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気象予報士 【第2部】  作者: 235
封じ込めた箱を開ける
16/33

16

「緋天!!」

 蒼羽が部屋の中に飛び込んできた。

 体を震わせて、緋天が泣きじゃくっているのを、全員が遠巻きにしているのを見て、蒼羽が一瞬、鋭い表情で睨む。

「緋天!!・・・緋天」

 緋天の体に手を回して、蒼羽がその目を覗き込む。

「大丈夫だ。落ち着け」

 そう言って、優しくなだめるものの。

 蒼羽に触れられる事を嫌がって、その腕から離れようともがく緋天を。きつく抑えこむ蒼羽。その顔に苦痛の表情が浮かんでいた。それでも緋天の目に視線を合わせて口を開く。

「何もいない。もう終わった。怖くない」

  その声に反応して、彼女の体からようやく震えが消えた。

 

 



 ―――何もいないよ。もう終わったから。怖くない。


 優しい声。背中をなでる、暖かい手。

 

「もう大丈夫だから。ちゃんと見ろ。怖くないから」

 ―――大丈夫だよ。ほら。周りを見て。怖いものは、もういないよ。


 ワイン色の髪。同じ色の、目。

 

「・・・誰?」

 ―――おにいさん、だれ?

 

「緋天ちゃん!蒼羽だよ!!」

 ―――ウィスタリア。

 

「・・・そう、う?・・・ウィ、ス?」

 ―――うぃ?す?

 

「蒼羽だよ!!」

 ―――はは。ウィストでいい。

 

「・・・ウィ、スト」

 ―――ウィ、スト?

 

「ウィスト」

 ―――ウィスト。

 ―――そう。ウィストだよ。よろしくね。

 

 

 気が付くと、目の前に呆然とした、蒼羽の顔が見えた。

「・・・蒼羽さ、ん?」

 名前を呼んで、その目を見ると、笑みが浮かぶのが見えて、安心する。

 そのまま、きつく抱きしめられて、蒼羽に体を預けた。

 

 

 

 

 緋天が、ウィスト、と発音した時、蒼羽の体が強張るのが判った。隣に立つオーキッドにも、もちろん、自分にも。同じ種類の緊張が走って、緋天の次の言動を待つ。

 すぐに緋天が、蒼羽の名前を呼んで、その目も現実を映している事が判明して、ものすごい安堵感が押し寄せたのだけれど。

 

 

「・・・蒼羽さん」

「ん?」

 蒼羽が緋天の目をのぞく。その目はまだ涙にぬれていたけれど、しっかりとした光で、蒼羽を見返した。

「・・・思い出した」

「緋天ちゃん!!待って! ごめん、ちょっと待って」

 何かを伝えようとする緋天を遮って、声を上げた。その話題を口にするには、この場は他人が多すぎる。

「さあ、みんな。確かめる事は、全て確かめた。仕事に戻れ。今の件については、追って連絡する」

 叔父が、自分の意志を悟って、人払いをした。関係のない者達が次々と部屋を出て行く。

「緋天ちゃん。蒼羽も。椅子に座って」

 記憶をこじ開ける時が、またやってきた。

 昨日よりも、さらに奥深くへ。

 

 蒼羽が緋天を立たせるのを横目で確かめて、部屋の扉をしっかり閉める。

 オーキッドが厳しい顔で、テーブルについた。

「・・・叔父さん」

「ああ。我々も、いつまでも記憶を押さえ込むのは、良くない」

 自分も座って、全員が座ったのを見て、言葉を出す。

「緋天ちゃん。何を思い出したか、ゆっくり、話して」

 

 16年前へ。

 蒼羽と同じ、ワイン色の髪と、その目を。鮮明に、記憶の底から呼び戻した。

 

 

「あの・・・小さい時、山に行って」

 緋天がおずおずと話を始める。

「いつの間にか、一人になってて」

 蒼羽が厳しい顔で宙を見る。

「・・・何か、怖いのに、追いかけられて」

 うつむいていた顔を緋天が少し上げる。

「気付いたら。知らない人が、目の前にいて。なだめてくれて」

 緋天の目が、蒼羽の顔を、しっかりと見る。

「・・・その人、蒼羽さんに似てた。・・・名前、教えてくれて」

 蒼羽が緋天の目を見返す。

「あたし、うまく、その名前言えなくて。だから、ウィストでいい、って。でも、本当は・・・。その名前は・・・蒼羽さんと同じ、」

 

「ウィスタリア」

 

 蒼羽が、はっきりと、その名前を発音する。

 

「・・・俺の父さんだ」

 

 ゆっくりと、緋天がうなずいた。

 

 

 彼が、いなくなった、その日。

 緋天は、ウィスタリアに、会っていた。


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