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婚約者が肉食系女子にロックオンされています

読み切りです。

「どうしていつもそうなのっ?付き合いたくないならハッキリとそう言えばいいのよっ!」


「付き合いたくねぇとは言ってねぇぞ。仕事が入ったんだから仕方ねぇだろ」


「ウソよっ、どうせ“アミカのウェディングドレスなんて興味ねぇ”って思ってるんでしょ!」


「勝手に決めんなよ。そんな事思ってるわけねぇだろっ」


「だっていつも私の買い物には渋々付き合ってる感じじゃない!」


「そりゃ一軒一軒、一時間もかけてられちゃ手持ち無沙汰くらいにはなるが、嫌だと思った事は一度もねぇぞ。早くしてくれとは思ってるが」


「ほらやっぱり!私の事なんてどうでもいいんじゃない!」


「だからなんでそうなるんだよっ」




アミカ=ロメイル(19)は魔法省の事務員だ。

父が魔法省の高官で、まぁいわば縁故採用になる。


彼女にはもうすぐ結婚する、同じく魔法省の職員であるウォルト=ベクター(22)という、将来は上層部の高官になるのは間違いなしと言われている優秀な婚約者がいる。


それがたった今言い争いをしていた男なのだが、二人の婚約は幼い頃に結ばれたものだ。


それ故に誰よりも近しく、まるで兄と妹、まるで親友のように共に成長してきた。


その弊害か互いに気心が知れ過ぎ、そして遠慮が無さ過ぎでちょっとした言い争いは日常茶飯事であった。


そんな二人の間に波風を立てる女性が現れる。


最近、魔法省捜査二課に勤めるウォルトのバディになったロマーヌ=スミズ(22)という女性職員だ。


彼女は昨今流行りの結婚適齢期に拘らない職業婦人で、そしてこれまた流行りの自由恋愛主義を掲げる女性であった。


自由恋愛主義者は平民に限らず、近頃若き貴族子女達にも増えているという。

親や家の(しがらみ)に囚われる事なく、自ら恋愛相手を探し自ら結婚相手も探すという先鋭的な思想の下に掲げられている生き方だ。


その自由恋愛主義者のロマーヌが次の自由恋愛の相手としてアミカの婚約者、ウォルトを狙っているのだ。


彼女は堂々と「いまだに親の決めた相手と結婚するなんてナンセンスだわ。これからの時代、人生の伴侶は自分で選び勝ち取らなきゃ!」と公言して、それまた堂々とウォルトに交際を申し込んだのだ。


対するウォルトは

「自由恋愛を掲げるのは勝手だが、俺の婚約をとやかく言われる筋合いはない。俺はこのまま、婚約者である彼女と結婚するのだからキミとは交際出来ない」

と、その場でロマーヌにお断りの文言を述べたらしい。

だがそれが返ってロマーヌに火を付けたようなのだ。


「簡単に靡く男なんてつまらない。彼には私のような自立した女が似合うのよ。政略であてがわれた婚約者の小娘なんて蹴散らしてやるわ!」


とますます息巻いてウォルトに猛アプローチを繰り返すようになったという。

ロマーヌは恋愛に貪欲なガツガツ肉食系女子であった。



そしてアミカは結婚前の社会勉強と称して縁故採用で父や婚約者の息がかかる魔法省に放り込まれるようなお嬢様ではあるが、言われっ放しで終わらせるような大人しい性格の持ち主ではない。


