第二部
里村と共に、立ち入り禁止と書かれた看板の所へ行くことにした。
私はにやにやしそうになっている自分の顔を、どうにか平然に戻した。
祠がある場所は、小さな森のようになっており、祠が置かれている場所から少し奥の方に看板があった。
ここの小さな森は、外から見ているより暗く、ジメジメしていた。
祠を通り過ぎ、少し奥に進んだ。
ふと後ろを振り返り、祠をみる。
岩で出来た祠は、前から見ても不気味さがある。
前から見て不気味なものを、後ろから見たらどうなのだろう。
そう思い、振り返った。
ギョッとした。
前側には傷一つなかった。
だが後ろ側は、明らかに誰かにやられたような傷跡が複数あった。
よく見ると、傷に見えたそれは文字のようにも見えた。
尖ったもので引っ掻いて書かれた文字のようだ。
歪な字なので読むことは出来ない。
気になりつつも、私は奥へ進んだ。
奥に行くにつれ、暗さが増していく。
結構進んだころだろう。
目の前に、『立ち入り禁止』と書かれた看板が現れた。
「ここだね…」
里村は緊張した様子でそう言った。
私たちは息を飲み、前へ進んだ。
数分は歩いただろう。
入口付近の森と、看板から奥の森では、木々の綺麗度が違った。
入口付近の森は、一本一本の木が綺麗な青色の葉をつけており、見事に成長した木が沢山並んであった。
だが看板から奥の木々は、見事に枯れ果て、触るだけで木の皮がポロポロ落ちてきた。
地面に生えている草も、どれもいい色とは言えない色をしていた。
「こんなにも色に差が出るんだね…」
「多分、日差しがあたりにくいからじゃないかな」
どんどん奥に進むにつれ、不気味さが増している。
歩いて十分ほどがたった時、目の前に現れたのはこじんまりとした寺院だった。
「お寺…?」
「こんな奥にお寺があったなんて知らなかった…」
何年も放置されたような、古びたお寺だった。
人が今も使っているとは到底思えないような、そんな風貌をしていた。
「中入ってみる?」
そう言い、中に入ることにした。
私はもう、自分のにやけた顔を抑えることが出来なくなっていた。
「わ、笑ってる?」
「え?あ、ごめん」
ここまで来たら引き返すことは出来ない。
徹底的に調べあげよう。
中も想像通りだった。
歩いているだけで、ギシギシと音を立てる廊下。
柱に寄りかかっただけで、折れそうだった。
こんな柱でよくこの寺を支えているものだ。
「うわっ?!」
「どうしたの?」
「い、いや
床に穴が空いたからビックリして…」
里村が歩いたところの一部に穴が空いている。
意味もなくその穴が気になり、
私はその穴を覗いてみる。
が、暗くてよく見えない。
スマホのライトをつけ、中を照らしてみる。
穴が空いた所からは綺麗な土が見える。
焦げ色の茶色で、程よく湿っていた。
床の中に何かを隠している、みたいな、そういうことは無さそうだ。
「〜〜〜〜……」
寺の中を歩き回っていると、どこからか声がした。
「なんか、声しない?」
里村にも聞こえたようだ。
耳をすまして見たら、少し先にある襖の部屋から声がした。
私たちは、隠れて少し覗いて見た。
「マコガミ様、私たちをお守りください」
「マコガミ様!」
私たちが見たもの。
それは、カーテンがしてある方向に、村の人、学校の生徒、先生が正座をして、祈願している様子だった。
「なに…どうなってるの?」
里村も驚いていた。
村の人。その中に、門の掃除をしていた隣人もいた。
そして。
「おかあ…さん?」
私の両親もいた。
涙を流しながらカーテンの方向に頭をつけ、
周りの人と同じく、「マコガミ様」
と唱えていた。
私は膝から崩れ落ち、床にペタンと座ってしまった。
「ご両親がいるの?」
「先頭の二人だよ…」
「私の育ての親もいるよ。
おばあちゃんが。」
「ご両親は?」
「両親はいないの。ここに来る前に他界して、おばあちゃんが引き取ってくれたの。」
なぜそんなに冷静なんだ。
それを読み取ったかのように答えた。
「おばあちゃんは元々神様を信仰していたの。でも…マコガミ様だったとは知らなかったよ。」
よく見たら、里村の目がうるうるしている。
今にもこぼれそうなぐらい、涙が溜まっていた。
慰めようとした。
だけど、
「マコガミ様、
私たち夫婦をお守りください!!」
「そのために、僕たち夫婦は娘を育てあげました!貴方様に捧げるために!!だから、どうか!」
父と母が、そう言った。
守って貰えるなら、私を授けると。
