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気象予報士 【第2部】  作者: 235
悪夢
6/33

6

 静かに寝ついたのに、緋天は夜中に二回、泣きながら目を覚ました。

 傍にいた自分がなだめると、すぐに落ち着いてまた眠りにつく。その様子はとても不安定に見えて、一人にして帰らなくて良かったと。自分を緋天が夕食に招いた事は不幸中の幸だと思わせた。

 

 

 朝の八時半。

 わずかに身じろぐ彼女をのぞきこむと、緋天の目が開いていた。

 もう少し寝かせておこうか、と思っている内に、彼女が驚いたように自分を見上げて。身を起こそうとする緋天を支えついでに、視線を合わせた。

「ちゃんと眠れたか?」

 口を開くと緋天が顔を曇らせた。

「蒼羽さん、寝てないよね・・・ごめん」

「お前が寝てる間に寝てた。もともと5時間もあれば足りるんだ」

「本当に? 無理してない?」

「ああ。それより緋天はいいのか?」

 頬に手をやって、親指で唇をなぞる。少し顔色が悪かった。

「うん・・・寝汗で気持ち悪いからお風呂入りたい。蒼羽さん、もう帰る?」

「・・・ちょっと調べたい事があるんだ。一人で平気か?」

 不安げな顔をする緋天に言い聞かせるように言葉を返した。

「今日、友達と約束してるから。お母さん達が帰ってくる時間まで、その子と一緒にいる」

「何時に約束してるんだ?」

「えっと、11時」

「じゃあ、そこまで送って行くから。何かあったら電話しろ」

「うん。ありがとう・・・」

 素直にうなずく緋天に、ようやく笑いかけることができた。

 

 

 

 

「センターに連絡しておいたよ。緋天ちゃん大丈夫だった?」

 ベースに戻った蒼羽に、待ちかねて本題を切り出した。

「夜中に泣きながら起きたんだ。すぐに落ち着くんだけど、あの時みたいに、一瞬パニックになってる」

「昨日、電話で言ってたのは確かなのか?」

「・・・ああ、多分。ずっと気になってたんだ。あの時、始めに結晶が反応した所に現れないで、緋天の所で具現化したから。もう一度同じ状態になれば、確かめられる」

「じゃあ、緋天ちゃんが落ち着くまでは、詳しく聞くのは待った方がいいな。そんなに怯えてるなら。あの時、君が口止めしたのも、それが原因? いつか、緋天ちゃんがこうなるって分かってたのか?」

「何もなかったら、大丈夫だと思ってたんだ。そのうち、平気になるって思ってた。だけど、一昨日ので、フラッシュバックみたいに恐怖が戻ったんだと思う」

 左手の人差し指の間接を噛んで、何かを考え込む蒼羽を目にして、内心驚く。

 昨日の夜も、蒼羽は冷静な声で電話をかけてきて、理路整然と、緋天の様子と自分の疑問点を口にした。それを聞いて慌てる自分に、雨が具現化した時の今までのデータを集めたいから、先にセンターに連絡してくれ、とそう言って。

 先週、緋天の事で涙を落として、さんざん自分を心配させたくせに、今はどこにもそんな影はなく、急に大人に見える。あっという間に彼が成長したかのように見えたが、そもそも、緋天への態度を除けば、これが普段の蒼羽だ。

「ご両親にも話しておいた方がいいんじゃないか? 夜に不安定になるなら誰か側にいた方がいい。緋天ちゃんが気付かない内に話せるといいけど。私が行こうか?」

 蒼羽が首を振って答える。

「いい。俺が説明する。ベリルはあいつを足止めしてくれないか? 家の前で待って、親に会えたら連絡するから。それから二十分位、緋天が家に近づかなければいい」

「緋天ちゃんが先に帰ってきたら?」

「親が家に着くのを確認するまで、帰らないって約束したから。駅で友達と待ってろ、って言ったんだ。話が長引いたら、そこにベリルが迎えに行ってくれ」

 蒼羽が既に緋天の家族に話をする事も考えていた事に、またしても驚かされた。

「蒼羽。君、今、すごくかっこいいよ。・・・驚いた」

「・・・茶化すな。とにかく、今からセンターに行ってくる」

 

