4話 賭けと大会と冷汗
翌朝、地獄かと思うようないびきで目が覚めた。外はまだ暗く満点ほ星空がめちゃくちゃ綺麗だった。
唯一残念なところは...このいびきだ...。
これまでおじさんと同じ部屋で寝ることはなかったからか気づかなかったが、この人想像以上にいびきがうるさい。今のうちに叩き起こしてやろうかと思ったが、可哀想なので部屋を出る。少し散歩をしてこよう。
外に出ると星空が窓越で見るよりもずっときれいに輝いて見えた。
特に行く当てもないし、そこら辺でもぶらついておこうかな。この夜空を堪能できるだけで外に出たかいがあるってものだ。
しばらく町をぶらついていると深夜だというのにいまだ明るい店を見つけた。行ってみようかな。
好奇心でその店の扉を開けてみる。
中では...ムッキムキの男3人と、ムッキムキの店主とみられる男が1つのテーブルを囲んで何やら話していた。
「ん?こんな時間に客か?...えっ子供!?」
店主がびっくりしたという顔でこちらを見てくる。まずいか?
「えっと...ちょっと散歩してたらまだ明るい店を見つけたので...。ちょっと興味があって覗いてみただけですので...。それでは」
まだこの町をまわってみたいし今宿に強制送還されるのはごめんだ。
そそくさと店を出ていこうとしたら
「おい小僧、お前も参加するか?俺たちは今日の大会で賭けしてんだ」
客の1人から発せられたその言葉に思わず足が止まってしまう。
賭け...か。したことがないし運が良ければお金が増える。何よりめちゃくちゃ興味がある。
「え、お前やるのか?...」
店主が引いている。無理もない。こんな深夜遅くに子供がいること自体結構問題なのにその子供が賭けをしようって言うんだ。どうかしている。
店主は乗り気じゃなかったが、一緒にテーブルを囲む。テーブルの上にあったのは今日出る出場選手の名簿だった。
「一体これをどこで?」
聞いてみると
「そりゃ、秘密裏につながってるやつからだよ」
一人の客が答えた。店主が動揺しまくっている。おそらく店主がその人物とつながっているのだろう。
大丈夫だ。僕は口が堅いことで有名なんだ。別に口外したところでなんの得もないし。
「大丈夫です。口外はしませんので」
名簿からめぼしい選手を探す。なかなかパッとする選手がいない。賭けってものはこんなに難しいものなのか。
「あれっ、これ小僧じゃないか。お前出場するのか。へ~、大したもんだ」
見ると僕の名簿もあった。本当に全員分あるようだ。恐ろしや。
「せっかくだし俺はこの小僧に賭けるぜ。もしかしたら優勝しちまうかもしれないしな」
もちろん優勝する気で来ているのだけれど...。さて僕は誰に賭けようか...ん?
僕もめぼしい人を見つけた。その人はフードをかぶってマントもつけていていかにも姿を隠したそうだ。フェイカルって言うらしい。
こんな写真でいいのかよ。
いかにも男子が好きそうなかっこうしてるし、きっと強いはず。この人が優勝したら僕は大会で負けるが、賭けには勝つ。どっちに転んでもいい気分になるし保険だ。
「僕はこの人に賭けようと思います。ちなみに一人いくらかけるんですか?」
そういえば聞いていなかった。金額によってはかけること自体出来ない。
「そういえば言ってなかったな。本当は1人金貨5枚ってところなんだが、小僧は子供で初めてだし金貨2枚でいいぞ。持ってるか?」
...持ってはいるが、丁度全財産だ。少ない少ないお小遣いだ。もし優勝もできずに賭けも負けたら一文無しだ。まだ必要なものはおじさんが買ってくれるが、自由に使えるお金は無くなる。優勝賞金は金貨100枚だし優勝か賭けに勝つことさえできればいいのだが...。これは死ぬ気で大会に挑むことになりそうだな...すべてはお金のために。
金貨2枚を置いて店の外に出る。まだ太陽は上ってこそいないが少しずつ明るくなってきた。
そういえば昨日思いついた魔術...いや、技といった方がしっくりくるか。昨日思いついたグランドバーストは魔術の組み合わせでも何でもないしな。
とりあえずその技の練習でもしに町をいったん出よう。人目につかない森の奥でちょっと試してみよう。うまく行くかな。うまく行くといいな。
練習が終わり宿に戻る。まだ二人とも起きていないようだ。起きるまではこの地獄のようないびきを聞きながら本を読んで時間をつぶすとしよう。
「おお、ラベル。もう起きていたのか」
やっとおじさんが起きた。早く起きすぎたせいでもうお腹が減ってたまらない。何ならお腹が痛くなってくる始末だ。早く朝ごはんを食べたい。
メルを起こし朝ごはんを食べに行く。
どうやら今日は昨日とは別の店に行くらしかった。どんな店だろうかと楽しみにしていたんだが...
