ダガー演舞
リリカランは、リリカラン侯爵領の街だった。彼は貴族でありながら、商人としての才能を発揮し、ここまでの都市を築いてきたという。また、世界的な大富豪とのこと。どこの世界にも大富豪はいるらしい。
オルファとは、街に入ってすぐに別れた。布製のマントもに返した。元の格好であるくことにした。街にはいろんなひとがいて、ボロを着ているひともたくさんいたのだ。たまに男に太ももをジロジロ見られはするが、人気のない場所に行かなければ、襲われることもないだろう。
別れの際、オルファはお古のダガーをくれた。柄のところにきれいな水晶が埋め込まれている。女性が武器も持たずにあるくのは、非常識だと説教もされてしまった。もちろん、その危険は身を持って体験したのだけれど。
また、腰に武器をぶら下げているだけで、襲われる確率もさがるという。というより、これが世間の常識だそうだ。そりゃそうだろうな。
街に入ったときはわからなかったが、リリカランは丘陵地帯に広がっている坂の街だった。なだらかな街並みの美しさの先に、港湾が下のほうに見えた。そこから広い海が広がっている。息を飲むほど夕陽がきれいで、海に溶けていくようだった。
こんな美しい街で暮らしていけると思うと、ウキウキする。しかもオレは美女である。
もうすぐ日没。カネもないので、今晩はどこかで野宿するしかない。意外に乞食が多いので、なにやら安心する。この街には、オレのような身なりの人間がけっこういるのだ。
オレは美女なので、酒場のウエイトレスでもやれそうだ。なので、繁華街に向かった。
街に入れば、まずは酒場だ。オレはいま、RPGをしている。
酒場の場所を、そのへんのひとにたずねた。街の中心部にあるようだ。坂道をおりていく。
行き交う人びとは、オレがいた世界と変わらない。思い悩むやつもいれば、野菜を抱えて帰る主婦。
それでも、通りにはお店が建ち並び、テーブルが出ては酒盛りをしてにぎやかだ。
あるいていると、だれかがオレを尾行していることに気づいた。
やれやれ。また男か。どの世界の男も本質は変わらないな。
逃げようかと思ったが、オレはダガーを持っている。それに、ここは街のド真ん中だ。その安心感もあった。
わざと建物の間に入り、尾行してくる相手を待った。
「さっきから、なにつけている。わたしになにか用か?」
驚いたことに、尾行していたのは女の子だった。すこしオドオドしている。身なりも汚い。
「……なにか用か?」
ちょっと声のトーンを落として彼女に言った。
「あの、お母さんがあなたに用があるから呼んできてって……」
「……?」
「こっちです。ついてきてください」
わけわからないが、相手は子どもだし、ヒマも手伝ってついて行くことにした。
暗い路地に入る。“貧民街”ってやつだ。一人ひとりの格好を見ると、わたしの格好は裕福層に見えるほどだ。それほどきたなく、みんな粗末な服を着ている。
「ここ」
女のコがフル汚い小屋のドアを開けて入っていった。オレも入った。
暗い。
ドアが閉まったその瞬間、うしろから羽交い締めにされた。
「ご苦労だった。そら、パンだ」
男が衝立の裏から現れて、女のコにパンを渡した。女のコはパンを受けとると、衝立の奥の裏口から出て行った。
室内には、オレに羽交い締めをしているやつと、合わせて三人いた。ひとりの男がオレの腰のダガーを抜いた。
「こりゃあ、ほんものの水晶か?」
「高値で売れそうだ」
男たちは眺めている。
それにしても、男はなんという最低な生き物だ。子どもを使って強盗をはたらく。クビになった会社のイヤな上司が神様にみえる。
オレがソリッド・スネークかイーサン・ハントだったら、こんな三人あっという間にかたづけるのにな。
ゲームや映画でのシーンを思い出す。敵をあっという間にかたづけるシーンを。何回もプレイしたし観た。なんか、できそうな気がしてきた。これはゲームなんだと思い込む。
すると、男たちの動きがスローモーションのようになった。
まず、羽交い締めをしている男の顔を、後頭部でぶつけた。よろめいた瞬間に、男の股間に裏足を入れる。男は股間を押さえてもだえた。
目の前の男たちはオレに突進する。左の男はダガーを持っている。オレはしゃがみ込み、その男を足払いした。床に倒れたと同時に、ダガーも床に叩き付けられ、宙に舞った。
右の男が、回転するダガーの行方に怯んでいる間に、オレはダガーの回転に合わせて柄を握り、そのまま倒れている男の首に突き刺した。そしてすぐに、股間を押さえている男の首にも突き刺した。
残った男は一瞬フリーズしたのち、裏口から逃げようと背中を見せた。すかさずダガーをスローイングナイフのように投げた。
ダガーはみごとに男の後頭部に突き刺さり、男は衝立もろともその場で倒れた。
「……」
「こ、この動きは一体……」
イメージをしたら、そのとおりでできた。ほんの数秒間のできごとである。
呆然とした。
痙攣を起こしながら倒れている男たちの首あたりから、血の輪が広がり出した。