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気象予報士 【第2部】  作者: 235
絶対やっつけてくれる
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 左目の端にキスを落とすと、蒼羽が離れて背中を見せた。

 京子の言った通り、蒼羽は自分を待っているのだという、確信。


「おや、蒼羽もそろそろ落ち着いてきたのかな?」

 微笑を浮かべてオーキッドが去って行く蒼羽を眺める。何も言えずにうつむいてしまうと、心配声が降ってくる。

「緋天さん? どうしたんだね、元気がないよ」

「あ、いえ。何でもないです。えっと、今日はどうしますか?」

「・・・ああ。ちょっと、話したい事があるから、こちらに来てくれるかな?」

 手招きされて、部屋の隅のソファに座った。向かいにオーキッドが深く腰掛ける。

「ベリルから聞いたよ。昨日一日で、もう結晶の反応を見極める事ができるなんて・・・。本当に君には驚かされる」

 ベリルと同じ、嬉しそうな表情を見せてオーキッドがまっすぐに見つめてくる。

「それで、少し考えたんだが。いや、もともと考えていたんだけどね。知っての通り、蒼羽は雨の多い時期はとても忙しい。けれど、それを手伝える人材はとても少ないんだ。何故だと思う?」

 相変わらずにこにこと微笑んだままのオーキッドに、つられて口元がほころんだ。

「えーと・・・予報士になるのが難しいから、ですか?」

「うん。そうだね。予報士には様々な能力が要求されるんだ。天気を読む事はもちろん、結晶の反応を見る事、情報収集力、戦闘能力。それにアウトサイドと何ひとつ変わらずに振舞える事。全てを供えていなければ予報士にはなれない。どれかひとつの能力を持っているだけでは駄目なんだ。しかも、人並以上に優れた能力でないと認められない」

「・・・そこまでするのは、どうしてですか?」

 思っていた以上に予報士という職業が大変なものだと分かって、驚きながらも蒼羽が一人でそれをこなしていた事に妙に納得した。

「ああ・・・私達はこちらの人間が自由に穴の向こうに行くのは、あまり良くないと思っているんだ。どうしても雨に触れてしまう事が増えると思うし、アウトサイドに私達の存在が知られるのも避けたいからね。できるだけ、穴を通る人数を少なくしたい。だから一人の人間に多くの能力が求められる」

 少し困った顔で問いに答えて、オーキッドが先を続けた。

「我々にとって、緋天さんは色んな意味で特別な存在なんだ。まず、アウトサイドであるのに、こちらへ来る事ができる。さらに快く、私達に協力すると言ってくれた。その上、今は結晶の反応まで覚えてしまって。それに個人的にも、蒼羽の側にいてくれる」

「え・・・それはあたしの意思ですから・・・」

「この前も言ったけれどね。蒼羽の事に関してだけでも、私は君がいてくれる事がとてもありがたいんだ。それなのに、君を利用する事ばかり思いついてしまう」

 苦笑しながらオーキッドが問いかける。

「梅雨の間だけでも、蒼羽を手伝ってくれないかな? もちろん、雨に対処するのは蒼羽だから。むしろ、その間、緋天さんは穴の向こうに避難している方がいいかもしれない」

 一瞬顔を曇らせて、緋天はうなずいた。

「・・・はい。その辺りは蒼羽さんと相談します」

「ありがとう。・・・無理なようなら、すぐに言ってほしいんだ。緋天さんに嫌な思いはさせたくないから。よし。それじゃあ、とりあえず。今日はまた、いつもの部屋に行って。実は上の組織の人間が来ているんだよ。また同じような質問をされると思うけど・・・」

「上の組織って、えっと、政府の偉い人、みたいな感じですよね?」

「あはは、あまり気にしないでいいよ。彼らも君がどんな子か見たいだけだから。ここに来る人間を決める為にクジ引きをした、って言うぐらいだからね」

「えー!?」

「まあ、そういう事で申し訳ないけど、今日は彼らに付き合ってやって」

 驚く自分に、オーキッドが笑って片目をつぶって見せた。

 

 

 

 

「蒼羽さん、もう帰ってきてるかなぁ・・・?」

 センターのから外に出て青空を見上げた。携帯の画面を見ると四時半。今日の蒼羽は午前中少しだけセンターにいて、その後アウトサイドの様子を見に行くと言っていた。

 彼と二人で話がしたい。勇気を出して自分の気持ちを告げなければ、蒼羽にいつか飽きられてしまう。昨日、京子に言われた言葉が頭の中をぐるぐると回っていて、正直、今日はあまり聞かれた質問に集中できなかった。

 ゆっくりとした歩調でテントが並ぶ通りを進む。考え事をしながら歩くと、どうしてもスピードが落ちる。夕食の買い物をしているのか、通りは朝よりも格段に大勢の人間でにぎわっていた。


 ふと前方から歩いて来る人物と進路が重なりそうになって、一歩左に動く。すると相手も同じ方向に動いて、お互いに通せんぼをする形になってしまう。気恥ずかしくなりながら、謝罪しようと目線を相手の顔に移した。


 にやり、と。

 黄色い目をした男が口の端に嫌な笑いを浮かべていた。短く刈り込んだ褐色の髪。黒いシャツの胸元には刺青がのぞいている。この人は怖い、関わりたくない、と全身に緊張が走って。足が竦む。

 なめまわすように自分を見て、男がさらに唇をゆがませてうなずいた。

 その瞬間、背中にとがった物が当たる感覚がして、思わず後ろを振り返ろうとすると、誰かに左腕をつかまれた。


「動くな。声も出すな」

 目の前の男が低い声を出す。いつのまにか左にぴったりと小柄な男が立っていて、腕をきつく握っている。

「少しでもおかしなマネをしたら、容赦なく刺す。分かったか?」

 にやにやした笑いを浮かべたまま、目の前の男が続けた。

「黙ってついて来るんだ。その白い肌に傷をつけたくなけりゃ、おとなしく従え」


 

 誰か気付いてくれないだろうか。

 こんなに人がいるのに、なんで誰も気付かないのだろう。

 

 背中には刃物が当たる嫌な感触。

 左側の男が肩に手を回してくる。鳥肌が立つ程の嫌悪感。

 黄色い目の男が浮かべる笑みは、立ち上る恐怖をさらに煽った。

 

 

 人ごみの中を、行きたくもない方向へ足を進める。

 暗くて狭い、裏路地へ。

 一体、この男達は何者なのか。

 自分はこれから、どうなるのか。

 何を、されるのだろうか。


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