この異世界の事情
(…とりあえず状況を整理しよう。
俺は近所の河川敷の橋にいて、イヤホンを落っことした。イヤホンを拾って戻ろうとしたら立ちくらみがして、ぶっ倒れて…起きたらここにいた。
で、色々あった結果、異能力だかなんだか、変なバリアを出せるようになって…)
ソラは先程助けた…と思っていたら逆に助けられた、紅い髪の少女をチラッと見た。
「んー、ちょっとやりすぎたかな…まあいっか」
フレイと名乗った彼女は、先ほど蹴り倒した大男の脈を確認している様子だった。
一緒に旅に出ないか。そう言われた。こんな国から逃げ出すのだと。
(…いや、まずどんな国だよここ)
一旦、体力回復と考えをまとめる為にしばらく待ってほしいと返答した。フレイにはすんなり快諾された。
ソラはいまいち、自分の置かれている状況がよくわかっていなかった。夢ではないのは随分前に確認済みだ。
ならここはどこだというのか。秀才とは言えない、むしろ学力は普通寄りのソラでも、人から炎が出る国など自分の住んでいる地球にあるわけないというのはわかっていた。
何より、自分にすら変な力が…バリアが出せるようになっていたのは大きな謎であった。
(…まさか、ホントにまさか、あり得ないとは思うけど…
ここって、異世界ってやつか?)
荒唐無稽な考えだというのはわかっていた。だがもしそうだとすれば、全ての辻褄が合う…かもしれない。
異能力にしろ、やけに危ない男達にしろ、見たことない髪色のフレイにしろ…アニメやゲームの類でしか聞いたことがない。何かそういう、現実世界とは理の違う世界だと、そう考えた方が納得はいく。ならば早く、現実世界に戻る方法を探さなければならな…
(現実世界に、戻る…)
脳裏に、急に関の顔が思い浮かんだ。
現実世界の人間は、誰も自分など求めていないだろう。両親でさえ、最近は忙しくて自分の面倒など見ていない。自炊することも多かった。
それに比べて異世界はどうだろう。知らない異能力、見たことのない土地、何より現に、自分と旅をしてほしいと言ってくれた少女すらいる。
戻る必要など、あるのであろうか。
(…しばらく、異世界を満喫するのもいいかもな)
ソラの、強い現実世界への拒否感が、そう感じさせた。
「決めた。着いていくよ」
ソラはフレイに話しかける。
「…いいのか?ふふ、旅には心強い異能力者が欲しいって思ってたんだ」
フレイはまるで小さな子のように喜んだ。
「改めてよろしく、ソラ」
「うん」
握手を交わした。
フレイがどこに行くのかとか、その目的とかは、まだ深く尋ねなかった。とにかくソラは、現実世界よりも美しい、この不思議な世界を歩いてみたいと思った。
「じゃ、とりあえずさっさとハヤテ区から出るからついてきて。…いくら人の少ない地区とは言え、こいつらも多分誰かに拾われるだろ」
フレイは気絶した男達を一瞥して言った。
「あ、ここ、ハヤテ区っていうんだ」
「え?知らなかったのか?」
「あ…えっと」
ソラは忘れていた。フレイは自分と違い、元々この世界の住民。何も知らないのは、彼女にとって不自然だということに。
「…イマイチ、記憶がはっきりしなくて。気づいたらこの辺を歩いてたんだ。色々あったんだよね…ハハ」
相当苦し紛れの嘘だった。が。
「…なるほどなぁ。ここら辺の人間じゃないとは思ってたけど、そういうことだったのか」
(通じた!?)