現に今もウォルトとの言い争いの最中に、


「まぁキーキーと煩いお嬢ちゃんね。これじゃあただのワガママ三昧の子供じゃない。ベクターが気の毒すぎるわ、こんなお子ちゃまと結婚しなくてはならないなんて」


と言ってウォルトの味方をしてアミカを貶してきたが、それに屈するアミカではない。


「ちょっとスミズさん、自由恋愛だかなんだか知りませんけど、人の婚約者に色目を使うのはやめて下さらない?そういうのは自由とは言わず節操無しというんですよっ」


と、真っ向から言い返した。



「まぁぁ~小娘のくせに生意気ねぇ。こんな気の強い小娘と結婚しても疲れるだけじゃない?やはり結婚相手は気の休まる相手じゃないとねぇ」


「なんですって!」


売り言葉に買い言葉なのだが、ロマーヌのあまりにも失礼なもの言いにカッとしたアミカの視界を広い背中が遮った。

ウォルトがアミカとロマーヌの間に割って入ったのだ。

背に隠された形になり、アミカはぷぅっと頬を膨らませる。

こてんぱんに言い負かしてロマーヌにぎゃふんと言わせてやりたかったのに、なぜ邪魔をするのか。


ウォルトは落ち着いた声で自身のバディであるロマーヌに言った。


「そこまでにしてくれ。それで?スミズ、仕事の用事か?」


先程までアミカに見せていた顔とは別人のようなイイ顔をして、ロマーヌはウォルトに向けて微笑んだ。


「ええそうよ。例の魔法詐欺の別件で被害者宅に行って欲しいと課長が」


「そうか、じゃあ行こう。……アミカ、ドレス選びの事はまた後で話そう」


そう言って歩き出すウォルトの背中にアミカを声かける。


「え?ちょっと待ってウォルトっ……」


そんなアミカに何故か勝ち誇ったような顔でロマーヌが言った。


「ごめんあそばせ、これから仕事なの。私たちはバディだからいつも一緒に行動しなくちゃね。アラ、もしかして婚約者である貴女とより彼と一緒の時間を過ごしてる?ヤダごめんなさいね、ふふっ」


「なっ……!なによっ私なんてウォルトがお漏らしをしていた頃から一緒なんだからっ!」


今、両親がここに居たらそれはお前だと言われそうな事をアミカは言い返したが、ロマーヌはふふんと鼻にかけた笑いをしてこれ見よがしにウォルトの後を追いかけて行った。



「なによっ……なによなによっ……!」



アミカは悔しくて堪らなかった。


確かにここ最近はウォルトの仕事が忙しくなかなか一緒に過ごす時間が取れない。

悔しいが本当にウォルトは仕事の相棒(バディ)であるロマーヌと一緒にいる時間の方が長いのだ。


そして仕事の忙しさを理由に結婚の細々とした準備は全てアミカが母親たちとしている状態だ。

(まぁ本来はそういうものらしいのだが)


だけどそれよりも何よりもアミカを不安にさせているのは省内で真しやかに囁かれている噂だ。


夜遅くまでウォルトとロマーヌが二人だけで資料室に篭っていただとか、


最近ウォルトのため息が多いのはアミカとの結婚が迫ってきて逃げ出したくなっているのではないかとか、


本当はすでにウォルトとロマーヌは自由恋愛を謳歌していて、それはアミカとの婚姻後も続くのではないか……とか。


そんな様々な声が耳に届き、アミカを苦しめていた。


ウォルトはもちろん噂は噂で事実無根であると公言しているが、この手の噂は本人が否定すればするほど面白味を増して広がっていくのだ。



───そうよ!ウォルトはそんな不誠実な人じゃないもの!ウォルトが違うと言っているなら違うわよ!



幼い頃から誰よりも近くにいたアミカだからわかる。

ウォルトはアミカを裏切るような事は絶対にしないと。


でも、誰よりも近くにいたからこそ不安なのだ。


ロマーヌとの関係が不安なのではない。

(いや大いに不安だが)


