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気象予報士 【第2部】  作者: 235
幸せの絶頂
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3

「あ、お帰りなさい」

 夕暮れの中を、手をつないだ蒼羽と緋天が歩いてくる。

「あぁ、えっと、マロウさん。朝いなかったから、びっくりしました」

 緋天が笑って、自分の名前を呼んだ。門を開けながら、問いかける。

「あれ? いつの間におれの名前・・・?」

「あ、朝いなかったから、当番の方に聞いたんですよー」

「へぇ。あ、明日もセンター行きますか?」

「明日は蒼羽さんとお勉強なんです」

 蒼羽の顔を見上げて、緋天が言う。

 それを見て微笑する蒼羽。彼女が見上げる直前まで、自分とのやり取りを見て、面白くなさそうにしていたのに。

「あはは。良かったですねぇ。じゃあ、明日お昼ご飯の時に」

「はいー。じゃあ失礼します」


 仲良く去って行く二人を見て、笑みがこぼれる。

「あー。なんかあの二人を見ると、心が洗われるなぁ」

「お、お前、なんでそんなに冷静なんだよ? おれ、蒼羽さんの笑った顔初めて見たぞ。手、つないでるのも、すげえ驚いたけど」

 かなり動揺した表情の仲間は、蒼羽の後ろ姿を見る。

「おれが前からさんざん言ってたのに・・・。何でみんな、おれの言う事信じないんだよ? 蒼羽さんだって同じ人間なんだぞ」

「そんな事言ったってさー。今までの蒼羽さん見てたら、誰だって驚くって。マロウは蒼羽さんがあのアウトサイドと一緒にいる時に、始めから近くにいたから、自然に見えるかもしれないけど。急に変わった蒼羽さん見たおれ達は驚くんだって!!」

「あー、それは一理あるな。まあ、でもお前もさ、あの二人見たら、お似合いだと思わない? おれ、何だかすごく綺麗なものを見てる気がするんだよ」

「おぉ、それはそうかも。おれは初恋の甘酸っぱさを思い出す。こう、うれしくて愛しすぎて切ない、って感じ」

 優しい表情になって、そう言う同僚にうなずく。

「だろ? お前、上手いこと言うなぁ」

「そうかそうか。これからは詩人と呼んでくれたまえ」

 

 


 

「今日、暇だから送ってく」

 玄関の扉を開けて、口を開くと。

「え? なんか、蒼羽さん、あたしを甘やかしてる気がする・・・」

 緋天が苦笑しながら、首をかしげた。ベースの中に入ると、再放送のアニメを見ていたベリルが振り返って緋天と自分を見る。

「おかえりー」

「ベリルさん・・・何見てるんですか?」

「え? 緋天ちゃんこれ知らないの? 面白いのに」

「いや、番組は知ってますけど。あぁ、もうベリルさん、イメージ崩れます。あ、それより、蒼羽さんが送ってくれるって言うんですけど、あたし甘やかされてる気がしません?」

「・・・大して気にする事じゃないと思うけど」

 彼女は自分と二人になりたいのだと、そう思わないのだろうか。

「蒼羽は緋天ちゃんと一緒にいたいんだよ。遠慮しなくていいって。梅雨に入ったら、また忙しくなるから。それまでは蒼羽のワガママ聞いてあげて」

 ベリルは自分に片目をつぶってみせて、緋天に言った。

「うーん。うれしいけど・・・いいのかなぁ?」

「ん。行くぞ」

「緋天ちゃんは遠慮しすぎだよ。もっと甘えていいんだよー」

「うー。なんか難しい・・・」

 

 



 駐車場の前まで来て、大事な事に気付いて立ち止まった。

「・・・蒼羽さん、あたしここら辺、道、わかんない・・・。いつも電車でしか来ないし。それに方向音痴なの」

 弱点を告白するのは恥ずかしかったが、彼の前では勝ち得る点などどこにも無いのは重々承知していた。それに、蒼羽なら馬鹿にはしないだろう、という勝手な期待。

「分からないのはこの辺だけだろう?」

 思ったとおり、というか。

 あっさりと自分の言葉に反応を見せずに、いつもの無表情で返された。

「うん。蒼羽さんは分かる?」

「ああ。木船市に出る道は分かる。それにこの前ナビ付けた」

 自分を安心させる為だろうか、蒼羽の指が車の中を示した。そこには先日はなかったデジタル機器。

 蒼羽は鍵をポケットから取り出してドアを開ける。

「良かったぁ」


 

