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気象予報士 【第2部】  作者: 235
悪夢
5/33

5

「蒼羽さん、デザート作ったよ」

 食べ終わって、片付けを終え、手にガラスの器を持ってソファに座る。

 家に帰ってきてから、彼に一番近い、その位置。

「・・・あんなに短い間に作ったのか?」

 差し出した器を見て、蒼羽は驚いた顔をする。器の中には透明のゼリー状のもの。

「うん、すぐできるの。これはね、くず粉を熱湯に混ぜるだけだよ。わらび餅。食べた事ある?」

「ん。ない」

「多く作ったから、ビデオと一緒にベリルさんにも持って帰ってね。食べたら作ってくれるかなー? このきな粉をかけるの」

 蒼羽の器に黄土色の粉をふりかけて、彼がフォークを口に運ぶのを見守った。その反応はどうなのか、内心ものすごく怖いのだけれど。

「・・・おいしい?」

「ん。触感が好きだ」

「ゼリーと似てるよねー。でも日本のおやつなんだよ」

 頷く彼にようやく安心する。

「短時間でこれだけ作れるのがすごいな」

「えー。なんか蒼羽さん、誤解してない? 今日作ったのは、誰でも簡単にできるよー。ほんとに手抜きだからね?ベリルさんの方がすごいよ」

「でも、美味かった」

 蒼羽は惜しげもなく笑いかける。

「・・・今度はちゃんと作るね」

 

 いつもは家の前で別れるから。

 自分の家の中にいる蒼羽に、違和感と、嬉しさと。

 それと、彼が笑みを向けてくれると、ふわりと浮き上がるような感覚に戸惑いながらも、安心した。


 



「あ、もう八時・・・、蒼羽さん、もう帰る?」

「ん」

 時計に視線を移した緋天を引き寄せて、我慢ができず、キスを落とす。こちらに向けられた視線が、あまりにも無防備だった。壁の時計を何度も見て、そして自分の顔を見る彼女の、その不安。

 顔を離すと、そこには笑顔がない。ようやく、と言っていいだろう。

「どうかしたのか?」

 緋天を試すつもりはないが、あえて、そう聞いた。

 途端、緋天は笑って首を振る。

「何でもないよ?」

 その目がもう、笑っていないのだ。思わず、彼女に回した腕の力を強めてしまう。駄目だ、と思えば思うほど。緋天の返答の、その声が。弱まっているのを、彼女だって分かるだろうに。

「・・・緋天」

 彼女の口から、何を言わせたいのだろう。

 どう切り出せばいいか、そんな事を思案して、結局声に出せたのは、彼女の名前だけだった。

「昨日、何かされたのか・・・?」

 びく、と緋天の体が強張るのを、力を入れていた手の平に感じた。


 目の前が暗くなる。


「・・・何もない。本当に近所の人がすぐ出てきたもん」

 朝と同じ答えを口にして、怯えた表情の緋天を目にする。それに、焦燥感を煽られた。

 緋天の目を見て、最後の確認をした。

「・・・一人でいたから、眠れなかったのか?」

 その目が泳ぐ。

 何故、素直に言ってくれないのだろう。そう問い詰めたいのに。

「一人でいるのが嫌なんだろう?」

 家に一人でいる所に、緋天が自分を連れてきた事からして、おかしいと。両親のいない間にそんな事をするような性格ではないのに。それだけ切羽詰まっていたのだろう、とこの状況を考察して、衝動をやり過ごす。

 うつむく緋天の頬に触れると、その目から涙があふれた。

 緋天が欲しているものは、そんな事ではなかったのに。

「昨日だって、電話すれば良かったんだ。すぐに来たのに・・・」

 腕の中の緋天にできるだけ優しく言う。髪をなでる。


 不安だ、怖い、と。

 何も言わなかった緋天に、心臓が締めつけられる。

「だ、って。夜だったんだ、もん。迷惑、でしょ」

「・・・そんな事。何で気にするんだ? もっと色々言ってくれないと、いつか俺の気が狂う」

「・・・ごめ、ん、なさ、い」

 ぽろぽろと。

 涙を落とすと同時に、ようやく本音を口にする緋天に。自分という存在の意義を、認識して欲しかった。彼女の想うそれと、自分のそれは、明らかに重量が違う。

「お前は遠慮しすぎだ。頼むから、手の届く所にいてくれ。おかしくなりそうなんだ。今だって、体が焼かれたみたいに嫌な感じがした」

 絞り出すように言葉を吐いて。それを聞いた緋天がさらに涙を落とす。

 それでも顔を上げて自分を見た。何か必死で訴えようとするその様子。

「・・・なんか、変なの。この前のは、もういない、って分かってる、のに。暗い、所も、前は平気だったの、に、昨日、影から、あ、あの、変な人、が出て、きたの」

「・・・それで、怖くなったんだな?」

 うつむいて、うなずく緋天を目にして歯噛みした。昨日、それを言って欲しかったのだと伝えても、もうどうにもならない。

「大丈夫だから。今は何もいない。今日はもう寝ろ」

「嫌な夢、見るから・・・なんか、急に色々、怖い」

 震える緋天を抱きしめるものの、涙が止まる気配がなかった。

「緋天、ちゃんと寝るまで俺がいるから。途中で起きたら呼べばいい。朝までここにいる」

「・・・蒼羽さ、ん、いて、くれるの?」

 涙にぬれた顔でこちらを見上げる。緋天の目は揺れていて、自分をさらに焦らせる。やっと頼ってくれたのだ、という嬉しさが、焦りの上に混じっていく。これ以上、彼女が涙を落とさないように。代わりに左右の目の端にキスを落とした。

「ん。だから、もう寝ろ」

「・・・うん」

 

 

「・・・蒼羽さん」

 上掛けにくるまった緋天が、自分の名前を呼ぶ。

「何だ?」

 ベッドの端に腰を下ろして、緋天の髪をなでる。そうすると、彼女の口元が少し緩んだ。

「・・・黙っててごめんね」

「それは、もういい。でも今度からは、そういう事はちゃんと言ってくれ。知らないまま過ごすなんて嫌だ」

「うん。蒼羽さんも、携帯持ってるの?・・・思いつかなかった」

「・・・持ってる。明日、番号教えるから」

「・・・眠く、なってきた・・・」 

 目を閉じた緋天のこめかみにキスをして、言い聞かせるように言葉を重ねた。

「ちゃんといる。嫌な夢も見ない。何もいない。起きても一人じゃない。怖くない。目が覚めたら朝になってる」

「うん」

 目を閉じたまま、少し微笑んで、緋天は返事をする。

「おやすみ」

 もう一度、額にキスを落として、彼女が眠りにつくのをじっと待った。


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