ウォルトにとってアミカは妹に毛が生えたような存在で、一度も女性として見てくれた事はないのではないか。

だからそんな時に側に現れた大人の色香を纏う女性であるロマーヌに隙を突かれるのではないか……などと思い悩んでしまうのだ。


もしそうなら、このまま結婚しても大丈夫なのだろうか。


そんな不安がぐるぐるぐるぐるアミカの心の中で(とぐろ)を巻き続けている。



───ウォルトは本当に私と結婚してもいいと思っているのかしら……。



アミカの方はウォルトが初恋の人で、ずっとずっとウォルトだけが好きだった。


だけどウォルトはそうではないだろう。


そんなアミカと結婚してもやはり妹にしか見れず、夫婦となった事を後悔するんじゃないだろうか。

そうやって少しずつ夫婦の間に隙間が出来ていって、いずれは離婚へと繋がるんじゃないだろうか。


そう思うとアミカは不安で不安で堪らなかった。




そんな日々が続く中、

週に一度は必ず夕食を共にしている金曜日。


残業になるので今夜は一緒に食事は出来ないとウォルトに告げられた。


「……え、そんな……だって先週だって残業だからって断られたのよ?それなのに今週もなの?」


「悪い、どうしても今のうちに片付けておきたい案件が山ほどあるんだよ」


「仕事と私、どっちが大事なの?なんてベタな事は言いたくないけれど、あんまりこれじゃあ叫び出したくなるわね」


「仕方ねぇだろ、仕事なんだから」


「ハイハイ!仕事ね、仕事仕事!美人なスミズさんとべったりマンツーマンで仕事が出来てようございましたわね!」


「なんだよその言い方はっ。べったりなんてしていねぇし、バディが美人だとか関係ねぇ」


「やっぱり美人だって思ってるんじゃない!」


「お前が言ったんだろっ」


「なによっウォルトのバカっ」


「……アミカ、機嫌を直してくれ。忙しいのは今だけだ。諸々片付けたら時間が空くから」


「わかっているわよ、ワガママばかり言ってるって事は。いつまでも子供で悪うございましたね!」


「あ、こらアミカっ!」


不貞腐れてその場を去るアミカの背中を追いかけるようにウォルトの声が聞こえた。

でもアミカは立ち止まらなかったし振り返らなかった。


近頃ずっと続いている不安な気持ちでぐちゃぐちゃになった顔をウォルトにだけは見られたくなかったからだ。


不安だから少しでも側にいたい。

そんな願いも叶わないのか。


かといってやはりワガママを言って困らせた自覚はある。

そんな地味に落ち込むアミカを見かねてか、同じ事務職の仲の良いい女性の先輩が夕食に誘ってくれた。

アミカもそのまま真っ直ぐ家に帰る気にもなれなかったし、気分転換がしたかったのでその誘いを受けた。


先輩との食事はとても楽しく、美味しい料理を食べながら嫌味な上司の悪口を言い合ったり、読んでいる小説のお勧めをし合ったりと、とても楽しい時間を過ごしたのであった。



ワインもグラス一杯だけ呑み、心地よい足取りで帰り道を歩いていた時、その酔いが一瞬で冷めるような光景が目に飛び込んできた。


通りの向こうのファストフード店で向かい合って食事をするウォルトとロマーヌの姿が、そこにあった。

二人はなにやら会話をしながらハンバーガーを頬張っている。



───残業だって言ったのに。だから今日は一緒に食事が出来ないって言ってたのに。スミズさんとは食事する時間があるんだ…….。

もしかして先週も?

もしかして他の曜日もそうやってずっと彼女と一緒にいて、食事をしたり色んな会話をしたりしていたの?



