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気象予報士 【第2部】  作者: 235
悪夢への対処
7/33

7

「あれ? 家の前に車が・・・。セールスかな?」

 我が家に近づいて、銀色のスポーツタイプの車が、家の前に停まっている事に気付いてつぶやく。

「あら!? あの車は・・・!! そうよ、『蒼羽さん』のだわ! あーん、どうしたのかしら。緋天ちゃんが連れてきたの? さすが、私の娘!!」

 急にはしゃぎだした妻を横目に、まず、自分の車を駐車場に入れながら、口を開く。

「緋天の友達か? なんでそんなにはしゃいでるんだ」

「だって、すごいカッコいい子なのよー。あー、どきどきしちゃう。あら、やだ、私は裕一さんひとすじだから。うふふ」

 その言葉を聞いて、つい頬が緩みそうになりながら、前半部分に反応する。

「な、友達って、男なのか!? 親のいない間に上がり込むなんて! ちょっと注意してやらんと」

 可愛い娘の、友達、というカテゴリーに入る人間に、男はいないはず。

 いつの間に男友達ができたのだ、というショックと、自分の知らない内に、緋天がその彼を家に上げて、あまつさえ、妻も承知の上だなんて、と。瞬時に頭が沸騰しそうになった。

「もう、何、カリカリしてるの。緋天ちゃんの上司よ。失礼のない様にしなきゃ。就職した事、話したでしょ?」

 ふぅ、と、先ほどの興奮も冷めた様子で、妻が息を吐く。

 上司という言葉に、一社会人としての自分が浮上した。

「あ、ああ・・・。そういう事は早く言ってくれ。嫌な汗をかいたよ」

 

 

 

 

 緋天の家の駐車場に、赤いセダンが停まった。両親が帰ってきたのだと判断して、まずベリルに電話をして。緋天を見張るよう言い渡す。

 車から降りた二人を確認して、自分も外に出る。

 緊張、というものを、久しぶりにしている気がした。

 

「あら!? 家にあの子といるのかと思ったわ。どうしたのかしら?」

 緋天の母親が後ろから近付いた自分に気付いてつぶやく。

 間近で見ると、その驚いた顔に、緋天に通じるものがある。肩に入っていた力が少し抜けた。

「あの・・・」

 ベリルに教えられた通り、礼儀正しい言葉遣いで。一気に言い切る。

「突然お邪魔して申し訳ありません。緋天さんと同じ会社で働いております、蒼羽・ウィスタリアと申します。実は、緋天さんの事で取り急いでお話したい事があるのですが、お時間を頂いてもよろしいでしょうか? 彼女が帰ってくる前に、お話したいのですが・・・」


 嫌われたくない。門前払いをされたくない。

 一心にそれを思って、とにかく言葉を紡いだ。緋天の今の状態を伝えるという事よりもまず、自分に対して負の感情を抱いて欲しくはなかった。彼女以外にどう思われてもいいはずなのに。


 顔を見合わせる緋天の両親は、無言で会話をしているようにも見えて。

 流れる沈黙を破って父親が口を開く。

「・・・いつも娘がお世話になってます。私は父親の裕一で。こちらは妻の祥子です。えーと。何か大事な話なんですね? とりあえず、家の中へどうぞ」

 



 

「さて。あの子の話となると、会社で何かあったのかな? あ、いや、君があまりに若いものだから。どうも息子と同じ位の歳に見えてしまって。失礼ですが、おいくつですか?」

「・・・21です。そう思われるのは当然だと思いますから。できれば普通にお話し下さい」


 深いワイン色、とでも形容すればいいだろうか。黒でも茶でもない、初めて目にするその色を持つ双眸を見て。その顔は自分の部下よりも頼りになるように思えてしまった。独特の空気、と言えばいいのか、すでに何かの貫禄がある。一瞬目を伏せた彼が顔を上げた。そして真っ直ぐ自分の目を見る。

「・・・一昨日、金曜日の夜ですね。緋天さんが帰宅途中に、その、言動のおかしい男に会って。あ、いえ、声を上げたら、すぐに近所の方が出てきたそうですから。警察もすぐに来て。その男は何もせずに、捕まりました」


 いきなり。

 想像もしていなかった、いや、ある程度は何か悪い話だろうと予測はしていたが。聞かされた話に驚いて、ソファから腰を上げた。隣で祥子が一瞬息を呑んで、それからほっとしたのを感じた。

「緋天さんには一切危害を加えていません。それは、大丈夫だったんです」

 

 

 安心して、ソファに体を戻す。すかさず、蒼羽が話を続けた。

「昨日、我々もその話を聞きまして。それで、帰りに家までお送りしました。少し、心配でしたので」

「ありがとう。そこまでして頂いて。それで・・・何か・・・?」

 今の話からは、到底、問題になるような事もないと思ったが、目の前の彼がまだ難しい顔をしたままだったので、先を促した。

「話をしていたら、少し様子がおかしい事に気付いたんです。朝も、眠そうな顔をしていて。それで、もしかしたら金曜の夜は眠れなかったのか、と聞くと、泣きながら、怖い、と言っていて」