フレイはむしろ、憐憫の表情すら見せてくれた。嘘をついたこと自体は正直心苦しかったが、とりあえず誤魔化せたことにソラは胸を撫で下ろした。
「それじゃ、歩きながらぼちぼち話してやるよ。ソラ、どこまで覚えてる?」
2人は歩き始めた。
「…ええと、イノウリョクシャ、みたいなのがすっごい迫害されてること、くらいかな…」
先ほど大男が、妙に異能力者という単語に恨みを込めていたのをソラは覚えていた。
(そういえばあいつ、お前もか、って言われたな…あの時にフレイも異能力者だって気づけたな…)
「…ああ、それは合ってる。私も、あいつらから色々嫌なことをされた」
フレイは苦々しそうに呟いた。あいつらと言うのは、やはりあの大男達であろう。
「やっぱり、お前が記憶を失ったのもノンギフの奴らのせいかもな」
「ノン…何て?」
「与えられざるもの達…要するに非異能力者ってことだ。あ、こっち左ね」
「あ、はい」
気づけばソラが目を覚ました時に、最初に目に入った大河が行く手を遮っていた。フレイは慣れた様子で迂回する。
「50年前、この国ではある異能力者による大虐殺が起きたことがあって。結局それ自体は首謀者が殺されて止められたんだが、それ以来異能力者の社会的信頼は地に落ちた、ってわけ。…いや、これは一般教養だし流石に知ってるか」
「あ、えーっと…?確かにそんなことあった、かも…?」
流石に、初耳だった。ソラの知っている50年前というと、せいぜい高度経済成長期くらいだ。
「…お前、相当頭やられちゃったんだな…可哀想に」
また、憐れまれた。
「…はは」
記憶喪失の男のふりを続けるのも相当きついと思っていたが、案外フレイは単純な性格なのかもしれない。
「どこまで話したっけ?」
「えっと…異能力者がノンギフに迫害されたのは虐殺のせいだ、ってとこまで」
「あぁ、そうだった…そんなわけで、この国の人口の3/4を占めるノンギフ達は私達異能力者を差別してる。特にこの地区は酷い」
「なるほどね…え?」
(…ちょっと待て。じゃあ、残りの1/4はみんな異能力者ってことか!?)
ソラは相当驚いた。フレイのような、炎を纏ったりするとんでもない人間がこの国の20%以上を占めているというのか。
「ん?どうした」
「…いや、俺みたいな防御能力しか使えない奴はともかく、フレイみたいな強い異能力を持ってる人たちが、なんでこう…反逆しないのかな、って」
純粋な疑問であった。
「・・・」
急にフレイは真顔になった。何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと、ソラは焦った。
「あ、いや、言いたくないなら別に…そんなに気になってもないし…」
「…いや、そういうのじゃない。ただ、私はな」
フレイは吐き切るように呟いた。
「…どんなに力で振り切っても、居場所がなきゃ意味がない、って思うんだ」
「…」
居場所がなければ。その言葉はソラにも刺さった。
暗い表情のままフレイは続ける。
「ノンギフを倒すのも、極端な話殺すのなんて簡単だ。でも、その先にあるのは…永遠の差別だと私は思う。他の異能力者はともかく、少なくともこの世界に私の居場所はない。だから」
一転、表情を明るくしてフレイは顔を上げた。
「だから逃げるんだよ、こんな国から。ソラ、知ってるか?隣のポネ王国ってとこがあるんだけど。そこだと、異能力者も自由に暮らしてるらしいんだ。…この国のノンギフは嫌ってる国なんだけどな」
ニコッと笑いかけるフレイに、ソラは曖昧に微笑み返す。
同じだ、と思った。
居場所がないなら逃げればいい、差別のないところへ…
ソラ自身も、そうやって人との関わりを絶った。
だがソラの場合、その先にあったのは孤独だった。フレイも同じことにはならないだろうかという不安も少なからずある。だけど。
「…いけるといいね、そこまで」
ソラはフレイに言った。本心だった。
「ふふ、ありがと。やっぱお前を誘ったのは正解だったかもな」
嬉しそうにフレイも笑う。
「実際、ソラはいい異能力を持ってる。私はね、もう3,4人くらい強い異能力者を探して、一緒に旅したいんだ。だから、当分の目標は仲間集めだな」
「いい能力って…俺、防御能力しか使えないんだけど」
ソラは苦笑した。
「十分だよ、攻撃なら私がどうにかするし。さて、もうそろそろ着くぞ」
「え?着く?どこに」
さっきからフレイと一緒に歩いていたが、町らしい町は何も見当たらなかった。まさか、ポネ王国とかいう国がそんなに近くにあるわけがあるまい。
そんなソラの考えをよそに、フレイは指を指した。その先には…
「はは、まさか…あれを登るって言うんじゃないよね?」
さっきからずっと見えていた、もっと言えば…ソラが目覚めた時からずっと見えていた、巨大な山。フレアはそれを指していた。
「ん?当たり前だろ、登るんだよ。この先に、この国で一番でかい町、ニキョウがある」
「げぇーっ…」
ソラはため息を漏らさずにはいられなかった。男達と戦う前から感じていたが、最近は動くことが少ないせいで体が鈍っているのだ。