アミカとは近頃、顔を合わせたら言い争いしかしていないのに、ロマーヌとはああやって普通に接している。

言い争いは主に自分のせいだとわかっていても、アミカはなんだか鉛を飲み込んだような気持ちになった。



やはりウォルトにはアミカよりロマーヌのような自立した大人の女性の方が相応しいのかもしれない。


ずっと心にあったこの考えがいよいよ現実味を帯びてくる。


だけど今さら結婚を白紙に戻す事なんて出来るのだろうか。

両家の親はとても喜んでいる。

アミカの花嫁姿を楽しみにしてくれている。


それなのに土壇場になってこんな事になるなんて。


アミカにはもうどうすればいいのかわからなかった。



答えが出ないままでウォルトと向き合う事は出来ない。


アミカは次の日からウォルトを避けるようになった。


いつもはアミカの方からウォルトの元へと押しかけていたのだが、それを一切しなくなった。


ドレスを選ぶために二人でドレスメーカーへ行く日程も決めなくてはならないのに、アミカはウォルトと話をする気になれない。


どうせウォルトはアミカのウェディングドレスには何の興味もないのだ。

もうこの際、一人で決めてしまってもいいんじゃないかとそう思った時、ふいに後ろからぐいっと腕を掴まれた。


「きゃっ……!」


「あ、悪い、急いで引き留めようしていきなり声もかけずに引っ張っちまった」


「……ウォルト……」


見ればウォルトが額に薄らと汗をかき、アミカの腕を掴んでいた。


5日ぶり、くらいだろうか。

こんなに間近で接するのは。


以前はどんな顔をしてウォルトと接していたのかアミカにはもう分からない。


「どうした?アミカ。急に顔を見せに来なくなって……まだ拗ねてんのか?」


「すっ、拗ねてなんかいないわよっ!」


またすぐにカッとなって噛み付いてしまった。

本当にもう自分はどうしようもないなと自嘲する。


そんなアミカの乾いた笑みを見て、ウォルトは訝しげな顔をした。


「……なんだ、どうした、何かあったのか?」


「何もないわ……もう色んな事がイヤになっちゃっただけ……」


「イヤになった……まさかお前、それってやはりマリッジブルーか?」


「───はぁぁっ!?」


あまりにもウォルトにそぐわない、そしてあまりにも的外れな事を言われてアミカは思わずそんな声を上げてしまう。


「違うのか?近頃全然顔見せに来ねぇし、たまに省内で見かけても浮かない顔をしてるからどうしたんだろうと思っていたら、兄貴がそれはマリッジブルーなんじゃないかって……結婚前の娘によく見られて、義姉さんも罹患した症状だって言うから……」