 

 

 

「緋天、本当に大丈夫? もう帰る? 私が送ってってあげるよ?・・・徒歩だけどさ」

「ううん。蒼羽さんと約束したから、ここで待ってる。京ちゃんは暗くなる前に帰った方がいいよ」

 久しぶりに会った友達は、なんだか元気がなくて。いつもの彼女ではない。笑顔が少なく、声にも力がなく。一人にできない、とそう思わせる要因だらけ。

「蒼羽さん、って、朝、緋天を送ってくれた人だよね。ちょっと、聞きたいの我慢してたんだけどさ、もう限界。あのかっこいい人、誰!? もう、朝からずっと気になってたんだけど!!」

 なるべく楽しい話題を探して、緋天を笑わせようとしていたけれど、ここにきて、ついに好奇心に負けて聞いてしまった。

「・・・あー、やっぱり聞かれちゃった。えっとね、会社の上司でね。就職したのは、前に電話で話したよね? そこの、上司」

 少し笑って、蒼羽さん、の事を話す緋天は、いつもの様子に戻ったように見えて、この話題はいける、と思う。

「えぇ? 緋天、絶対、今、なんか省略したでしょ? 嘘つかないでよ!」

「う・・・。えっと、あの、えっと、あー、うー、その、・・・」

 うつむいて、指を遊ばせる緋天を見て確信する。

「だー、もう!じれったい!!・・・付き合ってるんでしょ?」

「・・・うん」

 緋天はうなずいて、耳を赤くする。

「いつから? 何で、私に教えてくれなかったの!? 私は緋天の何?」

「・・・友達。ごめん。だって両思いになったの、この前の月曜だもん」

 素直に謝る緋天に苦笑して。携帯電話を取り出す。

 彼女のこういうところに弱いのだ。

「うーん。じゃあ、仕方ないか。よし、それなら、やっぱり、私も緋天と一緒に蒼羽さんを待たないとね!!」

 家に電話をかけて、父親と話し出す。

「あ、お父さん? あのさ、昼も言ったけど、緋天の迎えが来るまで、木船駅にいるよ。うん。大丈夫。だってかっこいい彼氏が迎えに来るんだよ? 私もチェックしないと。そう。だーかーらー。今日、夕飯、外で食べるって言ってたでしょ? それを、駅の前の新しくできた、イタ飯屋さんにしようよ。そう、それ、ガラス張りの。うん。じゃあ、待ってるから。来たら電話して。はいはい。分かった。撮れたら撮ってみる。うん。じゃあね」

 電話を終えると、緋天が不思議な顔で自分を見ていた。

「あのね、うちの家族とそこのイタ飯屋さん行く事にしたから。蒼羽さんを見たら、行くよ。つーか、うちのお父さん、緋天の彼氏が迎えに来るって言ったら、怒ってたよ。写真撮って見せろ、だって」

 高校の時から、何度も自分の家に緋天を誘っていたので。そこで自分の父親が緋天を気に入って以来、やたらと父は緋天の動向を気にしていた。娘の自分よりも。


 緋天が恋をするのは、もう少し先なのだと、そう思っていた。

 そもそも彼女は、同じ年頃の男女が、恋人が欲しい、と言ってあれこれ動いていることなど全く気にせず、恋愛しようなどと露ほども思っていなかったはず。つい先頃までは。

 そんな緋天が、こんなにもあっけなく彼氏持ちになるとは、一体何が起こったのだろう。


「あぁー。おじさん、怒ってた? でも、蒼羽さんを見たら、びっくりするね。かっこいいもん」

 のほほん、と無害な笑顔を浮かべて、彼のことを話す緋天の。

 その顔は、すっかり恋する乙女。

「こらー!何、どさくさに紛れてノロケてんの!ったくぅ。こうなったら、ばっちり、写真撮ってやる!!」


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