 家の住所を入力すると、女性の声が案内をしてくれた。それに言われる通りに道を進んで。見知った通りに出る。

「次の交差点を、右折、して下さい」

「あー、ここに出るんだ・・・。この辺は分かるー。ナビって便利だね」

 蒼羽がハンドルを回して、こちらを見て。

「もう近いのか?」

「うん。あと五分位かなぁ・・・蒼羽さんはすぐに道が判るの?」

「だいたいな。それに穴の近くの地理を把握しておかないと、結晶に反応するアウトサイドの動きも見失うぞ」

「うー、そうだよね・・・。あたしも方向感覚を身につけたいな。デパートの中とかでもすぐ迷うの」

 ため息をついた自分を横目で見て、蒼羽は首をひねる。

「センターに行く道はすぐ覚えたのに。建物の中が駄目なのか?」

「えーとね、外の道はなんとなく判るんだけど、似たような作りが続く建物だとなんか感覚が狂う感じ・・・」

「ああ、じゃあ、センターの中でいつもきょろきょろしてたのは、そのせいか」

 彼が笑いながら言う。

「う、蒼羽さんにも気付かれてた・・・。それ、この前、オーキッドさんにも言われちゃったんだよ」

 いつの間にか、彼にもそんな事を気付かれているのが恥ずかしかった。

「実はセンターの中、入り口から、いつも使う部屋の辺りしかまだ良く分かってないの・・・。なんか廊下も複雑だし」

「変な奴がいる所もあるからな。迷うなよ。一人で歩くな」

「ええ?・・・なんか怖いなぁ。うん。気をつける」

「ん。ああ、この住宅街か?」

 車は広い道路から、区画された住宅地にさしかかっていた。

 自分と言葉を交わしながらも、きちんと運転していた彼がすごいと思った。自分ならば、運転に集中しないと事故を起こしてしまいそうだ。

「・・・結構早く着いたね。駅からいつも歩いてるから変な感じ。あ、そこの角、曲がってすぐだよ」

 二階建ての空色の自宅の前で、ナビが目的地到着を告げる。

「ここか?」

 蒼羽が車を道の端に停める。

「うん。蒼羽さん、ありがとう。今度、家族が揃った時に遊びに来てね。今、お母さんしかいないの。お父さん単身赴任で、お兄ちゃんも一人暮らししてて」

 シートベルトを外しながら、お礼を口にすると。

「ん。そうだな」

 そう言って、蒼羽はこちらの頬に手をやって、顔を近づける。

 あ、と思って目を閉じたら、どうやら正解だったらしい。唇の上に柔らかな感触。ふわり、とほのかに爽やかな香りが漂って、蒼羽の空気だ、と思って幸せになった。

「・・・ちょっと慣れたかも。蒼羽さんの動きが読めた」

 辺りが夕焼けだから、彼の顔があまり見えないところがそんな事を言える余裕を生み出してくれた。けれども彼はさらに自分を引き寄せる。左目の横にもキスを落として、髪をなでる。

「続き、明日するから」

 耳もとでささやいて、蒼羽はゆっくり腕を離した。

「う、うん。送ってくれてありがとう」

 ばたん、とドアを閉めて蒼羽を見送る。去って行く銀色の車を眺めて、熱を持つ頬に手をやる。

「なんか・・・蒼羽さんて恥ずかしい事、平気で言うし・・・。あれが自然体なのかな? びっくりしたー」

 

 

「ちょっと、緋天ちゃん!!」

 ぼうっと立っていると、玄関の扉を開けて、母親が手招きした。

「あ、お母さん。ただいまー」

 家に入って、靴を脱ぐ。そのまま洗面所で手を洗おうとしたら、がしりと腕をつかまれた。

「あの男の子、誰なの? すごいカッコよかったわよ!!」

「うわ、お母さん、何? えっ!? まさか今の見てた?」

「あなたが車から降りた音で気付いたの。ちらっとしか見えなかったけど。もう、誰なの? お母さん、ときめいちゃったわよ」

「何だ、良かったー。あ、えっと、今の人は会社の上司でね、暇だから、って言って送ってくれたの」

「あーん。もう、何で、お母さんに挨拶させてくれないの? ベリルさんもカッコいいけど、今の子もいいわぁ。緋天ちゃん、周りがイイ男ばっかりねぇ。私も二十年若ければ・・・」

 そう言って、羨ましげな視線を向けられる。

「お母さん、何言ってるの? お父さんに言っちゃうよ!それに蒼羽さんはダメー!ベリルさんはいいけど」

「あら、ソウウさんって名前なの? どういう字? 素敵ねぇ。はっ!お父さんには言わないでー。木曜日帰って来るのよ。金曜から、三日間、温泉に行くの。うふふ」

「えええ!!何それ? 聞いてないよ!また二人だけで勝手に決めてー。たまには、あたしも行きたい」

「だって緋天ちゃん、今週の土曜は、第一週だからお仕事でしょ? それにダメダメ、お母さん達のデートについて来るなんて。おとなしく、お留守番しててちょうだい。お土産買ってきてあげるから。お饅頭でいいわね」

 その言葉にふてくされる。何故、両親はこんなに仲がいいのだろう。

「もういいもん。グレてやるぅ。お母さんの知らない内に、ベリルさんと蒼羽さんとで遊んじゃうもん」

「まあ!なんて事言うの、この子は。親不孝な事して!お母さんも混ぜなさいよ!!」

「ふーんだ。今日のお弁当もベリルさんが作ってくれたんだよ。チーズが入ったハンバーグでね、あと、りんごのゼリーもあってね。おいしかったよー。明日はあさりのパスタ作ってくれるって言ってた。あとねー、デザートにヨーグルトムースも。いいでしょ?」

 得意げな顔で、昼ご飯のメニューを言ってみる。

「まぁ!おいしそうね!それを、あの人が・・・。あー、なんて羨ましいの!我が娘ながら、憎らしいわ・・・」

「あの青いピアスも、結局、蒼羽さんがくれたんだよ。えへへ」

「んまぁ!本当になんて恵まれた子なの!もう!そんな子にはお土産もいらないわね。お母さん達がいない間、お茶漬けでも食べてなさい!」

「ひどいよう。お父さんに言っちゃうからぁ」

「あぁ、それだけはやめてー。好きなもの食べていいから」

「やったぁ」

 両手を上げて、勝利を確信する。母親はその様子を見て、ため息をついた。

「んもう。誰に似たのかしら?」


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