慰めようと里村に伸ばした手は震えていた。
私は絶望と混乱、悲しみで感情がごちゃごちゃとしていた。
ずっと気づかなかった。
一度も神様の話なんかしたことがなかった。
信じて貰えないと思っていたから。
逆だった。信じきっていた。
一緒にいて、そういう素振りをされたことがなかった。
だから信じて貰えないと思った。
忘れていた。そうだった。
母は、この村の出身だった。
私は最初から、訳の分からない神様の生贄になるために生まれたのだ。
「ふっ…はは…
あっははははは!!!!」
笑いが止まらなかった。
絶望するしかなかった。
生まれてきた理由が、たったそれだけのためだなんて。
二人は最初から、私の事なんてどうでもよかったのだ。
私は生贄のために育てられたんだ。
それで絶望しない人なんているだろうか。
私はその場に座り込み、笑っていた。
泣きながら、笑っていた。
そんな様子を、里村は静かに見守っていた。
―――
私たちは森を歩きながらそれぞれで思考を巡らせていた。
「…傘宮さん、大丈夫?」
「…里村さんこそ。」
傘宮さんは目の前で家族に売られた。
大丈夫なわけが無いのに、大丈夫かと聞いてしまう。
答えがないということは、つまりそういう事だ。
ここは私が冷静にならなくては。
あの場を思い出し、気になった点を思い返してみる。
まず一つ、あれだけ騒いだのに、誰一人気付きもしなかった。
神様とやらにしか興味が無い。そんな様子だった。
あのカーテンの奥。
あれが答えなのだろうか。
カーテンの奥には、もしかしたら人がいるのかもしれない。
または人じゃないのかもしれない。
でももし本当にそれが人間なら、何十年も前からいた事になる。
それは不可能だと思う。
だとすれば、何代目かのマコガミ様なのか。
信仰しているみなは、マコガミ様の見た目や、声を知っているのだろうか。
それか、知らずに信仰しているのか。
「…ねぇ、周りに誰もいない場所ってある?」
「え?」
周りに誰もいない場所。
冷静に考えれる場所が欲しいのだろう。
「うん、あるよ」
この村には、近くに大きな川があり、その上に橋がかけられてある。
川の流れははやく、ここから落ちて帰ってきた人はいないとか。
傘宮さんをそこに案内した。
人の心配ばかりしているが、心のうちでは私もかなりきていた。
「大丈夫…?」
「あ…うん、ごめんね」
顔に出ていたらしく、傘宮さんに心配をかけさせてしまった。
このまま傘宮さんを家に返していいのだろうか。
この子が、壊れてしまわないだろうか。
カーテンの奥にいるであろう何かは結局分からない。直接開いてみるしか方法がないから。
出来るならみてやりたい。
「ねぇ、里村さん」
「何?」
「もう一回、あそこに行かない?」
「え?!」
「私、気になるの。カーテンの中が。」
「あれが人なのか、形のない何かなのか。気にならない?」
「気にはなるけど…危なくない?」
「大丈夫だよ。いざとなったら私がどうにかする!」
そう言い、ニコッと笑う傘宮さん。
確かに私も気になっていた。
明らかに何かあるであろうカーテンの奥。
一目見るだけでも変わる気がした。
私たちはすぐに先程たどってきた道と同じ道を通り、再び寺院に来た。
「まだいる…」
傘宮さんは一体どうするつもりなのだろう。
「ねぇ傘宮さ…」
話を聞こうとした時、既に傘宮さんはカーテンの前にいた。
その場にいた全員は、唖然としていた。
「ち、ちょっと…」
私もすぐそばに駆け寄り、傘宮さんの横にたった。
「ねぇ、里村さん」
「あなたがこのカーテン、開けてみてくれない?」
「私が?」
ここまで来るのに先にすばやく動き、カーテンの前に立ったのは傘宮さんだ。
一番重要なところをまかせられ、彼女が何を考えているのかが分からなくなった。
だが私も覚悟を決めた人だ。
「…わかった」
カーテンに手をかけた瞬間、唖然としていた先生たちがやめろ、離れろと言い出した。
そして瞬時にカーテンを開け、中を見た。
そこには何も無かった。
ただひとつ、祠を除いて。
カーテンの中に祠がひとつポツンとあった。
その祠は、森の入口にある祠と全く同じ形をしたものだった。
「な…なんで寺の中に祠が…」
その瞬間先生たちが立ち上がり、私たちに襲いかかってきた。
「ミた…」
「許カ…してナい…」
「マコガミ様…オイかりにナル…」
「追いカケろ!!」
「逃げるよ!!」
ボーッとしていた傘宮さんの手を引っ張り、とにかく逃げた。
ひたすらに、ただひたすらに走った。
