第三話 母と呼ばれて
マヤが目覚めた場所は、ベッドの上だった。
「あれ? どうして?」
ギャング達に追われていた筈のマヤは、首をかしげた。
後頭部に石が当たったマヤは、意識を失いながらも体だけは夢遊病のように走り続けるという離れ業で、ギャング達をまいたのだ。
そんな事情だから、教会の屋根を踏み破って転落した事なんて、全く記憶が無かった。
ベッドから上半身だけ起こして辺りを見回すと、西部では平均的な普通の民家の寝室のようだった。
窓がガラスではなく鎧戸なので金持ちではないが、そんなに粗末なベッドでもなかった。
そして、ベッドの脇では女の子が椅子に腰掛けたまま、背もたれによっかかって眠っていた。
ますますマヤにはわけが判らなくなっていた。
椅子で寝ていた女の子は、バランスが崩れて突然椅子から転げ落ちた。
「きゃっ」
床に這いつくばった少女は、ゆっくりと立ち上がった。
「いたたた」
服のホコリを手で払った少女が顔を上げると、マヤと目があった。
マヤが目を覚ましたと知って、少女の顔が花が開いたかのように明るい笑顔になった。
「お母さんっ!」
とんでもない事を言って、少女がマヤに抱きついた。
「いいっ!? お、お母さん?」
子供を生んだ覚えが無いマヤは、ますます混乱してしまった。
「そうよ、お母さん。神様が願いを叶えてくれたんだよね」
事情が飲み込めないマヤは、少女から経緯を聞きだそうとした。
突然、床下から大きな音がした。ここはどうやら二階の部屋のようだ。
「お兄ちゃん!」
少女が慌てて部屋から飛び出した。
一階の玄関では、キリーがチンピラ風の男達ともみ合っていた。
「ここは、俺の家だ!」
「もう、俺たちシャープクローのもんだって言ってんだ!」
チンピラ達は、キリーを容赦なく蹴り飛ばした。
「うわっ」
キリーは、階段の下まで転げまわった。
「キリーお兄ちゃん!」
踊り場にいた妹が、兄の姿を見て階段を駆け下りた。
「来るなミリ!」
キリーが静止しようとした時、チンピラ達は駆け寄ってきた。
「この辺り一帯、全部ぶっ壊して更地にするんだ。二人とも、ここから出て行きやがれ!」
キリーとミリは、チンピラ達にむりやり抱きかかえられた。
「お兄ちゃん!」
「ミリ!」
キリーが妹に向かって手を伸ばした瞬間、誰かがその腕を掴んだ。
「うがあっ!」
キリーを抱えていたチンピラが、突然後方に吹っ飛んだ。
続いて、ミリを抱えていたチンピラが、ミリをひったくられた直後にまたも吹っ飛んだ。
気がつくとキリー達は、見知らぬ女性の両脇に抱えられていた。
「お前、まさか」
キリーは、彼女がミリの介抱していた女性だと気付いた。
「お母さん!」
ミリが、マヤの顔を見上げて笑顔になった。
「いや、お母さんっていうのは……。ていっ!」
背後からこっそり近寄ろうとしていたチンピラを一人、マヤは振り返りざまの回し蹴りで吹き飛ばした。
「なに? お母さんだと?」
「てめえ、子供のしつけがなってねえな」
まだ戦えるチンピラ達が、次々にナイフを取り出した。
抱えていた二人を階段の途中に座らせると、マヤはチンピラ達に向かって指を突き立てた。
「のこり五人か、少ないわね。あなた達、とっとと出て行きなさい!」
マヤの言葉に逆上したチンピラ達は、一斉に襲い掛かった。
「お母さん!」
ミリが叫んだ瞬間、マヤは突然姿を消した。いや、垂直に飛び上がって二階の階段の手すりの根元につかまったのだ。
そのまま体を振り子のようにスイングさせると、頭を蹴られたチンピラが壁に叩きつけられた。
手すりから手を離したマヤは、更にもう一人のチンピラの頭を掴んで、床に思い切り押し付けた。
「うぐっ」
ナイフでは敵わないと悟ったチンピラ達は、ナイフを投げ捨ててピストルを取り出した。
それを見たマヤは、何度もとんぼ返りしながら三本のナイフを床につく前に全部キャッチしてチンピラに向かって投げ返した。
「うぎゃっ」
ナイフはチンピラ達の手に命中し、ピストルは三挺とも床に落ちた。
「さあ、まだやるの?」
既に勝負は決着していた。チンピラ達は、気絶している仲間達を抱えて、あたふたと逃げ出した。
「くそっ、憶えていろよっ」
「俺たちには、シルバー・ボン様がついているんだからな!」
チンピラの捨てゼリフを、マヤは聞き逃さなかった。
「そうか、あいつが来るのか」
偽者が来るなら好都合だと、マヤは思った。




