第二話 兄と妹
誰もいない教会に、二人の子供の人影があった。男の子の方がやや大きかったが、それでも十歳には至っていないだろう。
「おい、ミリ。いつまでお祈りしてんだよ、もう帰るぞ」
「お兄ちゃんも神様にお願いしようよ。きっと叶えてくれるよ」
神様とミリは言っているが、この教会には神像などなかった。それどころか司祭もシスターも教会にはいなかった。
この辺は住民達が地上げで引っ越したので、教会も新しい住宅街に移ってしまったのだ。
きっと今頃は、こんなちっぽけな木造とは比べ物にならない石造りの立派な教会で、ミサでもやっている事だう。
ミリが祈っていたのは、壁に刻まれているので新しい教会に移されずに残ったレリーフだったのだ。
神像とレリーフの区別のつく年齢でないのか、神様の姿をしていれば何でもいいからなのか、ミリは祈りをやめなかった。
「神様、どうかわたし達にお母さんを下さい。お父さんもなんて贅沢は言いませんから、お願いです」
ばかばかしい、とキリーは思った。ミリが物心付く前に、二人の両親は死んでしまった。キリーでさえも、両親の顔はおぼろげにしか記憶していない。
二人のいた施設も、容赦の無い地上げで夏に閉鎖された。友達の多くは別々の施設に預けられたが、キリーはミリと引き離されそうになったので、脱走したのだ。
かつての実家に戻ってはみたものの、地上げによって家の周囲には誰も住まなくなっていた。いや、新しい住民が住んでいた。
彼らは、二人と同じく身寄りの無い子供たちで、もうすぐ取り壊される空き家に勝手に住み着いていたのだ。
キリーの家も、いつの間にかギャング達の所有物になっていたので、いずれは一緒に取り壊される事になるのだろう。
そうなれば、二人には居場所がなくなる。こんな世界に、神などいない。
キリーには祈るよりも残飯をあさる方が大事だった。特に今夜は、各地でパーティが行われるので、一気に十日分もの食料が期待できた。
ミリを家に送ってから商店街に行こうと思ったが、こんなにグズグズされていたら残飯が他の子供達や野良犬に残らず取られてしまう。一刻の猶予も無かった。
「俺が戻ってくるまで、ミリはここで待ってい……」
突然に屋根が崩れ落ちて、キリーの声が破壊音でかき消された。
「ミリっ!」
キリーが慌てて駆け寄って、ミリを抱き上げた。ミリも必死で兄にしがみ付いた。
長く手入れされていなかった教会なので、とうとう寿命で崩れたのかと思ったが、そうではなかった。
壁際まで逃げた二人が見上げると、屋根が落ちたのは一部分だけだった。そして床には、瓦礫と一緒に意外な存在があった。
「人間? どうして人が落ちてきたんだ?」
二人の前に倒れていたのは、マヤだった。
早朝の町を、カズミはとぼとぼと歩いていた。
「マヤ、どこに行ったの?」
結局、マヤは帰ってこなかった。しかし、いつまでも同じ場所でじっとしているわけにもいかない。早く隠れる場所を探さないといけなかった。
はじめて来た町では、マヤの行きそうな場所に心当たりが無かった。どうすればマヤに会えるだろうか。
「いや、心当たりが一つだけあったわ」
カズミが知っている心当たりは、ただ一つ『シルバー・ボン』だった。
「こうなったら、私ひとりで用心棒をやっつける!」
偽者のシルバー・ボンの居場所は判っている。カズミは、マヤなら用心棒をどうやって倒すかを考えた。




