第一話 聖夜の別れ
この作品は「『シルバー・ボン』荒野に現る」の続編ですが、この作品だけでも楽しめるように構成されています。
マヤとカズミは、路地裏のゴミ箱の陰に隠れていた。
カズミの右肩からは、怪我でもしているのか血が出ていた。
「ごめんなさい、マヤ。またしくじっちゃって」
「あやまらないで、カズミ。あんたは、上手くやってるわよ」
そう言って立ち上がるとマヤは、カズミが羽織っている茶色いポンチョを剥ぎ取った。
「マヤ、まさか……」
カズミの問いかけに答えず、マヤは路地裏から飛び出した。
「ダメよマヤっ!」
カズミはマヤを追いかけようとしたが、全身が痛んで立つこともままならなかった。
王国の植民地から独立したばかりの『新生共和国』は、首都圏から遠く離れた地域まで司法も行政も行き届いてはいなかった。
そんな辺境の地で、独立戦争の英雄とも修羅とも呼ばれた『シルバー・ボン』の存在が噂されていた。
最も、写真の無い時代なので有名人には偽者が多く、各地に出没する『シルバー・ボン』も、ほぼ全部が偽者だった。
カズミとマヤは、そんな偽者のシルバー・ボンを次々とこらしめていた。カズミ自身もシルバー・ボンと名乗って。
辺境の中では比較的大きな町『オークタウン』は、最近発見された水晶の鉱山で発展した町だった。この町のギャング『シャープクロー』は、国の直轄である鉱山にこそ手は出せなかったが、急速に拡大する町の土地を地上げする事で、利益を得ていた。
そのギャング達の用心棒もまた、シルバー・ボンを名乗っていたのだ。
ギャングも人の出入りが多すぎて用心しきれなくなる聖夜祭を利用して、町に潜入して用心棒に戦いを挑んだカズミ達だったが、事前に入手したシャープクローの情報が古く、構成員が情報の三倍もいた事で計算が間違ってしまった。
命からがらギャングのアジトを脱出した二人だったが、カズミが手足に傷を負ってしまった。
カズミから追っ手を引き離すため、マヤは彼女の身代わりとなったのだ。
地上げが進んで人気の無くなった町を、マヤは屋根から屋根へと飛び移りながら駆け抜けていた。
どこか遠くの方から、聖夜を祝う宴が聞こえて来るが、今のマヤにとってはどうでもいい事だった。
「あそこにいたぞ!」
「回りこめ!」
ギャング達の声が、無人の町に響き渡った。
「そう簡単に、捕まらないわよ」
急激に数を増やしたギャング達は、チームワークがバラバラだった。屋根の上でマヤを追う者と地上を走る者が、なんとかはさみ討ちにしようとしているのだが、マヤは余裕で敵の包囲をすり抜けていた。
「とはいえ、このまま屋根を走り続けているわけにもいかないわね」
カズミからは大分離れたので、そろそろ屋根から下りようかと思った時、マヤの後頭部に激痛が走った。
「あぐっ」
それは、ギャング達がデタラメに投げた石の一つだった。ピストルとライフルには警戒していたマヤだったが、音も無く飛んで来た石までは全部を予想しきれなかったのだ。しかも夜空に溶け込む黒い石では、超人的な戦闘能力を秘めていたマヤでもよけられなかった。
意識がもうろうとしてきたマヤだったが、それでも追っ手をまこうと必死に走り続けた。