由は定かではない。曖昧な感情が頭の中で理性と拮抗していたが、時間の空隙をまるで感じさせない屈託の無い振る舞いに引かれる形で、玄関の扉を開けた深月の後に続いた。


ただいまぁと呑気な声で帰宅の挨拶を発し、上がり口に腰掛けてマイペースに靴を脱ぎはじめた深月を見下ろしていると、玄関から直行の短い廊下の先にあるダイニングキッチンの暖簾を掻き分け、前掛けをつけた中年の女性が顔を覗かせた。


「お帰り」

張りの無い、どこかくたびれた印象を受ける声音で、その女性はスリッパの音を立てながらやってきた。

口元の皺が、薄暗い玄関でもはっきり見て取れる、声同様表情や動作にも、どことなく疲れた生活の匂いが漂っていた。

女性は靴を脱ぎ終えた深月の手元に眼をやると、呆れというより諦観に近い眼差しでため息をついた。


「…またなの?」

「うん」


短いやり取りだったが、それが何を表しているか、梓に解らないわけではなかった。

痛々しさに近い思いで見つめていると、注視に気付いたのか、深月の母親の視線が梓に向かって吸い寄せられた。


「………あら」

「お母さん、あーちゃんだよ、覚えてるでしょ?何度か遊びに来たじゃない」

眉根を寄せた母親は、深月の説明に驚いたように眼を丸くした。

「梓ちゃん?」

「あ、お久しぶりです」

礼儀正しく会釈した梓に、それまで生気の欠けた空気を漂わせていた母親は、狼狽と喜びの中間のような複雑な顔で口元を覆った。


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