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船上ラプソディ

 シルコル島のスエルピまで、船で2日かかるという。


 いっしょに旅をするメンバーと、コミュニケーションをはかるのに丁度いい。


 オレとガミカは、どうやらお見合い結婚という設定らしい。また、ガミカはやたら動植物にくわしく雄弁に語る。それで、みんな辟易しているほどだ。


 それに付き合わされ、旅までするハメになった気の毒な奥さん……という設定だ。あながちウソではないかもしれない。


 ガミカは女剣士ジーベラに、熱心な語りをやめない。とある昆虫の生態をくわしく話している。彼女は半分迷惑そうだった。でも雇い主だから、無下にはできない風だった。


 芸人スポンは、いつのまにかどこかへいなくなっていた。オレは甲板かんぱんに出て、波しぶきをあげる海をずっとながめていた。海なんて、そうそう見れるもんじゃない。雄大だ。ほんとうにその言葉しか出ない。


 荷物持ちのゴジップが、うしろから話しかけてきた。


 「あんたのダンナ、よくしゃべるんだな。物知りだ」


 「ああ……それがたまにキズでね。動植物のことになると、とまらなくなるのよ」


 肘を手すりに乗せたままふり返り、ガミカの見たままを語った。


 「ゴジップは、ビイービに着いたらどうするの? そこでまた仕事を?」


 「じつは、ザンゲツブルグに向かおうと思ってる。親戚がいるんだ。だから、あんたらのこの依頼は丁度よかったんだ。ビイービでザンゲツブルグ行きの仕事があれば請けるつもりだ」


 「ザンゲツブルグは魔族に占拠されたっていうけど?」


 マズい話題だったか。


 「それは大げさだ。親戚からの手紙によると、魔王はザンゲツブルグ侯爵に魔族の住まいを無理やり約束させたらしい。魔王の居城も古い城塔キープであり、つまり魔族はザンゲツブルグで間借りをしている状態みたいだ。人間の暮らしはなにひとつ変わらない。魔族も気をつかっているようだ」


 たしかにな。変に荒だてれば、人間側はすぐに魔族を締め出すだろう。それでも小競り合いは絶えないのは仕方のないことだろう。“ザンゲツブルグは魔族に占拠された”という構図のほうが、人間側にとっては都合がいいかもしれない。そういう立場の人間が、吹聴しているのかも。


 また、リリカラン発ザンゲツブルグ行きの荷馬車もたくさん見た。魔族がいることにより、なんらかの需要が生まれていると思われる。なんにせよ、人間も魔族も、経済的には相性がいいのだろう。


 需要があるだけに、護衛などの任務報酬額は通常よりも低くなっているようだった。


 オレたちはシルコル島経由だから、報酬は安くはない。それに50日間近くの長期だ。ガミカによると、何人もの傭兵たちが応募してきたらしい。


 そのなかで、ガミカは女剣士ジーベラと荷物持ちゴジップが選んだのだ。ということは、ジーベラがガミカの女性タイプだろうと推測できる。


 視線を波しぶきに落としていると、あちらのほうで歓声があがった。人だかりができていた。よく見ると、その中心には芸人スポンがいた。タルを浮かせたりしていた。なんと、見世物にしてお金を取っていた。


 ガミカに聞いた話だが、魔法大学で正規に魔法を使えるようになると、それを見世物にしてお金を取ってはいけない決まりらしい。


 しかし、ここは船上であり、役人などはいないのでやりたい放題だ。観客も、船の上で退屈しているし、“渡りに船”ってところか。


 そうか、芸人スポンの魂胆が見えてきた。基本、オレたちはいま向かっているスエルピを出たあと、ビイービまで街に入らない。山道か森を行くルートだ。行っても村だ。そこには役人はいないかもしれない。


 スポンはオレたちと行動をともにすることにより、行く先々で魔法を使った大道芸の“闇営業”ができるというわけだ……というのは考えすぎか。


 「ビアンカ」


 うしろからガミカの声がした。オレは振り向いてから言った。


 「ジーベラとの話は終わったのか?」


 「なんだお前、妬いてんのか?」


 「ふざけるな」


 「おーおー、ムキになって」


 まったくこの男は……。こんなに調子のいい人間だとは思わなかった。


 「動植物とかにくわしいんだな。このミッションのために勉強を?」


 「まさか。じつはオレの趣味なんだ。休みの日には山に行ったりして、植物や昆虫などの記録とかしてるんだ。こう見えても博士号も取っているんだぜ」


 「殺し屋がか?」


 「おいおい、誤解しないでくれ。オレたちは殺し屋じゃない。諜報員だ。殺し屋はお前だろ」


 「……」


 「はっはっは。まあそうムッとするな」


 「殺し(ウェットワーク)外部発注アウトソーシングか? いい身分だな」


 「そう言うなって。オレたちは国益のためにやっているんだ。そのためには、少しばかりの悪もいるんだ。必要悪ってやつだ。だれかがやらないと」


 「ほかの国も、魔王の命を狙っているんじゃないのか?」


 「たぶんそうだろうな。わが国にとって魔王が邪魔に思うなら、ほかの国も同じだろうよ」


 「ほかの刺客が魔王を討つことも考えられるんじゃないの?」


 「それはべつにいいんじゃないのか? 手間がはぶけるし」


 「案外適当なんだな。それに、50日間もかかり過ぎじゃないか?」


 「かたいこと言うな。隠密行動だ。ゆっくり行かないとな」


 「………あ! あんたまさか、自分の動植物の調査のために、こんな行程を組んだのか!?」


 「シルコル島を調査したかった」と、ガミカは恥ずかしそうに言っては笑っていた。


 なんて男だ。ほんとうに“シルコル島の動植物の調査員”だったとは……。


 そのために、国民の税金でこの組織が運営されているのか。公私混同もはなはだしい。


 グロスが知ったらどう思うのだろうか。でも、オレはもうグロスに会うことはないだろう。なので、このことを話す機会はない。


 おそらく、ガミカもオレが生きて帰れるとは思ってなさそうだ。だからこそ、そんなことを正直に言ったのかもしれない。


 「食堂で飯が食えるから」とガミカは言い残し、船内に降りる階段に消えた。


 太陽が海に沈んでいく。そのまわりの雲は赤くかがやき始めた。その上空にはうねるような分厚い雲がただよっている。さらにその上から、星ぼしが光りだしていた。

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