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嫌なら出て行け!

作者: 村崎羯諦

 嫌なら出て行け。ナチョ・ベルドゥにそう言われ、一番最初に村を出て行ったのは、ナチョと犬猿の仲だった幼馴染のアルバレスだった。


 発端はナチョの家畜がアルバレスの敷地に勝手に侵入し、農作物を食べてしまったことだった。しかし、昔からの仲の悪さが問題を拗れさせ、結果的にアルバレスは一晩のうちに家財をまとめ、妻、子供とともにこの村から出て行ってしまった。


 周りの村人たちはアルバレスの行動に驚いた。しかし、彼は前々から貧しいこの村を出たがっていたということもあって、次第に村人たちはナチョとの喧嘩は単なるきっかけに過ぎないと考えるようになった。ナチョ自身もまたアルバレスの行動をそのように捉えており、彼が村から出て行った後は、周りの人間に対して彼のことを裏切り者だと罵り回っていた。


 ナチョはこの村一番のお金持ちで、村人たちは全員彼のことを嫌っていた。しかし、だからといって彼を拒絶することも、逆らうこともできなかった。ナチョは早いうちに両親をなくし、兄弟はいなかった。また、彼の悪いところを指摘してくれるような友もいなかった。そのような状況がナチョの生まれつきの傲岸不遜さに拍車をかけ、彼はいつしか、まるで自分がこの村の王様であるかのような振る舞いをするようになっていた。


 アルバレスの次に村を出て行ったのは、ナチョとは遠い血縁関係にあたるマングエ一家だった。一家は貧しい暮らしをしていたのだが、働きがしらの一人息子が病気で倒れてしまった。そのため、町医者に診察してもらうためのお金を工面する必要があり、血縁関係にあたるナチョのもとに訪れたのだった。しかし、ナチョは頭を下げるマングエに対し、金の亡者だと吐き捨てた。それから、医者に診てもらいたいなら医者のいる街へ引っ越せばいいと皮肉を言い、追い返してしまった。


 まさか出ていくことなどできるまい。ナチョだけではなく、村人全員がそう考えていた。だからその三日後に、マングエ一家が村を出て行ったという噂が村中を駆け巡った時、大きな衝撃が村に走った。アルバレスの時は特に何も言わなかった村人たちも、今度ばかりはマングエに同情を寄せ、言葉には出さないものの冷たくあしらったナチョへの不信は強まった。村人たちの冷たい視線を感じ取ったナチョは、自分自身が悪者だと思われていることに我慢がならず、誰彼構わずこの村から出て行けと罵るのだった。


 そして、そのナチョの言葉通り、村人全員は村から出て行くことになった。


 実際、ナチョを除き、村全体がかなり貧しく、折悪く発生していた日照りの影響で村人たちは疲弊しきっていた。誰もが毎日を必死に生き延びながら、この村を出たらもっと楽な暮らしができるのではないかという考えを持っていた。その上、ちょうどそのころ近隣の鉱山で開発が進められており、そこで働く鉱夫を大量に募集しているという真偽の程はわからない噂も流れていた。


 だからこそ、元々不満を抱いていたナチョからのその心無い言葉に、村人たちは申し合わせたかのように、次々と村を出て行った。マングエ一家の向かいに住んでいたバレステロスは年老いた母親と二人暮らしだったが、隣村から調達したラバの背中に母を乗せ、家財道具とともに村を出て行った。独身だったアントニオは痩せ細った雌犬とともに背負えるだけの少ない荷物を持って村を出ていった。この村で一番若かったグティエレスは親兄弟とともに村を出ていく時、何を思ったか住んでいた小屋を焼き払ってから出て行ってしまった。


 村人が一人、また一人と出ていってしまい、気がつけば村にはナチョ一人だけが残されてしまった。しかし、それでもナチョは自分が悪いとは思わなかったし、広大な土地を手放して別の村や町へ移住しようとは思っていなかった。


 しかし、そんなある日。村の外れに生えていたオークの枝に頭をぶつけてしまったナチョは、腹立たしさのあまり、オークの幹を蹴り、この村から出て行けと罵ってしまった。そして、次の日。ナチョが同じ場所を通りかかると、昨日は確かにそこに生えていたオークの木が一つ残らず姿を消し、あちこちに大きな穴ができていた。ナチョは辺りを見渡した。それから、隣村へと続く村道に、まるで足跡のように土や木の葉が落ちていることに気がついき、オークの木たちがナチョの言葉通りこの村から出て行ってしまったことを知るのだった。


 それでもナチョは決して自分の非を認めることはなかったし、そんなナチョに愛想を尽かして、村に存在しているありとあらゆるものが村から出て行ってしまった。犬や家畜たちは早い段階でこの村に未来がないことを悟って出て行ったし、ナチョが生まれる前からこの村に根ざしていた畑や田んぼたちも、自分たちの世話をしてくれる人間がいないのでは不便だと村を出て行ってしまった。風や雨も村から出ていってしまってからは村の天候は変わることがなくなってしまい、つい最近は季節も出て行ってしまったので、この村には四季がなくなってしまった。


 それでもナチョは意固地になって村に住み続けた。絶対に自分が悪いとは思わなかったし、村から出て行ってしまったものたちに頭を下げて戻ってきてもらおうとは決して思わなかった。


「申し訳ありません。こちらナチョさんのご自宅でしょうか?」


 そんなある日、ナチョのもとに訪問者がやってきた。ずっと一人で暮らしてきたナチョは驚きで久しぶりに声を発し、急いで玄関を開けて出迎えた。しかし、玄関の前に立っていたのは人ではなく、まだこの村から出て行っていなかった『死』という概念だった。


「もしかして、私の命を奪いにきたのか?」

「えっと……そうじゃないです。お別れの挨拶をと思って」

「お別れ?」

「はい、両親からはあらゆる存在に対して平等に接するようにと教えられてきたんですが……やっぱり、ナチョさんのことはどうしても好きになれないのでこの村から出て行くことにしました。身体には気をつけて、どうかお元気で……」


 そう言い残すと、『死』という概念はナチョの目の前から姿を消し、ナチョが住む村から出て行ってしまった。ナチョはそこでようやく自分の過ちを認め、その場でみっともなく泣き喚いた。そして、こうなったら死ぬしかないと考えて、自室で首を吊って死のうとした。しかし、この村からは死という概念が出て行ってしまったため、首を吊っても苦しいだけで一向に死ぬことができなかった。


 縄が重みに耐えられずに切れ、ナチョが床に盛大に尻餅をつく。そしてその痛みに悶えながら、ナチョは天に向かって叫ぶのだった。


「もう沢山だ! 森羅万象全部、この村から出ていけ!!」





*****





「何だあの空間は? 真っ暗な……穴みたいな空間が見えるぞ?」


 ナチョの村から数十キロ離れたとある町の高台。この町に赴任してきたばかりの役人が、望遠鏡を覗きながら叫んだ。ああ、お前はこの地域に来たばかりだったか。隣にいた、この地域出身の役人が彼の肩を叩きながら教えてくれる。


「あの場所には昔村があったんだ。でもな、ある男が出て行けって言ったから、人が出て行き、動物が出ていき、最後には光や時間も出て行ってしまったんだってさ」

「あの空間の中はどうなってるんですか?」

「さあね、考えるだけで恐ろしいよ」


 役人は眉をひそめ、森羅万象が出ていってしまった村に取り残された男のことを想い、そしてポツリと呟くのだった。


「何というか……そこまで嫌われるのも才能ですね」

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