出られない部屋 ー玲と薫ー
気がついたとき、私と玲は二人きりで、襖で囲まれた和室の中にいた。
八畳の部屋が二間続きになっている。
そして、襖はどれも隙間なく、ぴたりと閉まっていた。
「……こんな部屋、翡翠宮にはなかったような気がするけどな」
藍色の着物姿の玲が、首をかしげて低く呟いた。
翡翠宮というのは、私たちが日々を過ごしている”風雅の国”の御殿のことだ。お気に入りの淡いオレンジの着物を着ていた私、見知らぬ部屋の中でもお互いがいつもの格好をしていることに安心感を覚えながら、すたすたと一方の襖の方に歩み寄る。そして開けてみようとするも……開かない。
「開かないよ、玲」
玲も私の隣に来て、両手で開けようとしてみるけれど、だめだった。四方の襖を二人で確認してみたけれど、どれもびくともしない。
「……ほんとだ。閉じ込められてるのか、俺たち」
「そんな感じだね」
「……何か、呪いの影響なのか……?」
玲が低く呟いた。ここ風雅の国には、呪術や呪いというものが存在している。時に人が操られたり、呪いの獣から傷つけられることもあって、かなり危険なものと認識されていた。
「それはちょっと嫌だね……」
玲の言葉に反応しながら、私は部屋を見回す。……と、部屋の隅にぽつんと落ちている茶封筒が見えた。
「なんか、封筒落ちてるよ、玲」
ひょいとそれを拾って開こうとする私の手に軽く触れて、玲がそれをとどめた。
「薫、ちょっと待て。こういうのって、何かの罠とかだったらいけないから」
「でも、見ろと言わんばかりに落ちてるし……」
私の言葉に、玲、うんうんと頷く。
「たしかにな。……仕方ない。一緒に開けてみようぜ」
そうだね、と頷いて、私は玲と一緒に、その封筒に入っていた一枚の便せんを開いた。
二人で一緒に読み上げる。
『ここは、相手に"自分の魅力"を見せなければ出られない部屋である。自分が見せたものや言ったことで相手が魅力を感じたとき、この便せんは半分消える。互いに魅力を感じて便せんがすべて消えたとき、部屋から出ることができる』
…………。
しばらく、沈黙が流れた。
自分の魅力……?
思わず考え込んだ私に、ふと微笑んで玲が言った。
「俺はすぐできるな」
「ええっすごい自信! でも、玲が、自分の魅力と思ってることって何だろ。気になる!」
乗り気になった私にふふっと笑って、玲は立ち上がる。そして、準備運動のように腕を軽く回した。
「扇も無いから簡易的だけど。見てて」
“見てて”
目の前に座る私を見下ろして歌うようにそう言った、その一言だけでも私はときめいている。玲の魅力は、その声、その視線、日々の彼のやさしさ。そして。
彼は私の目の前で、ゆるやかにその長い腕を動かして、ゆっくりと舞い始めた。
玲は”星空の舞”と形容される、舞の名手なのだ。
たった数分、それでも私の目を釘付けにして、言葉を奪う。
孤高で、夜空を流れる天の川や、闇にまたたく無数の星々を思い起こさせるような、冴え冴えとした動きで観る者を魅了する。私の目には、自然に涙が浮かんでいた。
舞い終えた玲が軽く一礼する。
しばらく私は魅入られたようにぼんやりしてしまって、はっと気を取り直して拍手した。
「すごい、思わずちょっと泣いちゃった……」
ふと見ると、便せんの半分が消えていた。
玲の魅力は存分に感じたから、それはそうだろう。
さて、次は。
私の魅力……?
そんなのあるのかな。
自分ではよくわからないなあと、私が眉根を寄せて考え込んだそのとき。
ふと隣で息をついた玲に気付いて、私は顔を上げた。
健康優良児の私と違って、玲は少し身体が弱い。
そして彼の舞は、ほんの少し彼の体力を削ると聞いたことがあった。
「……玲、大丈夫? ちょっと無理したかな。ひとまず座ろうか?」
私はゆっくり玲を座らせる。そして部屋をくるりと見回した。
「ここって座布団も何もないんだよね……そうだ、わかった」
「えっ、……なに」
私がぐいっと玲の肩を引き寄せたから、驚いた玲は私を覗き込む。私は笑った。
「膝枕してあげましょう♪ そしたら玲もちょっと楽だよね?
そうだな、頑丈なことは私の魅力のひとつかもしれないね」
そう言って笑ったら、玲は一瞬真顔で私を見つめた。その後、二人で視線を便せんに流すけれど、消えずに半分の切れ端が残ったままだ。
「体が丈夫なだけじゃだめか〜」
消えない便せんを見て、私が肩を落とした次の瞬間。言われるままに、私の膝を枕代わりにしてそっと頭を乗せていた玲がくすくすと笑い、小さな声で呟いた。
「薫の魅力なんて、俺はいつもいつでも、日常的に感じてるけどな……」
言われて私は、心の中が真空になるような、息が止まるような気持ちになって、思わず聞き返している。
「どんな時に……?」
そうしたら玲は、静かに言った。
「薫が笑ったり、こういう風に膝枕だとか言って優しくしてくれたり、舞を見て泣いたり、時々怒ったり……おまえの喜怒哀楽のぜんぶが、俺にとっては魅力なんだよな……」
綺麗な小川のせせらぎみたいに、流れるようにそう言った。
私は黙って一瞬、玲を見つめて。彼の言葉がじんわり心にしみてきて、その後、にっこり微笑んだ。
「そういうことなら、いつでも笑っちゃうな」
私の台詞に、玲はやさしく私を見て。
「いいな、それ」
そして玲が言い終えると同時に、その便せんは、すうっと空気に溶けるように消えてなくなった……。
「なくなったね」
「なくなったな」
ふたり同時に呟いたその時、するりと四方の襖が開いて、部屋に爽やかなそよ風が通りすぎた。
「……結局、呪いの影響だったのかな」
私が呟くと、玲は私の膝の上から、微笑んで私を見上げて。
「さあ。わかんねえけど……お互いの魅力を見せ合えなんて、かわいい呪いならいつ来てもいいけどな」
気持ちがよさそうに目を閉じてそう言う玲のやわらかい髪を、私はそっと撫でる。さらさらとした初夏の風が私たちの身体を包んで、同時に新緑の香りを感じて、私はしあわせな気持ちで玲に囁いた。
「そうだね。……気持ちいいから、もうしばらくこうしていようか」
私たちは目を合わせて。お互いに頷き合って、くすくすと笑った。