「呆れたっ!違うわよっ!勝手に決めつけないでよっ!それにマリッジブルーを風邪引きみたいに言わないで!」


あまりにも思いがけない事を言われて(まぁある意味マリッジブルーの類なのかもしれないが)アミカは自分がウジウジと悩んでいた事が急にバカらしくなった。


そうだ、ウジウジしているくらいなら本人にぶつけてやればいいのだ。


「私が浮かない顔をしていたのならそれは全部ウォルトのせいなんだからねっ!」


「俺の?え?俺が何かしたのか?」


「こちらが聞きたいくらいよっ」


「ん?なんだよ?さっぱりわからねぇよ」


「私だってウォルトの事がわからないからこんなにも困ってるんでしょ!」


「なんだそら……まぁいい、ゆっくり話をしよう。今夜は残業なしに帰れそうなんだ、食事に行こう。今までの埋め合わせをさせてくれ」


「え?ホント?じゃあお気に入りのレストランに連れて行ってくれる?」


「ああいいぞ。スペシャルディナーコースにするか」


「もちろん!嬉しいっ!」


アミカは心の底から嬉しくなって、屈託のない笑顔をウォルトに向けた。


ウォルトに対しどんな顔をすればいいのかわからなかったはずなのに、肩の力を抜けば体が覚えているように自然に笑うことが出来た。


そんなアミカを見て、ウォルトはどこかほっとしたような表情を浮かべた。


「ウォルト?」


「じゃあ悪いけどいつもみたいに就業後にウチの課に来てくれるか?お前の課の方がすんなり終わるだろ?」


「ええわかったわ」


そう返事をして、その場はウォルトと別れた。

互いに午後からも仕事を抱えている。



───今日はお気入りのワンピースを着てきて良かった!あのワンピならちょっとしたお店でも大丈夫だわ。


アミカはウキウキとした足取りで省内の廊下を歩いた。

さっきまであんなに気分が沈みこんでいたのに我ながら現金なものである。



───でも、だってしょうがないわ。私はやっぱりウォルトのことが大好きなんたもの。



ちょうど良い機会が出来た。

今夜食事をしながらウォルトに思いの丈をぶつけよう。



アミカは素直にそう思えて、気持ちが幾分か軽くなっていた。




そして迎えた就業後の時間。


アミカは言われた通りに捜査二課までウォルトを迎えに行った。

が、ウォルトは急に外に出なくてはならなくなったらしく、それでもすぐに戻るから待合室で待ってるようにと同じ課の職員に言伝を頼んでいた。



───仕方ないわね。



すぐに戻ると言っていたらしいのだ。

言われた通り、大人しく待っている事にしよう。


そうして30分ほど経っただろうか。

先程言伝を伝えてくれた二課の職員がウォルトが帰省(きしょう)した事を教えてくれた。


今は備品室に課の備品を戻しに行っているという。

ウォルトがタイムカードを押している姿を見たらしいので、もう仕事は終わりなのだろう。


アミカは備品室までウォルトを迎えに行くことにした。

そうすればそのまま二人で帰る事が出来る。


そんな考えでアミカは備品室へと向かった。


中にウォルトがいるのだから当然部屋の鍵は開いている。

アミカはドアノブを回し、備品室へと入った。


しかしその次に目の当たりにした光景に、アミカの体は硬直した。


人気(ひとけ)のない備品室で、ウォルトは入り口に背を向ける形になって、一緒にいたロマーヌへとゆっくりと顔を近付けていく………。


背中を向けられていても二人が何をしようとしているのかは一目瞭然だった。



その瞬間、アミカの頭にカッと血が登った。


すぐ側にあった空のバケツをウォルトの背中目掛けて思いっきり投げつける。


「痛っ!!」


「きゃあっ!?」


背に命中し、痛みと驚きとで思わず声を上げるウォルトとロマーヌの悲鳴と、そして派手な音を立てて転がってゆくバケツの音とで備品室は騒然となった。


次にアミカは激情のままにウォルトに体当たりをして一緒に転んだ。


尻もちをつく形で座り込むウォルトの前でアミカは渾身の力を込めて、彼の胸を両手でどんどん叩きながら泣き喚いた。



「ウォルトのバカっ!!し、信じてたのにっ!信じていたのにっ!!こんなっ……酷いっ……こんなっ……!!」


激情のままに胸を打ち、涙を流して訴えるアミカを見て、ウォルトは目を大きく見開いて驚いている。


「アミカっ!?な、なんだよっ急にっ!?ど、どうして怒ってるんだっ!?」


「怒るに決まっているでしょうっ!?婚約者の不貞行為を見て怒らない女がどこにいるのよっ!!」


「不貞っ!?バ、バカッ何わけのわからなことを言っているんだ!?」


「わけがわからないのはウォルトの方よっ!たった今、キスをしていたくせにっ!!」


「はあっ!?キスなんかしてねぇ!!スミズが目に埃が入って痛いっていうから見てやっていただけだっ!!」


「ウソよっ!!たった今この目で見たんだからっ!!か、顔を近付けてキスをっ~~~……!」


「だからそれは違うって言ってんだろっ!」


「ぷっ、ぶふっ……あはっあはははっ!」


アミカとウォルト、二人で言い争いをしている最中(さなか)に、側で唖然としてその様子を見ていたロマーヌが突然笑い出した。


「なにがおかしいのよっ!この泥棒女っ!」


アミカはキッと睨みつけながらロマーヌに文句を言うが、ロマーヌは一頻り笑った後にこう返してきた。


「だって……あなたって本当にお子様なのね!ぷっ、ふふふ…あははははっ!いいじゃないベクター、もうこの際ホントにキスしたって事にしましょうよ。彼女はそう思い込みたいみたいだし?私はむしろ大歓迎よ?なんなら今からでも彼女の目の前で本当にキスする?」


明らかに馬鹿にして尚且つ無神経な事を言うロマーヌの言葉に、アミカはこれ以上ない憤りを感じた。

思いつく限りの暴言を吐いてやろうと思ったその瞬間、ウォルトの低く唸るような声が聞こえた。



「黙れ」


「え?なに?聞こえなかった」


ケラケラと笑っていた自身の声でウォルトの言葉が聴き取れなかったロマーヌが、眦に浮かんだ涙を指で掬いながら聞き返した。


それに対しウォルトは先程よりも更に低い、地を這うような声を発する。


「黙れと言ったんだ。お前とキスなんてしてねぇし、したいとも思わねぇ。糞ウザい事を言ってこれ以上アミカを傷付けるな」


「なっ?なによっ……そんな面倒くさい女より私の方がよっぽど…「もう一度言う、黙れ」っ……!!」


ロマーヌの言葉を遮ったウォルトの凄みのある声に彼女の顔色は一瞬で真っ青になる。


「ベ、ベクター……?」


「お前はもう帰れ。二人だけにしてくれ」


「そんな、ベ、ベクター?私はただっ…「失せろ」……っ!わっ、わかったわよっ!なによっ勝手にしなさいよっ!」


何を言っても言葉を遮り拒絶するウォルトに、ロマーヌはたじろぎながらもそう捨て台詞を残して足早に備品室から出て行った。



その足音をどこか遠くに聞きながら、アミカは混乱する頭でぐるぐると考える。


やはりウォルトと結婚することは叶わないのだ。

結婚式の準備をしている段階で他の女に奪われるなんて……!