早朝に行った店じゃん。なんてこった。さっき出て行った子供がまた来たって気まずくないか?...いや、考えすぎか。
少し躊躇しながらも中へと入ってみる。どうやらそこは朝と昼は定食屋、夜はbarをしているらしかった。
幸いなことにあの人たちは見かけなかった。barを担当しているのだろうか?
何にせよ、今日は大会があるからしっかり食べておかないと体がもたない。今は真剣に集中して食事をしよう。
今日も今日とて僕が食べるのはステーキだ。少し高いけどおじさんが払ってくれるし問題ない。
「どうだ、今日優勝できそうか?」
どうだと言われても...。わからないとしか言えない。
「まあ今日は優勝が目的じゃない。いろいろな戦いを見て学んできなさい。それがラベル、君の将来につながるだろう。もちろんメルの将来にもな」
そうだ、忘れていた。今日は優勝しに来たんじゃない。学ぶために来たんだ。さっき賭けをしたときからすっかり忘れていた。
まずは学ぶことが最優先だ!...と言いたいところだけれど、お金のことが頭からこびりついて離れない...。
朝食を食べ終わった後店を出た。特にすることがない。何しよう。まだ大会までは時間がある。また森に行こうかと悩んでいると
「腕試ししようよ。今暇でしょ?1戦するぐらいの時間はありそうだし」
メルが決闘を申し込んできた。いいだろう受けてたとう...ところでどこで決闘をしようか...。
孤児院には自由にできる土地が広くあったがここでは自由にできない。どうしたものか...
そうだ!森でしよう。あそこ結構ぼこぼこになってるけどそんなステージも悪くない。
「なんでこの森こんなにボコボコなの?」
「さ、さあ僕も知らないな~。は、初めてくる森だし...」
「でもこの森で腕試ししようっていったのはラベルでしょ?」
勘の鋭い奴め。こんなボコボコにしたと知れたら僕がボコボコにされてしまうかもしれない。
「ま、まあいいでしょ。早く始めないと時間が来ちゃうから早く始めようよ」
「それもそうだね。早く始めよっか」
何とか話をそらせた。危ない危ない。
位置について
「よーい...はじめ!」
一気に距離を詰めて近接戦闘に...持ち込もうと思ったがさすがにメルを殴ることはできない。どうしたものか...。とりあえず下級魔法でけん制しよう。
またか...またけん制のつもりで撃った魔法で勝ってしまった...。
「もう一回!」
メルの元気のいい声が聞こえてくる。本当にタフだな。
「これから大会もあるんだし、これ以上はやめて休憩しよう」
さすがに大会に向けて体力と魔力は温存しておきたい。残りの時間は屋台を少しまわってみよう。もっとも、お金はないのだが。まあ見てまわるだけなら無料だ。
町に戻って屋台を見てまわって、ようやく。本当にようやく大会の時間になった。長かった。退屈でしんでしまいそうだったよ。まあさすがに冗談だけど。
受付にまた並んで確認を行った後待機室に向かうらしい。僕たちもそれにならぶ。
後ろからすごい気配を感じる...。いやな予感がするが、振り向かないわけにもいかず、恐る恐る振り向いてみる。
げっ、昨日のストーカーじゃないか。すんごい睨んでくる。まさかの大会の選手だったのか。この人は魔術を使えるのだろうか?いや、あまり頭のよろしくないように見えるというわけではなくて...。
魔術にも属性で剣を作り出したり魔力の身体強化とは別に、身体強化の魔術とかあるにはあるのだから不思議ではないか...。
そうだ!僕も剣を作って戦えばいいじゃないか。ナイスストーカー、いい考えが浮かんだよ。
幸いすぐ僕の番はすぐに来たのでそのストーカーから逃げることが出来た。危ないところだった。
待機室はまさかの個室だった。もしかして全員分の個室があるのか?
もしそうだとしたら財力えぐいな。さっきの受付のところだけでもかなりいたけど全員分の個室があるってのかよ...あれ?もしかして出場料をどれだけ払ったかによって部屋のグレード変わってきたりするのか?
そういえば払った記憶が無いんだが...まさかおじさん?あとで聞いておかないともやもやするな。
今はそんなことより心を落ち着かせないと。せっかく個室が用意されていたんだ、十分活用しないと。
精神統一、精神統一、精神とうい........
寝てた!!まずい!!
今何時だ!今誰と誰が対決しているんだ!
冷汗が頬を伝っていくのを感じる。これはあれだ、起きたら遅刻する時間だった時とおんなじ汗だ。
そんなことはどうでもいい。今は急いで今の状況を確認しないと。とりあえずスタッフが部屋まで来ていないところから遅れてはいないと思われる。
フ~、いったん落ち着こう。
「ラベルさん、次の試合ですよ。準備はできていますか?」
ヒェッ
変な声でた。
とりあえず次ですよと。遅れていないことが確定して安心だ、ひとまずは。
「できてます。もうすぐいきます」
準備も何も素手なのだから持っていくものも何もない。
出場前の待合室みたいなところに着いた。当たり前なんだけど今から出場だってのに一人なのは不安だ。心細い。
!?
