女剣士ジーベラ
女剣士ジーベラは勇敢だった。
漁船の人命救助を、みずから買ってでたのだ。
リリカランを出発して2日後のあさ、大破した漁船と出くわした。
漁船は大破し、船員1名が漂流していたところを、操舵助手が発見した。まだ生きていた。
北の海流でなにかと衝突し、大破したという。乗組員は何人かいたが、大破と同時に全員海に投げ出され、生き残ったのは自分だけで、そのまま南に漂流してきたらしい。
「ジーベラは勇気があるな」
オレはびしょ濡れの女剣士に言った。
そのとき、甲板員が布を持ってきた。
「ジーベラ殿、みごとな活躍ぶりです。個室にて着替えを用意しております」
案内された部屋に行くと、女性ものの服が用意されてあった。
「ふっ……こんな服を着れるわけがない」
ジーベラはため息まじりに鼻で笑った。
「ビアンカ、すまないがわたしの荷物を持ってきてくれないか?」
ジーベラは剣士だ。とはいえ、船上では武器はクロークに保管され、クロスアーマーも旅人の服と変わらないデザインだ。だれも彼女を剣士とは思わないだろう。
ジーベラは、いわゆる“いい女”だった。濡れ姿がそれを際立たせた。
甲板ではまだざわめいており、救出された漁夫をメディックが救護しているようだ。オレはジーベラの荷物を持って部屋にもどった。
「このキルティングのクロスアーマーがお気に入りなんだ」
とジーベラは、もう一枚のキルティングのクロスアーマーをオレに見せ、濡れた服を脱ぎはじめた。オレはとっさに背中を向けた。
「?」
背中でジーベラの不思議そうな顔を感じた。ああそうだ……。オレは女だった。動じることもないんだ。
「いやあ、剣士だから、いろんな傷があるんじゃないかと思って」
「ははは。だからって、目を背けるのはよくないね。ほら見て」
戦士だけあって、筋肉質な体だった。腕や太ももに、いくつかの傷が見られた。それに、腹には帝王切開の跡があった。
ジーベラは背中も見せてくれた。そこに、大きな切り傷があり痛々しかった。
「山賊に襲われて逃げだしたときに喰らったの。それから、剣士になることにしたのよ」
よく聞く話だ。文字どおり深い傷を負い、生きる糧にしているのだろうか。人生いろいろだ。
はて、帝王切開をしているからには子どもを出産しているはずだ。その子はどうしているのだろうか。
「子どもは養子に出したよ」
ギクリとした。心を読まれた。
「やっぱり気になるよね。ビアンカたちは?」
ていうことは、ガミカとの子どもか。想像しただけで吐き気がする。冗談じゃないな。
「いやあ……ウチは作らないことにしていて」
「そう……」
ジーベラはさみしそうに言った。
「養子に出してさみしくないのか」なんて質問はできない。彼女の「そう……」という相づちは、なんとも言えない重みを感じた。それ以上踏み込んではいけないような気がした。
「もうすこしでスエルピに着くのよね。この濡れた服は乾きそうにないわ」
困っているジーベラの服を見ながら、オレはひらめいた。
「ジーベラ、その濡れた服を持って上にあがってきて。いいアイデアがある」
オレはそう言って甲板に上がった。
メディックは懸命に漁夫を救護していた。乗客も手伝い、バタバタしていた。彼の容態も落ち着いている様子だった。
オレはある男を探した。
芸人スポンだ。
スポンは甲板のすみっこで、メディックたちを見つめていた。
「スポン、ちょっといい? お願いがあるの」
オレは彼の視線をさえぎり、話しかけた。
「あいつは助からないな……」
「?」
スポンはブツブツ言っていた。
「スポン?」
「ああ……ビアンカか」
「なに? 助からないって」
「へへ。なんでもないよ。どうしたんだい?」
「お前、魔法使いだろ? このジーベラが持ってる服を乾かしてよ」
「海に飛び込むのを見ていたよ。ジーベラは勇者だな」
「できるでしょ?」
「ほんとうは、こういうのに魔法を使ってはいけないんだけどな」
よく言うぜ、このガキが。見世物にしてカネを稼いでいたくせに。
スポンが指を鳴らすと、ジーベラの手から服が宙に浮いて、空高く飛び上がった。それはもう、見えなくなるほどに。
数秒経って、ものすごい速さでもどってきた。ジーベラが両手を上へ向けると、服はきれいに折りたたまれ、そっと両手に収まった。
「……! 乾いてる!」
ジーベラは驚いて言った。
その様子を見ていた乗客が、魔法で漁夫を治せないのかとか、そもそもそれで漁夫を救えばよかっただのと詰め寄ってきた。でもスポンは「人間は無理だ」と冷たくあしらい、逃げるように階段を降りていった。
ジーベラが乾いた服をリュックに入れながら、オレに話しかけてきた。
「あれは魔法の域を超えている……」
「?」
「物体操作魔法の有効範囲はせいぜい6メートル。でもいまのは何百メートルもの高さまで法力だけで持ち上げ、さらにそこから自由落下ではなく同じく法力で落としている。しかも速い。そんな法力をわたしは、いままで一度も見たことがない……!」
「やはり、あいつは魔族?」
「いや……魔族にしても法力が強大すぎる。もしくは、あたらしい魔法か、なにか別のものを組み合わせたものなのか……」
「……」
「まあどちらにせよ、彼はプラクティカスだ。危険人物ではない保証はある」
傭兵ギルドのランクは、それだけ信用価値がある。
そうこうしているうちに、港町スエルピに到着した。
着岸と同時に、甲板のメディックは天を仰いでいた。
快方にむかっていたはずの漁夫だが、急に容態が悪化して死亡したという。