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気象予報士 【第2部】  作者: 235
久々の幸せ
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 蒼羽と先に帰っていいよ、私達は事後処理が忙しいから。


 ベリルにそう言われて、蒼羽と二人でべースに戻る。

「今日は、さっきの実験の後始末で、みんな忙しいの?」

 センターの外に出て、一度後ろを振り返った。

「ああ。少しやっかいな事になってるからな。上にも報告しないといけないし、今日は通常の仕事はできない」

 蒼羽が答えながら右手を差し出す。自然に口元が緩んで自分の左手をそこに乗せ、蒼羽の横に並んだ。

「・・・蒼羽さんは? いいの?」

「俺は予報士の仕事さえやってればいいんだ。面倒な雑務はしない」

「そっかぁ・・・そういえば、ここのセンターには予報士は蒼羽さんしかいないんだよね。前にオーキッドさんが、忙しい時は他から応援を呼ぶ、って言ってたから」

 さらりと出された言葉は、何だか本当に面倒くさそうに聞こえたけれど。

 それだけ彼の仕事が重いものだと、漠然とだが分かっていた。

「一応、何かあった時の為の、臨時の予報士もいるけどな。ベリルでも代用になるし、だいたいはセンターに一人しかいない」 

 晴れ間がのぞいた空を見上げながら、蒼羽が答える。さらりと返されたその何気ない言葉に驚いて、つい声を上げてしまう。

「え!? じゃあ、もしかして・・・もしかしなくても、蒼羽さんってすっごく偉いって事だよね?・・・門番の人もセンターの人も全員、蒼羽さんに敬語使ってるし。なんかそれが自然に聞こえたから、今まで気にしてなかった・・・」

 感嘆。そんな目をしているのだと思う。実際にそんな気持ちでいっぱいなのだけれど。思わずまじまじと彼を見てしまい、蒼羽は戸惑った表情。

「まあ、誰でもすぐに予報士になれる訳じゃないからな・・・。少数だから、持ち上げられる事は確かだ」

「なんか・・・すごい。エリートみたいなものだよね・・・」

 そんなにすごい人が、何故自分と手をつないで横に立ってくれるのだろうかと、少し体を後ろに引くと。蒼羽は途端に顔をしかめた。

「・・・嫌か?」

「え? え? 嫌じゃないよ。えっと、そういうんじゃなくて、すごすぎて、びっくりしただけ」

 あわてて答えて蒼羽をのぞくと、その顔は微笑に変わってほっとした。

「今日はこれから何すればいいの? 蒼羽さんのお仕事手伝える?」

「何もないな・・・。やりたい事はあるか?」

「うーん。何すればいいのかなぁ・・・思いつかない」

 ぼんやりと考え始める自分を見て、蒼羽はさらに微笑んだ。

「ゆっくり考えろ。とりあえず、戻ったら食事だな」

「うん」


 

 前方に目をやると、いつのまにか大通りに出ていて、目に飛び込んできたのは、朝は見なかったテントの列。

「あ、もう人が出てきたんだね。テントがいっぱい」

 いつものように、人の多い通りに戻っているのを見て、なんとなく安心する。

「朝は人がいなくて、なんか変な感じだったの」

「おーい!!蒼羽! と、緋天ちゃん」

 ざわざわとした周囲を眺めて言葉を切った時、右手から呼び止められた。

「あっ!フェンさんだー。こんにちは」

 フェンネルが近付いて足を止める。あいさつをすると、蒼羽とつないだ手に視線が向けられた。

 ちらりと見るどころか、凝視している。

「センターの奴らとか、すっげーウワサしてたけど。マジだったのか」

「お前にしては、珍しく確認するのが遅いな」

 蒼羽が薄く笑って、フェンネルの驚いた顔を見る。

「・・・まあ、こういう事は聞きたくても、聞けないんだよ、お前が怖くて。それにしても良かったなぁ。緋天ちゃん、ありがとう」

 彼は満面の笑みを自分に向けて、言葉を続ける。

「できれば、見捨てないでやって欲しいって言うか、蒼羽に飽きないで欲しいよ。こいつ、つまんないからさ」

「ええ!?そんな事ないですよー。蒼羽さんに飽きるなんてありえない」

 彼の言う事は、あまりに考えられない事だったので。そう言い切ってみれば、フェンネルはさらに顔をほころばせる。

「ま、蒼羽に飽きたら、すぐに言ってよ。緋天ちゃん、かわいいし。結構オレ好み。髪の長さとか色合いも好きなんだ」

 そう言って、何気なく上げた右手を伸ばしてきて。髪に触れそうになったそれを、蒼羽が素早く払って睨みつけていた。

「触るな」

 言いながら、つないでいた手を引いて、自分の体を彼の方に引き寄せられる。そうして一瞬のうちに蒼羽の腕の中。背中にあたたかい手が置かれていた。

「うわっ、睨むなって。お前、ホントに変わったなぁ・・・。まあ、いいや。今日はこの辺でやめとくよ。じゃあな」

 背後で苦笑交じりのフェンネルの声。振り返ろうとしたら、蒼羽の手に頭を抑えられた。

 去っていくフェンネルの気配に、さよならも言えず戸惑っていると。

「あいつは何がしたかったんだ・・・?」

 上から降りてくる、蒼羽のため息と怪訝そうな声がぽつりと聞こえた。彼の手が力を入れたまま、自分を抱え込んでいる状況が変な感じで。そっと声を出した。

「蒼羽、さん」

「・・・ああ。悪い」

 蒼羽は腕の力を抜きつつ、その視線を自分に移す。微笑して、回した右手でそっと髪をなでてから、ゆっくりその手を下げてこちらの左手を取る。

 蒼羽の目に捕らえられて、体が固まるのを感じた。微笑まれて何も考えられなくなる。

「帰ろう」

 つないだ手を少し引っ張られて、その言葉にうなずいて、ようやく歩き始めた。

 

 

 左半身が熱い。蒼羽とつないだ手に全神経が集中したように感じて。

 蒼羽におかしいと思われないように、自然に歩いているように、必死で足を進める。

 もう何度も手をつないでいるのに。こんなに緊張しているのは一体何なのか。蒼羽の目が自分を見ていた、それだけの事なのに、どうしようもなく恥ずかしい気持ちに襲われて、体に甘い毒が回る。

 

 一刻も早く。ベースに辿り着きたい。

 彼と二人でいる状況に、今、初めて焦りを覚えた。 


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