南雲作戦ージャワ島上陸ー
一隻の大発が波間を割り、ゆっくりとジャワ島北岸の砂浜に接近していた。
潮の香りと波の冷たさに混じり、緊張した兵士たちの呼吸がひとつひとつ波紋となって拡がる。
「佐伯、しっかりしろよ」
隣で伍長の宮沢が声をかける。
「わかってる。けど、やっぱり緊張するな」
佐伯は三八式歩兵銃の銃床をぎゅっと握った。
「俺たちは3年前からこの日を待ってたんだ。訓練は嘘をつかない。いける、絶対に」
宮沢の目は力強く輝いていた。
彼らは海軍陸戦隊の上陸専門大隊、南雲作戦の第一波だ。これまで積み重ねてきた艦砲支援の連携、狙撃小隊との火力融合、工兵の障害物処理、全てが今ここで試される。
空は薄く明るくなり始め、遠く扶桑型戦艦の主砲が火を噴く音が轟いた。
「艦長の命令が下った。準備完了だ!」
艇長が叫ぶ。大発は砂浜へ滑り込んだ。
「突撃!」
佐伯たちは一斉に飛び降りた。
銃声が砂煙を巻き上げ、狙撃小隊の銃声が点々と響く。
佐伯は視線を上げ、丘陵に隠れる敵の機銃座を見つけた。
「右45度、機関銃座! 狙撃小隊、援護を!」
無線から南雲中尉の指示が飛ぶ。
「了解。こっちの標的は任せろ」
狙撃小隊の銃声が正確に敵の銃口を潰していく。
迫撃砲の爆音が遠くから響き、敵の反撃は徐々に沈静化していった。
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「宮沢、前進を急げ。鉄条網の突破口を工兵が爆破したぞ」
佐伯は素早く駆け出した。
「わかった!」
宮沢も続く。
火花とともに障害物が吹き飛び、内火艇が水面を割って前進する。
「こいつらがいるといないじゃ全然違うな」
佐伯は息を切らしながらも内火艇の勇敢さに感嘆した。
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上陸後30分。
「大隊長から通信だ。港湾管理棟に敵指揮官が立てこもっている。狙撃小隊に狙撃命令」
通信兵が伝える。
「任せろ」
南雲中尉は無線機を抱えながら、狙撃銃を構えた。
「標的捕捉。約600メートル、屋上の遮蔽物右側」
息を止めて引き金を絞ると、銃声が静かな朝の空気を切り裂いた。
「命中!」
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午後になり、港湾はほぼ制圧された。
「旗をあげろ」
藤堂大隊長が静かに命じた。
旭日旗が港湾の高台に掲げられると、艦隊から一斉に汽笛が鳴り響いた。
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港湾での休息時間、佐伯と宮沢は煙草をくわえて話す。
「これで終わりだと思うなよ。ここからが本番だ」
宮沢が吐き捨てるように言った。
「そうだな。ここから先は陸軍も入ってくる。俺たちの仕事はまだまだ続く」
佐伯は目を伏せた。
「だが、俺たちはやり遂げた。誇りに思っていい」
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その日の夜、星空の下、佐伯は戦友たちの名前を心の中で繰り返した。
そして強く誓う。
「必ず生きて帰る。みんなのために」