いきなりノックされた、今?誰が何しに来たのか?忘れ物でもしたのか?
「ラベル、いるでしょ?」
「何しに...来たんだ?」
「出場前で緊張していると思って何となく来ただけだよ」
マジか、すげえ心読まれてる気がする。
「ま、まあ緊張してるよ、メルが来てくれたおかげで少しだけ緊張が解けたよ。ありがとう」
「そう、それならよかった。頑張ってね」
すごい見透かしてくる友人だ。大切にしないと。
「扉の奥へ進んでください」
部屋にあるスピーカーから声が聞こえる。出番か。
心臓の音が鮮明に聞こえる。心拍数が300ぐらいになってるんじゃないだろうか。うるさい。あの地獄のいびきとどっちがうるさいだろうか。
緊張を和らげるためにくだらないことを考える。
心の準備ができた。さて、進もう。
扉を開けると広い通路があり、目の前にはもうグラウンドが見えている。あとは進むだけだ。
焦るな落ち着け、俺は多分強い。そう言い聞かせるしかない。吐き気がしてきそうだ。
呼吸を整え一気に走って出口前まで行く。そこからまた落ち着かせ、歩き出す。
日差しがまぶしい。緊張からそう感じるだけだろうか。
目の前には杖を持つ男の出場者がいる。明らかに遠距離を得意とする装備だ。一気に決めよう。相手に何もさせなければいい。
「両者、位置について...よーい、はじめ!」
合図と同時にスタートダッシュを決める。魔力による身体強化をして一気に距離を詰め、殴る。
......。相手は吹き飛び砂ぼこりが巻き起こった。砂ぼこりでよく見えないが相手が飛んで行った方向から轟音が聞こえた...。死んでないよね?
しばらくの静寂の後、砂ぼこりが収まり、目の前には吹き飛ばされ全身を打撲し、血を吐いた相手が...。
全身から血の気が引いていく。きっと顔も青ざめているだろう。緊張と殺してしまったかもしれないという思いでその場から動けない。
スタッフの人に待合室まで優しく連れていかれた。おじさんがいないか観客席を見渡してみたがおじさんの姿はなかった。見られていなかったからといってなんだという感じなのに、焦りでそんな行動をしてしまう。
どうしよう。殺してまではいないと信じたいけど...。心臓がバクバク音を立てて脈打つ。さっきの冷汗とは違う冷汗が出る。夢であると信じたい。ほかは何も考えられない。
待合室まで戻る途中スタッフの人が
「よくあることですので、大丈夫です。いつも対格差がありすぎる場合に起きるんですけどね...今回は少し油断していました。こちらの落ち度でもあります。すみません」
そんな慰めのような言葉をかけられた。よくあることって...。
ウッ
いきなり吐き気が襲ってきた。緊張でギリギリ耐えていたのがさっきので耐えられなくなったのだろうか。
急いでトイレに駆け込む。自分から血の気が感じられない。
ギリギリ間に合った...。吐き終わりトイレの鏡を見ながら思う。
これからどうなってしまうのだろう。刑務所行きだろうか?
部屋に戻ると勝手にメルが入っていた。
「さっきは大変だったね。大丈夫安心して、さっきスタッフさんから息がある。腕も足も無事だしただの大けがだってさ」
ただの大けがってなんだよ...。でも一気に体が柔らかくなったかのように張りつめていたものが一気にとけたようにその場に倒れこむ。血の気が戻っていくのも感じる。例えるならそうだな...寮に忘れたと思っていたプリントがバッグから出てきた時ぐらいの安心感だ...。ふう、こんな冗談を思えるぐらい回復したようだ。
「とりあえず、今回はラベルの勝ちだよ。おめでとう。次私だから行ってくるね」
とりあえず待機室に戻ろう。
とりあえず相手が無事だということが分かったけどいまだ少し心臓がバクバクなっている。
次からは手加減をしないと...。
自分の力をわかっていないとこんなことも引き起こしてしまうのか...定期的に力量を図っておかないと。
今はとりあえず待機時間だ。水を軽食をとったら少し本を読んで落ち着こう。もちろん魔術の本だ。
そういえば次の試合の相手は誰だろう。部屋のモニターを見る。
僕は次の相手を見てびっくり仰天驚愕!?
何と次の相手はあのストーカーだ。ゴリゴリマッチョの男の人だ。
この人にならあの全力を出しても大丈夫そうか?...いや、いったん相手の力量を見てからだ。あの経験は二度としたくない。無事だとわかった今でもあの感じを少し引きずっている。次からは慎重にいこう。