異邦の放浪と狂人
美しい大河と巨大な山地に挟まれた、自然豊かな高原。誰もが、心落ち着くと感じるはずのこの美麗な大地にひとり、心臓をバクバクさせながら歩き続ける少年の姿があった。
「あーもう、ほんとどこなんだよ、ここ」
募った不安と焦りが、無口なはずの少年に独り言をつぶやかせる。
少年がそう感じるのも無理はないだろう。ついさっきまで秋風吹く薄汚い河川敷にいたはずなのに、目を覚ましてみれば知らない、広大で暖かいーそう言えば季節も違う、春の空気だー大地にひとり佇んでいたのだから。
そして今まで身につけていたもの…何より電子機器がなかった。スマホさえあれば場所を調べられるだろうとたかを括っていた少年にとって、これは大きな問題であった。服装すら変わっており、学校の制服は地味な着流し姿になっていた。鞄やスマホはおろか、間接的に気を失う原因になった原因になったイヤホンすらない…
(誘拐?遭難?夢ではないのはさっき確認した。誘拐なら人っ子一人いないのは変だし、そもそもこんな場所日本にあったか…?)
色々な考えが頭を駆け巡る。ただそうしながらも、少年は大河に沿って歩くことをやめなかった。
人さえいればここがどこだか知れるはずだ。簡単な英語なら話せるし、言葉の壁はそこまで問題ではない。町でも集落でも、というか旅人でもいい。
誰か、誰かいないか…
少年は何十分かそうして、早足で歩き続けていた。
「はぁ…はぁ…くそっ…」
が、次第に息が切れてきた。もとより少年は、運動らしい運動はあまり好んでしてこなかったのだから無理もない。そもそもここ最近は無気力が続いたせいもあって、体を動かす機会が少なくなっていた。
「…ん?」
少年は目を擦った。人影が見えた気がしたのだ。もしこれが、幻覚や見間違いなら、ただのぬか喜びとなってしまう…そう思いまずは自分の目を疑ったのだ。
果たして、"それ"は実際に人であった。幸運なことに、1人ではない。2,3人の男たちだ。手に何かを持っているのが見える…
助かった!!!
少年は体力が切れかかっているのも忘れてそちらへ走っていった。
男たちが持っているものが何かも、彼らが何に向かっているのかも、駆け出したその時の少年の目には入らなかった。
それが目に入る頃にはもう、少年と彼らの距離はわずか数十メートルほどであった。
彼らが持っていたのは…武器であった。
1人は棍棒のようなものを、もう1人は鍬のようなものを手にしていた。この2人だけならば、ただの農作業だと感じてもおかしくないはずだが、もう1人が持っていたものが特殊だった。
彼らの前にいた大男が手に持っていたのは、銃だった。少年も『ごんぎつね』の挿絵や歴史の資料集などで目にしたことがある、大きな火縄銃…
少年が足を止めたのは、武器を持った彼らが笑いながら、ひとりの少女に向かってのしのしと歩いていたからだった。どう見ても襲いにかかっている。
異常だ、少年は感じた。事情がどうであれ、これは異常に他ならない。下手したら、自分の命も狙われる。早く逃げなければ…
「おい、そこのお前!」
判断が遅かった。大男は既に少年を認知していたようだ。自分より背丈のある、武器を持った大男に怒鳴りつけられた少年はその場で固まってしまった。
終わった、殺される…
しかし、大男が次に発した言葉は少年の想像をはるかにー悪い意味で、超えていた。
「お前もこっちに来て手伝え!このバカ女をぶっ殺す」
「…は?」
(俺は、殺されないってことか…?いや、殺すのを手伝うって…何を言ってんだ、こいつは?高校生に人殺しの罪を加担させようとする人間なんて、アニメですら聞かないぞ)
今度は、思考回路すら固まりそうになった。ただ、混乱した少年の頭でも、まさに今目の前で命が一つ奪われそうになっているということは火を見るより明らかであった。あまつさえこの大男は、通りすがりの少年にすらその罪を背負わせようとしている。
(…殺しても殺さなくても、証拠隠滅で俺が始末されるかもしれない。どっちにしてもあの娘は殺される…)
「おーい、聞いてんのか!」
思考がまとまらない少年の頭に、別の、棍棒を持った男の声が響く。そうだ、判断しないと。どっちにしろ死ぬなら、死なない確率が高い方を選べば…
ここで初めて、少年は少女をまともに見た。
おろした薄い紅色の髪、不安そうな水色の眼。腰を抜かしたのだろうか、尻もちをついている…日本人ではないのだろうか。ともかく、やはり彼女が殺される理由は思い浮かばない。
だが、恐らく傍観者より同じ加害者となったほうが、加害者の視点からすれば自分を殺すのをためらってくれるかもしれない。ならば…
(待て、それって…その考え方って…)
少年は、走った。ある一点を目指して。何も考えてなどいなかった。