後ろを振り返り、まだ追いついてないことを確認し、私たちは足を止めた。
「はぁ…はぁ…」
先程までいた橋の上で、息を切らしていた。
「もう…来てないよね…?」
「うん…」
私はふと森の方に目をやった。
すると、遠くの方からこちらに走ってきている集団が見えた。
「に……すナ!!!」
「カーテンを……つ……ロセ!!」
距離があるので、言葉が途切れ途切れで聞き取れない。
とにかく、こちらに向かってきている。ならば逃げなければ。
「傘宮さん、走れ…」
「ねぇ、里村さん」
走れるかと聞こうとしたら、傘宮さんに言葉を遮られた。
「どしたの?」
「なんで、私が里村さんにカーテンをめくらせたか、わかる?」
「え?」
なにか意図があっての事なのだろうか。
「…どうして?」
「あの人たちはね、カーテンに触って、カーテンをめくった里村さんだけを追いかけてるんだよ。」
「それってどういう…」
「つまり私にはなんの害もないってこと」
「それってさ、私が逃げる必要なんて、なくない?」
「…は?」
私は思考停止し、固まった。
「あなた一人だけ逃げたらいいじゃない。私はここでみてるから。」
「私だけがあの人たちに殺されろってこと?」
「そうとは言ってないけど、そうなるね」
私だけが消えればいい。
自分だけ助かればいい。
直訳すればこういうことだろう。
ならば私も、『傘宮』が私のことを突き放すのなら、私も反抗する。
「嫌だ。」
「なんで?あなたのために私が死ぬ必要ないじゃん」
「私にカーテンをめくらせたのはあんたでしょ?!まさか、最初からそれを知ってて私にやらせたってこと?!」
傘宮はにっこりと笑った。
それが答えだということ。
最初から知っていた。
こうなるということ。
カーテンに触った人があの人たちの怒りを買うということ。
自分が助かるために、私を捨てる。
友達になれると思った。
洗脳されていない友達ができると、そう思った。
「そう怒らないでよ。」
「怒るに決まってるでしょ?!
最初から話を聞くだけ聞いて、窮地にたったら私を突き落とすつもりだったの?!」
「そんなに嫌?
それならしょうがないなぁ」
傘宮がそう言った瞬間、
私は傘宮に肩を押され、川に落とされた。
「!!!」
「あの人たちに殺されるのが嫌なら、今ここで死ぬしかないよね」
「だって」
「マコガミ様は絶対だから。」
川に落とされ、私はもがいた。
最初から私のことを切り捨てるつもりだったんだ。
私のことを落とす瞬間の傘宮のあの笑顔。
川に落ちている時、傘宮がボソッと呟いた。
「人が溺れてる姿って、一度みたかったんだよね」と。
きっと傘宮は家族と共に、マコガミ様を信仰するんだろう。
許さない。許せるはずがない。
転生というものがあるのなら、
私は再び傘宮の前に現れ
同じように川に突き落としてやる。
川の流れに逆らうことが出来ず、私はもがく力もなくなり、肺に水が入って、息が出来なくなる。
だんだんと意識が遠くなった。
そして
私の意識は、遠い遠い場所に飛んで行った。
―――
私はあの後、先生たちに事情を説明し、カーテンをめくったやつを消したと言った。
すると先生たちはよくやったと言ってくれた。
お母さんたちも、褒めてくれた。
そう。
これが正しい道なんだ。
無駄に嗅ぎ回るより
お母さんたちと一緒に暮らしていくことが一番なんだ。
私は終始笑顔だった。
なぜかは分からない。
だけどとても幸せな気持ちになっていた。
解放されたような、そんな気分だった。
何も考えなくていい。
全ての考えを放棄して、任せればいい。
マコガミ様に、全て託せばいい。
マコガミ様に歯向かおうとしていた私が間違いだったんだ。
何をしても無駄。
どれだけ調べたって
この村に住んでいる以上、逃げることは出来ない。
その後家族と家に帰り、いつも通りの日を過ごした。
2ヶ月後。
「また転校生が来たらしいぞ!」
私のクラスにまた新しく人が来るらしい。
「もう噂になってると思うけど、このクラスに新しく転校生がやってきました」
「里街 華音と言います。よろしくね」
里街さんと言った。
里街さんはどこか独特な雰囲気を放っている女の子で、以前川に突き落とした里村にとても良く似ており、少しドキッとした。
人と顔が似ているなんてことは
よくあることだろう。
「じゃあ席は…」
先生がそう言って、席をどこにしようか考えている時
里街さんがまっすぐこちらに向かって歩いてきた。
そして私に言った。
「ただいま、傘宮さん」