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ホラー短編集

ミ ズ オ ト

作者: 長蜂

募集には大分遅れてますが、水をテーマにしたホラー短編です

少しでも楽しんで頂ければ幸いです

 ポン……ポン………ポン…

 帰宅したばかりで静まり返った部屋に、微かな水音が反響した。

 なんの音かと思ったが、その正体はなんて事ない。ワンルームの一角に申し訳程度に設置された流し台。そこの古めかしい蛇口から、水滴がポタポタとゆっくり、少しずつ、滴ってシンクに落ちていた。

 今時レバー式ではない昔ながらの十字の形状をした止水栓に手を掛け、ギュッと締めてやる。思った通り、締まりきってなかった栓が閉まる手応えが僅かにあった。

 この程度なら水道メーターが無駄に回る事はないと思うが、それでも嘆息が漏れた。

 帰宅した安堵感なんてものを感じる間もなく、流しの脇に設置してある小さな冷蔵庫へ。その扉に手を伸ばし……。

 ビチャ…

 すると不意に、冷たい液体に手を触れ、思わずバッと手を引いた。

 何だ。

 自分が触れた得体の知れない液体に慄きながら、冷蔵庫の方を改めた。

 1人用の小さな冷蔵庫で、全体的の2/3くらいを冷蔵庫がしめ、残り1/3くらいの最上段が冷凍庫になっているあり触れた品。

 その冷蔵庫。よくみると、濡れている。いや、濡れている所か、その下ー床に水溜りが出来ていた。色は、時にない。透明な所からして、多分、水。

 何で?

 そして、まさかと思い至る。

「マジかよ…」

 今度こそ、本気で溜息が漏れた。最悪だ。

 冷凍庫の扉が、ほんの僅か、開いている。冷気はダダ漏れ、中身は、当然、解ける。しかも都合の悪い事に、この冷凍庫には霜の塊がびっしり生えていた。つまり、それらが解けて、冷蔵庫とその周辺の床を濡らしていた。

「さいあく…」

 たった1人きりの室内で、それでもその言葉は自然と漏れ出ていた。まさに、最悪だ。ビシャビシャになった床の掃除をしなければならないし、そもそも冷凍庫の中身は無事だろうか。焼酎の割材として買ってあった氷は解けて水と化しているのは間違いないとして、冷凍食品の方はなんとか救済できないか…。益体もなく、そんな事を考える。

 とりあえず、床に適当な布ー捨てるつもりだった着古したTシャツを広げて水を吸わせると、冷凍庫の扉を開けて中身を確認。

 氷はいうまでもなく水になって、袋の中でチャプチャプいっていたので、流しに放り込んだ。問題はそれ以外。この前、余ったご飯を丸めて冷凍していたおにぎりは、解けた霜にも晒されたからか、やたらビシャビシャで水っぽい。駄目そう…。レンチンの必要がある冷凍食品も、開封済みの奴は特に、解けた霜の餌食となってふやけていた。コレも、駄目…。未開封で自然解凍OKの冷凍食品は、まあ今食ってしまえばイケるか?

 結局、救済できそうな、ちくわの磯辺揚げのパッケージだけを残し、それ以外はゴミ袋にぶち込んだ。水を吸い上げぐちゃぐちゃになったTシャツも、流しで絞ってゴミ袋へ、ポイ。それでも未だ濡れている床を、今度はバスタオルで拭いてやり、次いでに解けた霜が伝ったと思しき冷蔵庫の表面も拭いてやる。適当な所で作業を切り上げると、一応、バスタオルを冷蔵庫と床の隙間に押し込めて、一先ず、後始末は完了した。

 無駄に疲れてしまった…。

 来月の電気代が少し心配になったが、それは頭から追い払い、当初の目的だった冷蔵庫の扉に再度、手を伸ばす。

 雑多に物を押し込んだ庫内から、缶ビールを一本取り出して、パタンと閉める。

 着替えるのも億劫になり、ビールと救済した磯辺揚げをパッケージ毎持って、リビングへと移動。磯辺揚げを摘みに呑みながら、YouTubeでも見ようかと、リビング中央に置いてあるテーブルにビールと磯辺揚げを載せると、割と気に入って使い倒したクッションにボフッと腰を下ろした。

 ボタ……ボタ……ボタ…

 途端、規則的な水音が目の前で鳴った。

 ボタ……ボタ……ボタ…

 それなりの大きさの雫が、落ちる音。

 己のすぐ目の前。テーブルの中央付近に、水が降っていた。

 ボタ……ボタ……

「嘘だろ…」

 信じられず、天井へと視線を上げる。

 果たして、そこには、黒ずんでカビのように見えるシミが広がり、獣の涎のように雫を垂らす天井が…。

 雨漏り…?