「なっ!! 何で連絡しなかったんだ!?」

 つい、その話に声を荒げてしまった。緋天が泣くほど怖い思いをしていた時に、彼女が自分達に電話の一本もかけなかった事と。それを目の前にしながら家族に連絡を取ろうとしなかった彼に。腹が立って。

 黙って自分を見返す蒼羽の冷静な表情。

 そして腕に触れた祥子の手に。我に返って、蒼羽を見ると落ち着いた声で続ける。

「彼女は急に、何と言いますか、一種のパニック状態に。それまで平気だったものが、急に怖くなったようです。夜、嫌な夢を見て、それでよく寝られないし、怖くても誰もいなくて。冷静に考える事もできなくて、それで誰かに連絡する事も思いつかなかった」

「それで、あの、今はどうしているんでしょう?」

 祥子が口を開く。その声に、自分もいくらか落ち着いて蒼羽を見る。

「今日は、友達と約束があるので、一人にならないように、ご両親が帰るまで、その子と一緒にいる、と。今は割と落ち着いているみたいですが。もしかしたら、夜に不安定になってしまうのでは、と思いまして。それで、今日の夜は、緋天さんを一人にしないようにと、お話に参りました」



 ある意味、冷たいとも言える程に。

 淡々とした口調。じっと自分達を見てくる目が。

 驚きと、いくばくかの怒りに支配された自分の心を鎮めていった。



 目の前の、娘と歳も同じ位の青年に。ここまで、同僚を気遣ってくれる彼に。一方ではものすごい衝撃を感じた。絶対の信頼をおける人間だと本能で感じる。

「・・・本当に。ありがとう。緋天にその事を思い出させないように、夜は一緒にいればいいんだね?」

「はい。寝ている間も。できれば側に。お願いします」

 そう言って、頭を下げられた。感謝するのは自分達、家族だというのに。

「それでは、これで失礼します」

 立ち上がって、再度、礼儀正しく頭を下げて。玄関に向かおうとする蒼羽を、祥子が呼び止めた。

「あの、蒼羽さん? もしかして・・・昨日の夜、あの子と一緒にいてくれたんじゃないの?」

 その言葉に、彼は立ち止まって、しばらく黙ったまま何かを考えているかのようにどこか遠くを見つめて。小さな息を吐いた。

「・・・・・・はい。ご両親の留守中に上がり込んでしまって。申し訳ありません。ですが・・・、一人にしておくのは、とても不安でしたので」


 以前の自分なら、激昂していただろうが、この青年は相手の弱みをついて何かをするような、そんな人間だとは到底思えなかった。むしろ、本当にありがたい気持ちで一杯になる。

「いえ、謝らないで。君は悪い人間には見えない。本当にありがとう。ここまでして貰って、何て言ったらいいのか・・・」

「あの、それでね。もしかしたら、あなたたち・・・付き合っているんじゃない? だって、緋天ちゃんたら、いつも蒼羽さんがどうした、ってうれしそうに話しているのよ」

 祥子が自分を見て、笑いながら言う。妙にその言葉に納得して、蒼羽を見ると、彼は真剣な目でこちらを見ていた。

「はい。・・・お互いの気持ちを確認したのは、ついこの前ですが」

 祥子が目を輝かせて声を上げる。

「まぁぁ!やっぱり!好きじゃなきゃ、こんな細かい事できないもの!あーん。もう、緋天ちゃんてば、私にまで隠して。どきどきしちゃう。あなたみたいなかっこいい子が彼氏なんて!これからも、あの子をよろしくね」

「落ち着いて。・・・ああ、悪いね、一度こうなると止まらなくて。まあそんな所もかわいいと思ってしまうが。はっ!いやいや、今のは聞き流してくれ。・・・君のようなしっかりとした子なら、僕は何も言わないよ。これからも緋天をお願いします」

 

 

「・・・こちらこそ。それでは、失礼します。何かあったら、電話して下さい。明日の朝も、迎えに参りますので」

 

 そう言って微笑んで去って行った蒼羽を見送って、祥子がため息をつく。その手には、蒼羽の携帯電話の番号のメモ。

「あぁぁ、今の微笑み、見た? もう、カッコよすぎるわ。緋天ちゃんが羨ましい・・・。しかも、あんなにいい子で。ダメだわ、めろめろになりそう・・・」

「本当にあれで21? 信じられないな。名前からすると、ハーフだろうな・・・それで少しは年上に見えるとしても・・・。まあ、何にせよ、ああいう子が側にいてくれて逆に良かったよ」

 心から安心して、蒼羽の車が去って行った方を見る。もう日は傾きかけていて、きれいな夕焼けが見えた。その色から緋天を思い出す。

「・・・今日は、気をつけてあの子を見ていよう。緋天が留守番していた間の話には触れないようにするんだ」

「・・・そうね。そろそろ帰ってくるかしら。ご飯作らなきゃ」

 少し固い顔をして、祥子が家に入る。それを追いかけて肩を叩いた。

「まあ、そんなに緊張しないでさ。緋天が小さい頃に戻ったと思えば、いいんじゃないかな」

「そういえばそうね、ふふ」


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