~序~
ここは北米の広大な山脈のふもとの村。後の世はこの山脈をアパラチア山脈と呼ぶ。対岸の西欧ではヴァイキング達が暴れアイスランドどころかグリーンランドまでやって来たという時代。
春は千紫万紅で満たされ……夏は活発婉麗に満ち……秋は刻露清秀で満たされ……冬は寒山枯木で満ちる大地。そんな村で泥だらけの子が荷物を落としてしまう。そんな冬も終わり命が再び息を吹き返す。そんな時のそんな光景の村に何をやっても駄目な子が村に居た。
「おい、何やってるんだよ」
「間抜け!!」
サムル族のロインはすべてにおいて何やっても駄目であった。サムル族というのは農耕を主な生業とするイロコイ系部族。もちろん呪具も作り他の部族との交易も行っていた。「ポトラッチ」と言って酋長が贈り物競争するほどの豊かさだ。家はウイグラムと言って藁で出来てる。藁と馬鹿にしてはいけない。巨大な城壁の中にロングハウスがいくつもある都市だ。女が農耕をおこない、男は戦士を務める軍事部族群だ。負ければ虜囚の身となった上で奴隷の身分に落とされる。ゆえに社会的弱者は虐められる。
もっともこの村は「奴隷身分」を認めないという酋長の村だったが。
(でも、しょうがないよ。だって僕落ちこぼれだし)
ロインは女子にすら力で負け、狩猟は出来ず、簡単な織物は織れず何もないところで躓く始末。落ち着きがなく物はすぐ無くし農耕も狩猟も出来ぬ。
ロインは幼少期に病魔で両親を亡くしている。里親から受けた傷。そのせいでますます引っ込み思案となり挙動もおかしくなった。いつも頭や肩をぴくっと動かすのであった。ロインは毎日神に祈る日々だった。
――どうか、次の生ではまっとうな人生を送れますように
それがロインの切なる願いだった。もう物心がついた時からロインは人生を諦めていた。ロインは村では身分が一番低い卑しい者だったしそれが当然だと自分でも受け入れて来たからだ。
ロインは村人にいつも笑われ、呆られていた。黒髪・黒瞳で小柄で茶色の粗末な衣装を着……初歩的な魔よけの効力があるネックレスを身に着けるロインはいつも失笑してその場を誤魔化すだけだ。その粗末な服に泥が投げつけられる。
ロインは崖から身を投げようとしたことがある。しかし思いとどまった。もし自殺すると次の生ではより悲惨になるという信仰の下で生きて来たからだ。
そんなロインは十二歳のある日、信じられない夢を見た。ある意味転生の願いが神へ届いたともいえる。
――お前はサムル族の魔術師になる素質がある。ベルダーシュになり、性を変えるのだ
お告げを下したのは黄金の大鷲。
ロインはこの夢を見てから人生がすべて変わってしまった。ついに願いをかなえてくれる時が来たのだ。
これは北米のサムル族、ベルダーシュの勇者の物語。