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ベースに戻って、センターからの帰り道での出来事と、緋天の両親との話を、蒼羽に聞かせた。
黙ったまま口を挟まずに、静かに聞いている蒼羽を見て、底知れない不安に襲われる。話を終えて、しばらくお互いに黙り込んで、沈黙を共有した。
「・・・多分、穴を越えたと思う」
小さく、蒼羽が決定的な言葉を吐いて、自分を見た。
「私もそう思う。一時間全く見当たらなかった、っていうのも。その間、こちらに来ていたとすれば、辻褄が合う」
蒼羽が続きを引き継いで、確信する為に、ゆっくりと言った。
「こっちに来て怖い目にあったんだ。その、通り雨が具象化したんだろう。・・・それに、追いかけられた」
もうこれ以上は、お互いに、判りすぎるほど、判っている。
それでも口に出さなければいけない。
頭の奥に閉じこめた記憶を、呼び出さなければいけない。
「でも。緋天ちゃんは、無傷で見つかった。いつの間にか・・・あちらに戻っていた」
答えを出すまで、あと、もう一歩。
「誰かが助けたんだ。・・・多分・・・その当時の、・・・予報士」
蒼羽が、最後の、ひとかけらを。
呼び戻して、声に出す。
「・・・父さんだ」
そう言った途端、蒼羽の肩から、力が抜けたのが良く判った。
「とりあえず・・・今は明日の事を考えよう。確かめないと。これを考えるのは・・・明日が無事に終わってからだ」
「・・・そうだな」
沈んだ声を出す蒼羽の肩を叩いてから、立ち上がる。
「私は今からセンターに行くよ。明日の準備を抜け出して来たから」
「俺も行く」
しっかりした目で自分を見て、蒼羽も立ち上がる。
「ああ、細かい時間も決めないとな。できるだけスムーズに終わらせたいから」
「・・・分かってる」
何かを決意したような顔で、蒼羽は足を踏み出した。
「緋天ちゃん、今日は私もセンターに一緒に行くよ」
朝、ベースに入ってきた緋天に、そう言うと。
「・・・はい。この雨、もしかして、流れてますか?」
後ろを振り返って、緋天がドアを指差した。
「うん。蒼羽はアウトサイドを見に行ってる。でも、後からセンターに来るよ」
それを聞いて、強張らせていた顔を、ほっとした表情に変えた。
「じゃあ、行こうか。お弁当も持ったし。緋天ちゃんは、傘持っておいで」
できるだけ優しくそう言って、ドアの外に置かれた、彼女の傘を示す。
「はーい」
これから起きる事を何も知らないまま、笑顔を向けられて。
ちくり、と小さな痛みが体の奥を這った。
「本当に・・・人がいないんですね。門番の人しか見てない」
いつもは色とりどりのテントが並ぶ通りを、見回しながら緋天が言う。
「門番も結晶を持ってるよ。雨になっても仕事しないといけないから。他の人はね、警告がセンターから出されたら、建物の中に閉じこもるんだ。警告が解除されるまで外に出ない」
テントも人も、見当たらないレンガ作りの通りを歩きながら答えた。少し肌寒いのは、雨のせいだろうか。それとも、彼女に黙って勝手なことをしようとしている、後ろめたさのせいだろうか。
「警告って、どうやってるんですか?」
こちらの思惑に気付かず、素直に疑問を口にする緋天から、少し目を逸らして。
街灯に、警告を表す赤い光。それを指差す。
「赤いのは、外に出たらダメだよ、って印。灯りをつける前に、警告音も出すけどね」
「へぇ・・・、なんか・・・人がいないと、怖いですね・・・」
緋天が早足で歩き出す。言葉通りに、この閑散とした通りが、彼女にとっては薄気味悪いのだろう。緋天に合わせて歩いていると、あっという間にセンターに着いた。
もうすぐ、緋天を目指して、雨がやってくる。