「アミカ……」


ウォルトに名を呼ばれ、アミカの肩がぴくんと小さく跳ね上がる。


「アミカ、信じてくれ。俺は誓ってスミズとキスなんかしてねぇ」


「……あんなに顔を近付けといて何を言うのよっ!もう無理、信じる事を頑張れないっ……省内ではウォルトとロマーヌ=スミズが恋仲だと囁かれているし、あなたとは顔を付き合わせても喧嘩ばかりだし、おまけに私との食事を断ったくせに彼女とは一緒に食事をしていたしっ……!」


「は?いつの話だ?」


「先週の……金曜よっ。残業だから私とは食事に行けないとか言っておきながら、ロマーヌ=スミズとは一緒にファストフード店にいたじゃない!」


「あぁ、アレか。あの日は魔法省までデリバリーしてくれる店が臨時休業だったんだよ。だから仕方なく手っ取り早いファストフード店で食事を済ませた、ただそれだけだ。おまけにあの時は他の職員も居たんだぞ?」


「ウソよそんなのっ!どうやって信じろと言うのよっ!もう嫌っ!こんな辛い思いばかりしてもどうせウォルトは私の事なんて嫌いなんでしょっ!」


「嫌いじゃねえっ!」


「でも好きでもないんでしょっ!私の事なんかいつまでも妹にしか思えなくて、到底結婚相手としては見られないんでしょっ!もういいわよっ婚約は解消してあげるわよっ!ウォルトはロマーヌさんと自由恋愛でもなんでもして勝手に幸せになればいいんだわっ!私は私で誰か他の人を見つけて幸せになるからっ!!」


口早に捲し立て、アミカは一気に言い募る。


部屋の中に沈黙が訪れ、息切れしたアミカの呼吸音だけが虚しく聞こえた。



しかしその次の瞬間、先程ロマーヌに向かって発したものよりも何倍も低い声色でウォルトが言った。



「……他の誰かを見つけるってなんだ……」


「へ?」


「俺以外の誰か、他の男と結婚するとでも言いたいのかよ……」


「え?へ?」


「そんな事、許せるわけねえだろ」


ウォルトがそういったその後、アミカの視界が一転する。


「……え?……え?」


背中に冷たい床の感覚がして、唇に温かいものが押し当てられた。


───え?



ウォルトにキスをされている。

なぜこの状況でキスをされているのか?

この状況だからこそキスをされているのか?

何がなんだか訳がわからないアミカが、何がなんだか訳がわからないまま硬直した。


重ねるだけの優しいキスが何度も角度を変えて落とされる。

その温かさと心地良さに硬直が解けてくる。

当たり前だ、大好きで大好きでたまらない人とのキスだ。


アミカとウォルトはじつはこれが初めてのキスではない。


アミカが18歳になってからは何度か触れ合うようなキスはしていた。


その度にアミカは誰よりも身近にウォルトを感じて幸せな気持ちになるのだが、

今日、今この時のキスは……


「……っ!」


重なる度に段々と深くなるキス。

ウォルトに食べられてしまうのではないかと思うほど深く、熱く、狂おしいキスが繰り返される。


吐息と吐息が混ざり合い、もはやどちらの息づかいなのかもわからなくなる。


ウォルトから与えられる初めての大人のキスに、アミカはいつしか夢中になっていた。


───こんな、こんなに熱くて激しくて優しいキスなんかされたら、都合がいいように解釈してしまう……。


やがて惜しむようにウォルトから唇を離され、アミカは恍惚としてウォルトを見た。


彼の目は一心にアミカだけを捉えており、その眼差しには熱っぽい恋情を感じずにはいられなかった。


アミカはぽつりとぶやくようにウォルトに乞う。


「ウォルト……教えて……ウォルトは私のことをどう思っているの……妹のような存在?……わがままで口煩い幼馴染?……それとも……」


アミカのその問いかけにウォルトからは言葉ではなく、再びキスで返された。

今度は啄むような優しいキスを。


そして唇が触れるか触れないかの近さで囁かれる。


「妹や幼馴染にこんな事はしねぇよ。俺は昔からお前の事を自分の女だと思って接してきた」


「えっ、ウソっ……いつから?」


「お前がまだお漏らしをしていた頃から」


「そんな時からっ?」


最後にお漏らしした記憶は恥ずかしながら五歳で、その時ウォルトは八歳だからその時からという事になる?