 その考えは、すぐに否定される。ここは一軒家ではない、アパートだ。しかも最上階でもない。雨漏りなど、する筈はない。

 今度は、上の階の水漏れかよ…。

 この部屋の天井裏に配管された水道に何らかの異常が起こって、水漏れしているのだろう。そう結論して、深い溜息が軽い苛立ちと共に漏れた。

 仕方なく立ち上がり、水を受け止める容器とタオルを持ってリビングに戻ると、後始末をささっ済ませ、スマホを手に管理会社の番号を呼び出す。

 数回のコールが鳴るも、

「ご連絡、誠にありがとうございます。大変、恐縮ではございますが、只今の時間は営業時間外となっております。御用の方は時間を改めて…」

 自動音声の途中でブツッと乱暴な操作で電話を切った。

 そっちの不備なんだから対応しろよな。憤りを感じるも、連絡が付かないモノは仕方ないと、ビールに手を伸ばし、プシュッと小気味良い音を立ててプルタブを起こした。

 ザアアアアアアアア…

 いつの間にか、外は雨になったらしい。

 カーテンを閉めてあるし、そもそも暗くて外の様子など室内からでは見えないだろうが、窓越しに聞こえる雨音から、そう判断する。

 夕方見たウェザーニュースでは「降水確率10%未満」なんて表記されていたが、天気予報も当てにならんな。

 そう脳裏でぼやき、パッケージを破って中身の磯辺揚げを指で摘んで口に放り込み、ビールで流し込む。

 ザアアアアアアアア…

 しかし、いやに雨足が強いな。台風の時期でもないだろうに…。陰鬱な思いで雨音を聞いていたが、やがて気を取る直すようにスマホを操作し、YouTubeのアプリを立ち上げた。

 ガコ…ジャーー…

「は?」

 摘んだ磯辺揚げを加えた間抜けな姿で、間抜けな声が漏れた。

 今の音は、明らかにトイレの水が流れる音だった。レバーが引かれた音。それに呼応して、タンクの水が放出された音。聞き間違いではないだろう。

 しかし、何故?

 男性用の小便器ならまだ理解出来る。アレは設備保全を目的として使用しているいないに関わらず、自動で水が流れる様になっている物もあるからだ。だが、ウチにあるのは一般的な洋式便器である。ウォシュレットは付いていても、勝手に流れるなんて事はあり得ない。…が、事実、流れている。

 そこで初めて、背筋に怖気が走るのを感じた。

 あり得ない事が、起こっている。

 気付くと、天井からの雫は、それどころか先程までの嵐のような雨音さえも止んでいた。

 ーーーーーーーーー

 途端の。無音。

 キーンとした静寂が室内に降りる。

 不思議と、室温さえも冷え込んだ気がした。

 コン…コン…

 肩がビクッと跳ねた。

 カーテンの向こう。窓を、何かが、叩いた。

「ヒッ…」

 思わず窓から飛び退き、引き攣った声が出る。その際、テーブルに激しくぶつかり、腕が当たったのかビールが横倒しになったのも、気にならない。

 逃げないと。

 咄嗟にそう思い、強張る身体を無理矢理、動かし、玄関へと向かう。途中、例のトイレを横切る必要があったが、敢えて視線も外して徹底的に無視して、駆け足で通り抜けた。

 普段履きのスニーカーすら履くのがもどかしく、踵を潰してサンダル履きにして外に出ようとドアノブに手を掛けた。

 ビチャビチャビチャビチャ

 音がした。ドア越しに、廊下から音がした。

 湿っぽい音。なにか濡れたモノが立てる音。

 それが一定のリズムで、ビチャ、ビチャと交互に。

 それは、まるで、全身濡れた人間が歩いているような音で。

 身体に震えが走り出し、もはや泣きたい心境になりながら、気配を消すようにドアの側で息を潜める。

 ビチャビチャビチャビチャ………………

 音は、部屋の前で止まった。よりによって、今いるドアの向こうで、音が止む。

 勘弁してくれ。どっか行けよ。

 生まれて初めて、真剣に祈りを捧げた。

 ………ビチャビチャビチャビチャ

 祈りは通じたのか。濡れた足音は、部屋を通り過ぎて、再び、歩き去っていく。音が遠ざかる。

 安堵の溜息が漏れた。

 バタバタバタバタバタバタ…

 途端、全力疾走するような激しい足音が聞き耳を立てていた右耳を貫いた。

「うわっ」無様な悲鳴と共に、腰が抜け、限界のたたきに腰を打ち付けた。玄関に座り込む形となり、もう身体を動かせない。身体はより一層震えて、もはや言う事を聞かない。

 ヒュー……ヒュー……

 音は背後。室内から。

 ズル…ズル…ズル…ズル…

 なにか布が擦れる音が。

 はぁー…はぁー

 何者かの息遣い。

 やがて、

 ペタ…

 肩に手が乗り、

 ふぉー…

 冷たく、生臭い息が、顔に掛かった。



 ーーーーーーーーーーーーー



 ーーをーーーー

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感想なんかもあれば、是非、よろしくおねがいします


気が向いたら、募集要項を逆行してホラー短編を挙げて行こうかと思います

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