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第九話『絶対に当たる「予言の詩集」』

 

 屋上の縁で立ちすくむ風間先輩。その背後、貯水タンクの長い影の中から、一人の少年が静かに姿を現しました。

 図書委員の星野ほしの。いつも隅の席で、誰とも喋らずに古い本を読んでいた、影の薄い少年です。

 

「来ないで。……これ以上近づいたら、予言は『確定』する」

 

 星野の声は、風に消えそうなほど細いものでした。けれど、その瞳には凍てつくような決意が宿っています。

 

「星野くん、やめて! 風間先輩は何もしていないわ!」

 

 桜が叫びますが、風間はガタガタと震え、一歩も動けずにいます。彼の視線は、自分の足元に釘付けになっていました。

 

「お姉ちゃん、違う。風間先輩を動けなくしているのは、恐怖だけじゃない」

 

 皐月が銀のルーペを星野に向け、そして夕日の差し込む角度を計算するように空を仰ぎました。

 

「風間先輩! あなたの足元、自分の『影』をよく見て! 影が二つあるはずよ!」

 

 皐月の指摘に、桜も気づきました。

 屋上の床には、夕日によって伸びる本物の影の隣に、もう一つ、不自然に濃い「影」が、ゆっくりと風間の足元へ向かって這い寄っていたのです。

 

「あれは影じゃない……。貯水タンクの陰に隠した高輝度プロジェクターによる投影だわ。星野くん、あなたは風間先輩に『影が地面(死)に触れる』という視覚的なカウントダウンを見せ、極限のパニックを誘発させて、自らフェンスを越えさせようとしているのね!」

 

 精密な計算に基づいた、「心理的墜落」の罠。

 皐月がテグスを指で弾くと、仕掛けられていた小さな鏡がパリンと割れ、偽物の影は霧のように霧散しました。

 

「……やっぱり、君たちにはバレちゃうんだね。片倉さん」

 

 星野は力なく笑い、手に持っていた『渡り鳥の航路』を胸に抱きしめました。

 

「でも、わかってたまるか。僕の気持ちなんて。……みんな、この本をただの『占い』や『遊び』の道具にして、ゲラゲラ笑って。速水だって、新田だって。詩の一行に込められた孤独も、救いも、誰も読もうとしなかった」

 

 星野の瞳から、一滴の涙がこぼれました。

 

「僕は、この本の中でしか息ができなかった。それなのに、風間先輩……あなたは『秩序を乱す』なんて理由で、この本を没収して、焼却処分にしようとした。僕の居場所を、消そうとしたんだ!」

「だから、予言を当ててみせたの? 言葉の力を、思い知らせるために?」

 

 桜が、静かに一歩踏み出しました。

 

「星野くん。あなたは、この詩を愛していたのよね。……でも、宮本さんから借りたこの本を読んで、私は気づいたわ。あなたが速水くんに贈ったあの詩の続き、あなたはわざと読まなかったでしょう?」

 

 桜は、自分が持ってきた詩集の同じページを開き、星野に見せました。

 

「『冷たい大地の抱擁』のあと、詩はこう続くの。『……けれど、旅人は知るだろう。その冷たさは、春を待つ種子を温めるための、深い慈しみであることを。』。……これは、死を勧める詩じゃない。立ち止まって、自分を癒して、また歩き出すための詩よ」

 

 星野の肩が、激しく震え始めます。

 

「星野くん。あなたは、誰かに自分を見つけてほしかった。この本のように、隠された『真意』に気づいてほしかった。……だから、あえて『予言』という形にして、世界に干渉したのね。でも、言葉を凶器に変えてしまったら、それはもう、あなたの愛した詩じゃないわ」

 

「……僕は、ただ……」

 

 星野の力が抜け、膝から崩れ落ちました。同時に、風を孕んでいた屋上のテグスが、皐月のハサミによって一本残らず切断されました。

 

「……助かったのか?」

 

 風間委員長が、へなへなと座り込みます。

 

「風間先輩。この本は、星野くんが盗んだんじゃない。……この本自身が、あなたたちから逃げたかったのよ」

 

 桜が星野の隣に跪き、彼の手に自分の手を重ねました。

 

「星野くん。この本は、私たちが預かるわ。……隣の洋館に、この本の『本当の読み方』を知っている人がいるの。一緒に、続きを読みに行かない?」

 

 星野は顔を上げ、桜と皐月の顔を交互に見ました。

 そこには、自分を「一括り」にする大勢の生徒たちとは違う、個別の、けれど繋がった二つの眼差しがありました。

 夕日は完全に沈み、学院に静かな夜が訪れようとしていました。

 予言は外れましたが、星野という少年の中にあった「止まっていた時間」は、今、ゆっくりと動き出したのです。

 

 数日後、星野くんは自主的に風紀委員会へ出向き、一連の騒動について(一部のトリックは伏せつつ)謝罪しました。

 風間委員長は、屋上での恐怖がよほど堪えたのか、「言葉の重みを知ることも教育だ」と、星野くんに「図書室の全蔵書の再整理」という、彼にとってはむしろご褒美のような罰を与えました。

 

「宮本さん。星野くん、今日も洋館の書庫に来てますよ」

 

 皐月が、呆れたように紅茶を啜ります。

 

「ははは。彼のような『深い読者』は、一度居場所を見つけると離れないからね。……さて、桜さん。君が彼に教えた詩の続き、実はあれ、私が勝手に書き加えた**『創作の余白』**だったんだが、気づいていたかな?」

「えっ……!?」

 

 桜が目を見開きます。宮本は悪戯っぽく笑いました。

 

「詩に定まった結末などない。読む者がどう救われるか、それがすべてだ。……君たちは、最高の『共著者』だよ」

 

 二人の双子は顔を見合わせ、笑い声を上げました。

 新しい栞が、今日も二人の本の中に、静かに挟まれました。

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