もたらされた衝撃の事実にアミカは只々目を丸くする。


「だからアミカ、諦めろ。お前が嫌がっても他の男にお前を渡すつもりは更々ねぇ」


その言葉を聞き、アミカの眦から涙がひと粒零れ落ちる。


「……ウォルトは私の事、好き、なの……?」


「好きだよ。俺はずっとお前の事が好きで大好きで、可愛くてたまらねぇんだ」


「だって私、いつも怒ってばかりでちっとも可愛くないっ……」


「可愛いよ。俺にだけぷんぷん怒るお前が可愛くて仕方ない。だからわざと怒らせるような事も言ったりする」


「なんですとっ!?」


「アミカ。絶対幸せにすると約束するから、頼むから俺と結婚してくれ」


「既に結婚するって決まっているじゃない……」


「でも最近お前の様子が変で、俺はかなり不安だった。この段階になって結婚が嫌になったアミカにフラレるんじゃないかとビクビクしてた」


「えぇっ!?ウォルトがっ?だってそんな、まさか……」


「まさかってなんだよ、仕事が忙しくて全然一緒に過ごせなかったから不安になっていったんだ。仕事を前倒しして片付けようと決めたのは自分なのにな」


「え……?」


聞けばウォルトの仕事が忙しかったのは結婚式前後にまとまった休暇が欲しくて仕事を早めに片付けていたそうなのだ。

アミカとゆっくり蜜月をすごすために無理やり時間を作っていたという。


だけどそれによりアミカを放置する形になり、これでは本末転倒だと思い初めた時にアミカの様子がおかしくなっていって、不安で仕方なかったらしいのだ。


「ウォルトも……私と同じだったのね……」


「アミカ……」


「ウォルト。私もウォルトが好き、大好き!子供の頃からずっとずぅーっと好きだったの。私は絶対にウォルトのお嫁さんになるんだから!」


「アミカっ……」


くしゃっと泣きそうな顔をしてウォルトがアミカの名を呼んだ。


そしてまた、熱くて優しいキスを落とされた。





こうして、やっぱりただのマリッジブルーだったんじゃねぇか!と周りにツッコミを入れられそうな、アミカとウォルトのちょっとしたすれ違いは終了した。



二人の仲を引っ掻き回したロマーヌはというと、

なんと彼女はウォルトの他にも数名の男性に粉を掛けていたという。

しかしいずれもそれが判明して見事“ビッチ”や“節操なし”の称号を与えられた。

それからは職場の皆に侮蔑の眼差しを向けられるようになったそうだ。


そしてそれが耳に入った部長に、


「自由恋愛の自由をはき違えてはならない。他者を敬い、相手の気持ちを思いあってこその自由だ。その事を努努(ゆめゆめ)肝に銘じておくように」


とロマーヌは有り難いお小言を頂戴したらしい。


当然この事もあっという間に省内に広がり、ウォルトとロマーヌが恋仲だったという噂もロマーヌの自作自演だった事が簡単に明るみに出た。


今、彼女は省内でちょっとした鼻つまみ者である。

転職情報誌を読んでいたらしいから、近々魔法省を辞めていくのかもしれない。


まぁもうアミカには関係のない、どうでもいい話だ。



アミカはというと、雨降って地固まるではないけれどウォルトとの関係は良好だ。


相変わらず喧嘩も多いけど、怒っている自分も可愛いと思われていると知ってからはなぜか喧嘩も楽しい。


こうやって二人、きっといつまでも喧嘩をしながらもその都度仲直りして、共に手を離さず生きてゆくのだろう。


アミカは繋いでいる彼の大きな手を握り返し、そう思ったのであった。






───────────────────お終い







○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○





お読み頂きありがとうございました!


文字数の暴力、ごめんなさい(。•́ωก̀。)…スマヌ


明日も読み切りを投稿します。

明日こそは簡単にサクッと読めるものの…ハズ。

(꒪꒫꒪ )…タブン


投稿時間は20時です!


よろしくお願いします♪♪♪♪♪



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