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《feally tale》は営業中  作者: 夏野睡夏
~仔猫と薔薇と段ボール~
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子猫は満足

閉店時間を過ぎた『フェアリーテール』内、梓は携帯片手に通話相手をまくしたてていた。

「朱里、どうだった…え?二人見つけた!?本当!サンキュー助かったよ。これで三人だ」

友人に丁寧に礼を言って電話を切り、振り返った。客用のテーブルに頬杖をつく男一人と無邪気な面持ちの少女二人に、疲労の浮かんだ眼差しを投げる。


「なんとか貰い手見つかった」

「いやー、梓に情報通な友達がいて助かったね」


万事解決といった風情で手を打ち鳴らしダニエルは腰を浮かせた。

空いた椅子に崩れるように座り込むと、梓は精魂尽きたといった様子でテーブルに突っ伏した。

「こんな大事になるなら最初っからこうしとけばよかったよ…」

警官から尋問された経験どころか、警官とまともに対峙した経験も皆無な梓は、心身共にざっくりと削られた思いで低く呻いた。


そんな彼女に騒ぎの原因、もとい心労の元凶である栗毛の少女が、別に何事も無かったようにいつも通りの快活な口調で訊ねた。

「ねこちゃんたちはあずさのお友達がもらってくれるの?」

「そうだよ」

言葉少なに応じる梓。薔薇紅はうんうんと満足そうに笑いながら頷く。自分で飼えないのは少し残念だが、捨てるよりは百倍マシなのだろう。機嫌とテンションはとっくに日常レベルに戻っていた。


突拍子もないことをやってのける薔薇紅の性格は把握していたつもりだが、ここまで事態を大きくするとは思わなかった。だが多少なりとも自分にも責任があるため、頭ごなしに叱り飛ばすわけにもいかず、梓は消化しきれぬ大量の感情をため息として吐き出すしかなかった。


ひねくれた見方をすればふてぶてしい薔薇紅を、せめて視界に入れぬよう、テーブルに顔を埋める。

魂が抜けていくような、なんともいえない感覚に梓が沈んでいると、ふと、鼻腔に馴れ親しんだ優しい香りが流れてきた。


緩慢な動作で上体を起こすと、使い込んで味わい深い色を醸し出すオーク製のトレーを掲げて、微笑を湛えたダニエルが立っていた。

「ご苦労様、梓。お詫びってわけじゃないけど、これ新作だよ」

目の前に置かれたトレーにはアンティーク調のティーカップに注がれた湯気の立つ紅茶と、眼の覚めるような光沢を放つ金色のモンブランが乗っていた。


「これは、何?」

「あててごらん」


梓の質問に、双子の前にも同じケーキを置いた金髪の店主は、悪戯っぽく笑って腕組みした。


梓は別に、モンブランがわからなかったわけではない。彼女が訊ねたのはケーキの名称だった。

『フェアリーテール』で提供する菓子類は、店名に由来する通り、すべてに童話のタイトルがつけられている。例えばカボチャのプリンに粉砂糖で馬車が描かれ、周囲にマジパンで作った動物や靴が飾られた『サンドリヨン(シンデレラ)』や、鮮やかな苺やクランベリーをたっぷり使用したショートケーキ『白雪姫』など。

今度も当然何かしら童話をイメージしたに違いない。なので先の梓の発言を補うならば「今度は何をモチーフに作ったのか」という意味合いの問いだったのだ。


ダニエルは含み笑いを浮かべて口を閉ざし、雪白と薔薇紅は興味深げにそんな二人を見守っている。

梓は軽く顎に手を当て、覗き込むようにケーキを隅々まで眺めた。


細い金口で絞りだされた、黄金の糸のようなマロンペースト。その上には三角形に切り取られたチョコレートが飾られている。そしてそんなモンブランを包むように、真っ白な皿には黄緑色の飴細工が施されていた。縁がぎざぎざして、内側に筋が描かれているそれは、レタスの葉っぱに見えた。


それが確信の決め手となった。再度全体を眺めてから、梓はダニエルに顔を向けて、右手の人差し指を立てた。

「ずばり、タイトルは『ラプンツェル』でしょう?」

「ずばり、大正解」

ダニエルは親指を立てて満面の笑みで応じた。当てられたことが純粋に嬉しいといった態度だ。

『ラプンツェル』――塔に閉じ込められたラプンツェルという娘が王子と出会い、苦難の末に結ばれるという物語――は、グリム童話の中では比較的メジャーだろうが、ラプンツェルがちしゃ(レタス)のことだと知る者はそう多くないだろう(正確にはレタスでもないのだが、植物学的な話になるので閑話休題)

梓は根っからの理数系なのだが、民俗学者だった祖父の影響で、こういった物語に関する素養が、一般の人に比べて多少深かった。


見抜かれたというのに心底喜んでいる店主を前に、どうにも釈然としない思いにかられはしたが、とりあえず煩わしい思考は遮断し、フォークを手に取った。

既にかぶりつくようにケーキを咀嚼している雪白達に一瞥をくれてから、小さく切って口に含む。しっかりとした甘さが頬の内側と舌を撫で、幸福感に自然、口元が綻んだ。





後日、梓が調達した猫用のベッドと、ダニエルが用意した焼き菓子の詰め合わせと共に、薔薇紅の拾ってきた子猫たちは無事に里親の元に貰われていったのだった。




店名。


梓「今更だけど、店のスペル間違ってない?」

ダニエル「どれ?(電子辞書検索)あれ、本当だ。うーん、俺ってよく英語勉強しないうちに日本語習っちゃったから英語力低いんだ」

梓「英語力じゃなくて注意力の問題だろ…どうする?掛け看板作り直す?」

ダニ「うーん、でもこの看板愛着あるし、このままでいいよ。それにこの方が味があっていいよ」

梓「味ってなんの?」

ダニ「fairy taleは『童話』って意味だけど、こう書くことで『うちの店』というオリジナリティが出ている訳」



こんな経緯。

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